「窓際の川井さんⅢ <後編>」 若松ユウ 【学園ドラマ×謎】
衝撃の事実発覚で聞きそびれたが、まだ川井の謎は残っている。
それは「どうして昼食を一人で食べたがるのか?」だ。
だが、疑問が残っていることに気付いたのは、冬休みに入ってからだった。
大した用も無いのに固定電話するのは、ちょっとハードルが高い。もしも、顔も知らない川井の親が電話に出たら、なんと説明すれば良いか困ってしまう。
そんなこんなでモタモタしているうちに、どんどん時間は過ぎていった。
家族で仏教徒らしく近所の寺に初詣に行ったことが遥か過去に感じられるほど、お正月気分もスッカリ抜けた二月の十四日。
男子なら誰しも、心がそわそわしてしまうバレンタインデーである。
まぁ、俺には関係ない話だけどさ。
「食べないの?」
「物理準備室へ来る途中、通りすがりに、隣のクラスのギャルから、唐辛子エキス配合の激辛チョコを食わされたんだ。一応、下のウォータークーラーで水をがぶ飲みしてみたんだけど、まだ舌が痺れてる」
「あらあら。カプサイシンは脂溶性だから、いくら水を飲んでも効果無いのに」
「シヨウセイって、どういうことだ?」
川井は、自分の弁当に入っている唐揚げを箸で持ち、疑問を挟んだ俺の口に押し込んだ。
「脂に溶けやすい性質という意味よ。マシになった?」
「……おおっ? 痛みがひいた気がする。サンキュー、川井」
「どういたしまして」
びりびりとした感覚が無くなったことで食欲が戻ってきた俺は、買ってきたメロンパンを食べ始めた。
こうして昼飯をともにするのも久し振りのことで、特に三学期に入ってからは、川井がクジで広報誌制作委員に当たったこともあり、今日まで、なかなか昼休みにゆっくり出来なかった。
「ところで、冬休みの間に思い出したんだけどさ。結局、なんで一人で昼飯を食いたがってたのか、教えてもらってねぇよな?」
「今更ね。とっくに忘れたものと思ってたわ。そんなに気になるの?」
「だって、一人が好きなら、特に用が無くなった時点で、俺と食べるのを嫌がるはずだろ?」
「誰でも良い訳ではないわ」
「じゃあ、どうしてなんだ?」
川井は、口を開きかけてから一度噤み、水筒のお茶で喉を潤してから答えた。
「そうねぇ。学年末テストでクラス平均点を超えたら、理由を言うわ」
「なんだよ、それ!」
「本番まで二週間あるから、今から本気で頑張れば、達成不可能ではないと思うけど?」
「そういう問題じゃない」
「諦めるのは勝手だけど、一年生のうちから赤点の常連だと、二年生になってから授業についていけないんじゃないかしら」
「わかった、わかった。クラス平均を超えてやるよ」
「決まりね」
「その代わり、また放課後に勉強を教えてくれ」
「先生に聞くという選択肢は?」
「俺が職員室に相応しい人物に見えるか?」
「反語が好きね。しょうがないから、それくらいの面倒はみてあげましょう」
「よし!」
色々言いたいことはあるが、少しでも成績を良くするためにも、今は三月初めまで頑張るしかない。
こうなったら高得点をたたき出して、川井の謎を解いてやろうじゃないか。
決意を新たにして窓の外を見れば、曇りガラスの向こうでは、ちらちらと雪が降り始めていた。
春が来るのは、もう少し先の話になりそうだ。
(了)




