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玄冬のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 玄冬のミステリーツアー参加者一同
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「玄冬のミステリーツアーⅢ <後編>」 若松ユウ 【青春ドラマ×ミステリー】

 ファーストミッションでは、蕗の薹、彗星蘭、熱燗、カリスマ、温泉旅行の中から彗星蘭を選び、築地で待つ二回生の冬村先輩を見つけた。

 セカンドミッションでは、カラオケ、er02、門松、修善寺、デデキント切断の中から修善寺を選び、ミスリードされることなく、西池袋で待つ三回生の副部長さんと出会えた。

 さて。ラストミッションクリアとなるゴール地点では、誰が待っているのだろうか。


「順当に考えれば、部長さんと小野寺先輩を含む四回生ですよね?」

「せやね。もうすぐクリスマスやし、サンタやトナカイの恰好でプレゼントしてくれるかもしれへんなぁ」


 推理が当たっているかどうか不明なまま、僕たちは路面電車に乗って三ノ輪方面へ向かっていた。

 どこまで乗るのかと思っていたら、うららさんは飛鳥山で降車ボタンを押した。

 ここには江戸時代から桜の名所として知られる広い公園があるが、こんなところにポーの『黒猫』にまつわるカフェバーがあっただろうか。


「黒猫でハングマンと言えば、ここやと思うねん」

「はぁ、なるほど」


 駅を離れてしばらく歩いて行くと、やや通りから奥まった場所に、一軒のカフェバーが建っているのが見えてきた。

 通りに出ている看板には「ブラック」という店名が書かれている。

 旗竿地に建つカフェバーは、近付いてみると古民家を改装したような外観で、仄かに熱いコーヒーの香りが一帯に立ち込めている。そして、真鍮の引手が付いた木製のドアには、貸切の札が下がっている。


「こんな穴場スポットを、よく知ってますね、うららさん」

「エヘヘ。雑誌の食べ放題特集で紹介されとったから、ずっと気になってたんよ。さぁ、開けるで!」


 うららさんがドアを勢いよく開けると、そこには文学同好会の先輩が勢揃いしていた。

 そこには、部長さんや小野寺先輩は勿論、冬村先輩や副部長さんまで先回りして待っていた。

 そして驚いたことに、一回生の姿はどこにもなく、僕たちが一番乗りだった。


「これは、予想外だな。てっきり、セカンドミッションで首位のペアが来ると思ったんだが」

「残念やったね、ハムサンド。これで、あたしの勝ちや」

「ハムサンドは余計だ、雪だるま」

「なんやて!」


 うららさんが冬村先輩と喧嘩を始めたので、僕と副部長さんがあいだに入って仲裁した。

 双方の気持ちが落ち着いたところで、部長さんがテーブルの下から中身が見えないように口を閉じた紙袋を取り出し、僕たちに一袋ずつ渡しながら言った。

 

「おめでとう、勇者よ。これは、この春に去りゆく一同の志を集めたものである。どれが誰からの物かは、めいめい家に帰ってから確かめるが良い」

「ありがとうございます」

「うわっ、重たっ!」


 ずいぶん持ち重りのする紙袋だったので、嬉しい反面、打ち上げの後に持って帰るのは一苦労だった。

 感覚的には、有難迷惑という意味を含め、福袋と引き出物の中間のようなものだろうか。

 これは家に帰ってから封を開けて確かめてみたあとの話だが、中身は四回生の先輩にちなんだ品々で、時代小説からスプラッタホラーまでが凝縮された同好会広報誌の他、笹蒲鉾やういろう、明太子といった各先輩の地元の特産品も入ったいた。きっと、うららさんも満足したに違いない。


「ハルくん、助けて~」

「はいはい。ひとまず、お水を飲んでおきましょうね」


 全員がゴールしたあとは、部長さんが音頭を取り、そのままカフェバーで打ち上げパーティーが開かれた。

 最初は和やかな雰囲気で始まったパーティーだったが、料理が出揃い、成人組にアルコールが入ってくると、春の花見の宴席と同じような空気になってきた。

 ピッチャーで未使用のグラスに水を注いで渡そうとすると、うららさんはグラスを突き返して言った。


「ちゃうねん。まだ、酔うてへんから」

「酔ってる人ほど、酔ってないと言います。顔が赤いのが、何よりの証拠です」

「ちゃうちゃう。これは、唐辛子のせいやって。あたしの見てへん隙に、誰かがピザにアホほどタバスコをかけたんよ。もう、口の中が大火事やわ」


 僕が先輩へ挨拶回りをしているあいだに、何をしてるのやら。

 うららさんが唐辛子系の辛さに弱いのは、七色のコンペイトウとかいうゼリー飴で実証済みであるから、アドバイスをしておこう。


「たしか、コンビニでアイスを買ってましたよね。まだ持ってますか?」

「へっ? たぶん、まだトートバッグの中やと思うけど」

「乳脂肪には、カプサイシンの刺激を和らげる効果がありますよ」


 僕の言葉を聞くやいなや、うららさんはトートバックからレジ袋を引っ張り出し、求肥に包まれた中身が程よく溶けているであろう雪見ナントカというアイスを頬張った。


「はぁ~、生き返ったわ。御礼に、ハルくんも」

「いえ。僕は、お腹いっぱいなので」

「これくらい入るって。ほら、アーン」


 有無を言わさぬ様子でピックに刺したアイスを差し出されたので、千切れて落ちる前に口を開いてキャッチした。

 このあとは、なるべくうららさんから目を離さないようにしていたので、花見の時のような酩酊状態にはならず、ほろ酔い気分程度にでセーブさせることができた。

 しばらくして、テーブルの上に空いてる皿やグラスが並んでくると、部長さんから指名された副部長さんが締めくくりの挨拶をして、お開きとなった。

 

「ほな、今度は初詣の時やね。時間と場所は、送ってたっけ?」

「店を出る直前に、小野寺先輩から伺いました」

「さよか。ほんなら、ええねん。よいお年を~」

「よいお年を」


 快速待ちをしている僕は、先に来た普通列車に乗ったうららさんに向かい、小さく手を振って見送った。

 ブルーグレーの夜空からは、わずかに粉雪がちらつき始めている。

 僕はマフラーを口元まで引き上げ、頭の中で今日という長い一日を振り返ることにした。

 

 こうして、僕とうららさんの「玄冬のミステリーツアー」は、幕を閉じた。


  (了)

※ミステリーツアーに登場した人物一覧


桜井春樹(さくらい・はるき) 

一回生(現役)。文学同好会所属。プロ作家を目指し、進学を機に上京した主人公。入学初日から、何かとうららに振り回されている。


桃山麗(ももやま・うらら) 

一回生(二浪)。文学同好会所属。入学初日から、なぜか春樹を気に入っている。よく食べ、よく笑う、ぽっちゃり女子。


東堂貴美(とうどう・たかよし) 

四回生。文学同好会所属(部長)。猫背で痩せ型。日本史や東洋史に詳しい歴史ヲタク。由里(ゆうり)という姪がいる。


小野寺梅花(おのでら・ばいか) 

四回生(早生まれ)。文学同好会所属。色白な東北美人。スプラッタ映画が好きで、猟奇小説書きでもある。


冬村玄治(ふゆむら・げんじ) 

二回生(現役)。文学同好会所属。巨体を誇る元ラグビー部員。うららから、ハムサンドと呼ばれている。


寒河江雪子(さがえ・ゆきこ) 

三回生。文学同好会所属(副部長・会計係)。個性派揃いの同好会内では、数少ない常識人。ゆきんこ先輩と親しまれている。

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