「探偵と助手」 若松ユウ 【三分間ミステリー】
ある街の片隅にひっそりと佇むカンガルー探偵事務所に、ハンチングを被った助手が駆け込んできた。
「先生、大変です!」
「助手くん。入る時はノックをしたまえ」
気だるげに安楽椅子から身体を起こした探偵の小言を無視し、助手は応接テーブルの上にカードを並べた。全部で十二枚あり、カードの一部にはブルーブラックのインクが付着している。
「ポストに入ってたんです。これは、きっと怪盗ヤングパイン氏からの挑戦状ですよ」
「早合点してはいけない。よくよく吟味しなければ真実を見失うと、いつも言っているだろう」
「二枚目以外は、全部一文字目に印が付いてますね」
「ンで始まる言葉は極めて少なく、まず以て日常では使用しないからだろう」
探偵は助手の熱視線を浴びつつ、カードを検める。カードに書かれている文言は、以下の通りである。
月末の花屋の店先に、蕗の薹、彗星蘭、白いゼラニウムが並んでいる
インディードに登録したら、毒見役のアルバイトを紹介された
都会を離れ、ローカル線の特急「七色のコンペイトウ号」に乗って温泉旅行へ出掛けた
売れっ子カリスマ歌手による新春シャンソンショーが、スケート場で開催された
喉を熱燗や熱いコーヒーで温めつつ、カラオケスナックで熱唱する
三日前のバレンタインデーに、眼鏡っ子は三白眼の先輩にチョコレートを渡す予定だ
スクランブル放送で、唐辛子料理の特集が行われている
定年間際のサンタクロースが、最後のクリスマスプレゼントを配り終えた
理学博士er02准教授が、デデキント切断について講義している
居酒屋メニューに、おでん、ちゃんこ鍋などと並んで、シュクメルリが追加された
妻とお正月の初詣に修善寺へ行った
明け方に雪見障子を開けると、門松と雪だるまが見えた
「ふむふむ。これは面白い」
「謎が解けたんですね! それで、犯人は?」
「慌てない、慌てない。まず、印が付いてあるカードを抜き出そう。メモとペンを取ってくれ」
「はーい」
助手が筆記用具を渡すと、探偵はサラサラと文字を書き並べた。
月、ン、都、売、喉、三、ス、定、理、居、妻、明
「なんだか、古事記か万葉集でも読んでる気分です」
「近いよ、助手くん。では、全て平仮名に直してみよう」
げ、ん、と、う、の、み、す、て、り、い、つ、あ
「玄冬のミステリーツア……ちょっと待ってくださいよ。また同じネタじゃないですか。しかも、一文字足りてない」
「いいや、足りてるとも」
「えっ?」
助手が首を捻っているのを無視して、探偵は読者の方を向いて言った。
「さて、親愛なるミステリー好事家諸君。この話の最初の一文字は、何だったかな?」
(了)




