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玄冬のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 玄冬のミステリーツアー参加者一同
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「窓際の川井さんⅢ <前編>」 若松ユウ 【学園ドラマ×謎】

 俺の名前は、雪丘ユキオ。

 県内にある市立高校に通っている、ごく平凡な男子高校生だ。

 そして今は、冬真っ盛り。

 だけど、この季節にしては暖かいせいか、雨は夜更けを過ぎても雨のままで、チビたちが昨夜遅くに玄関先へ出しておいたバケツも、氷を張っていなかった。


 まぁ、待ち合わせをするには、寒さで凍える心配が減るから良いんだけどさ。

 電話で指定された雨水駅で手土産を持って待っていると、私服に着替えた川井がやって来た。

 女子のファッションには疎いから、なんていう服なのか知らないけれど、どことなく上品な感じがする恰好だった。

 こういうのを「楚々とした」って言うんだろうな。使い方が合ってるかどうかは、定かじゃねぇけど。

 

 固定電話の番号から予想していた通り、川井の家は隣の市だった。

 ただ、海沿いの賑やかなエリアじゃなくて、駅から更に車で上がった山の手にある住宅街だったのは、予想外。

 この時点で、革ジャンにジーンズで来たのは間違いだったという気がした。

 ちなみに、川井の家まで運転してくれたのは、昨日の電話に出たお手伝いさんだ。


「ようやく、川井の部屋か。迷子になりそうな家だな」

「そこまで複雑な構造をしていないと思うけど?」


 構造じゃなくて、広さの問題だ。庶民の家に、外車や暖炉やグランドピアノがあると思うな。

 心の中でツッコミを入れつつ、川井のあとに続いて部屋に入った。


「ドールハウスでも有ると思った?」

「いや、さすがに人形遊びは卒業してると思ったけど、アイドルのポスターくらいは貼ってあるかと」


 女子の部屋に入るのは、かれこれ小学生以来だけど、思ったよりシンプルでキレイな部屋だった。

 部屋の中を見渡しながらボーッと突っ立っていたら、川井はバッグや上着を壁に掛けながら言った。


「ジャケット、脱がないの?」

「えっ? あぁ、スマン」


 木のハンガーを持った川井に、俺は革ジャンを預けた。

 一瞬、川井のセリフから邪な妄想をしてしまった自分を殴りたい。

 俺が男子高校生として健全な反応を示しているとは、つゆ知らず。川井は、トレーナー姿になった俺を見て、プリントされてる英語を訳せるか訊いてきた。

 何が書いてあるかなんて気にしたこと無かった俺に、川井は、眉をひそめながら言った。


「それは、全文を直訳すれば『私は、ロサンゼルスでジャガイモを作っています』という意味よ」

「ロサンゼルスって、ジャガイモの産地なのか?」

「大事なのは、そこじゃない。その、血飛沫で赤くなってる文字を繋げると……」

「繋げると?」


 耳を貸すように言われたので、俺は前屈みになって耳打ちしやすいようにした。

 ふわっと香る石鹸の匂いと吐息のこそばゆい感覚を我慢して聞いていると、女子が口にするのは恥ずかしいスラングだということが分かった。

  

「タマキさん、入りますよ」

「どうぞ」


 モル濃度と質量パーセントの違いが分からなくて混乱していると、お手伝いさんがケーキと熱いコーヒーを持ってきた。

 ケーキは、俺が雨水駅の近くの店で買ってきたものだ。

 店長に勧められるがままに買ったから、なんていうケーキかは忘れた。ショコラなんとかって言ってた気がする。

 それで、たしか紙袋には「er02」っていう店の名前が書いてあったな。


「クーベルチュールかしら。濃厚で美味しい」

「そりゃ、どうも。食べ慣れてるみたいだけど、いつも、こんな感じなのか?」

「馬鹿ね。こんな脂肪分の多いチョコレートばかり食べてたら、お肉が付くし、お肌も荒れるわ」

「へぇ~」


 なんだかんだいっても、こうしてみると、川井も女の子なんだなぁ。

 そんな当たり前のことを、しみじみと実感していると、またしてもお手伝いさんがやってきた。

 今度は何も手にしておらず、力を貸してほしいと言われたので、川井と一緒に階段を下りた。 

 そして勝手口へ向かうと、大量の野菜が入った段ボールが、台車の上に三箱置いてあった。


「ごめんなさいね、ユキオくん。お勉強中だったでしょ?」

「いえいえ。こんなにたくさんあったら、一人じゃ大変だ。そろそろ身体を動かしたくなってたところだったから、ちょうど良かった」


 段ボールを台所まで運ぶと、お手伝いさんから夕飯を食べて行かないかと提案された。

 川井からも、野菜が傷むといけないし、今日も両親不在だから遠慮しなくて良いと言われたので、お言葉に甘えることにした。

 それにしても、少なくとも十人は余裕で囲める広い食卓がありながら、一緒に食べる家族が誰もいないのか。

 母ちゃんへ「夕飯は要らない」というメッセージを送った直後、ふと、もの寂しい気持ちがよぎった。


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