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玄冬のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 玄冬のミステリーツアー参加者一同
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「玄冬のミステリーツアーⅡ」 若松ユウ 【青春ドラマ×ミステリー】

 僕は、春樹。その人は、うららと名乗った。


 文学同好会に属する僕たちは、貴重な冬休みを利用する形で、部長発案のミステリーツアーに参加している。

 その部長から池袋駅で五枚のカードを渡され、うららさんと聞き込みしながら目的地を探していると、僕のスマホに部長さんからメッセージが届いた。


『一回生全員にカードが行き渡ったので、ここでお知らせします。カードに書いてある目的地点には、君たちの先輩である、二回生か三回生の部員が待っています。が、先輩たちは、それぞれ一チーム分しか、次に進むカードを持っていません。他のチームがどこへ目指すかも考慮に入れつつ探さないと、ファーストミッション失敗になる可能性が高まりますので、ご注意ください。なぜなら、全チーム数は六チームありますから。幸運を祈る!』


 これは、大変なことになってきた。

 仮にどこか目的地に辿り着いたとしても、先に別のチームが到達していたら、セカンドミッションに進むことが出来ない仕様だとは。


「部長さんも、鬼やね。――さて。蕗の薹、彗星蘭、熱燗、カリスマ、温泉旅行。どれが、一番不人気やろう?」

「難易度が高くて敬遠しそうなのは、彗星蘭ではないでしょうか」

「せやね。早い者勝ちやったら、みんな簡単に行けそうなとこ狙うもんね。よっしゃ! これに賭けたろうやないか」


 いつになく気合が入ったうららさんは、袋に残っていた最後のゼリー飴を口に入れると、一瞬、目を見開いた後、ほとんど噛まずに飲み込んだ。余談だが、うららさんが持っている袋には「七色のコンペイトウ」と書かれてあり、七種類のうち六種類はフルーツ味だが、一種類だけ唐辛子をベースにした味があるというトンデモ商品である。


  *


 彗星蘭が洋ランの一種として有名で、古地図にあるのは蘭学ゆかりの地であることまで分かったのだが、そこから苦戦を強いられた。

 築地のあかつき公園という場所だという情報を得た僕たちは、またしても駅で迷子になっていたのだ。

 池袋から築地に向かうには、途中の銀座駅で乗り換えなければならないのだが、駅の構造が複雑なせいで、僕たちは地下を潜ったり、地上へ出たりを繰り返していた。

 そうして、どんなオー脚でも改善しそうな回数の階段昇降運動をしていたら、うららさんが音を上げてしまった。


「ハルくん、ちょっと休憩しよ。そこにコンビニもあることやし」

「そうですね。僕も、そろそろお手洗いを借りたいと思ってたところです」


 師走のコンビニは、カオスを極めていた。クリスマス用に、プレゼントを詰めた袋を持ったサンタクロースが描かれたケーキの箱がレジの後ろに積まれてあったり、もうすぐ冬至ということで、裏漉しカボチャの中華まんや柚子風味のちゃんこ鍋があったりしている。かと思えば、まだ年も明けていないというのに、一部のおせち料理が予約を締め切っていたり、バレンタインデーに贈るための高級チョコレートの予約が始まっていたりしている。

 いったい、今がいつなのか不安になりそうだ。


「はうくんも、いっこたへう?」

「僕は、結構です。お腹も空いてたんですね、うららさん」


 カフェコーナーで待っている僕のもとへ、うららさんはレジ袋二つ分の食べ物を手に持った上、おでんも買って戻ってきた。袋の中には、赤地に白で雪見ナントカと書かれた文字が見えるので、アイスのコーナーにも寄ったらしい。

 発声が不明瞭なのは、席に着くより早く、牛筋串を口に銜えているからだ。実に見事な食いしん坊バンザイぶりである。手にしているプラスチックのお椀には、はんぺん、ちくわぶ、しらたきが入っている。


「ムググ……。やっぱり、東京は醤油がベースなんやね」

「たしか、コンビニおでんも、地方によって出汁が違うんでしたっけ」

「地元の味が恋しくて、郷愁が湧いてきたんとちゃう? このお正月は、実家へは帰らへんの?」

「微妙な距離なんですよね。新幹線を降りてから、しばらくローカル線にゆられないといけないので、ちょっと億劫な気もします。年末年始は、帰省ラッシュが予想されますから、なおさらです。うららさんは?」

「あたしも、今年は見送ろうと思てるねん。帰らへんのやったら、こっちで初詣に行かへん? 小野寺先輩に誘われとって、他にも同好会のみんなが何人か集まるみたいなんやけど」

「へぇ、良いですね。そういうことなら、こっちに残ろうかな」

「ほな、先輩にハルくんも来れそうやって言うとくわ。――ほんなら、ミステリーツアー再開しよ!」


 いつの間にか、うららさんはおでんを平らげ、レジ袋に入っていたお菓子も大半を空にしていた。残った食べ物は、道中で若干の隙間が空いたトートバッグに詰め込んだようだ。

 さて。こういうことを言うのは失礼だと百も承知だが、ひとことだけ。食事と運動と、ほんの少しのカプサイシンの効果によって体温が上昇したうらら先輩は、暖房の効いた車内に入るよりも早く、ホームで上着を脱いだのだが、その下に白いトレーナーを着ていたものだから、つい、僕はそのシルエットを見て、雪だるまか、健康を守るロボットのようだと思ってしまった。僕の記憶が正しければ、うららさんは、この冬で十キロ痩せると宣言していたはずなのだけど。はてな。


  *


 このあと、充分に体力を回復したうららさんと僕は、どうにか築地に到着し、あかつき公園で待っていた二回生の先輩から、セカンドミッションを受け取ることに成功した。ちなみに、この先輩は以前の花見の席で、酔っ払った部長さんに管を巻かれていた部員で、高校時代、練習試合でハムストリングスを切るまでラグビー部に所属していたという異色の経歴を持っている。

 

「ハムサンドは、このあと、どこへ行くん?」

「冬村先輩か玄治先輩と呼べ、桃山。一応、後輩だろうが」

「でも、あたしのほうが年上やねんで?」


 現役二回生と二浪した一回生がいると、こういうことが起きる。でっぷり太ってはいるが、半分は筋肉太りなのだから、さすがにハムサンドは可哀想だと思う。ただ、うららさんが改めないので、同好会内では、あだ名としてスッカリ定着してしまっている。

 

「ほんで、どこ行くん?」

「カードを渡したら、副部長と合流するんだ。そのあとの行き先は、自分も知らん」

「なんや。なら、もう用無いわ。はよ、副部長さんとこ行き」

「言われなくても、長居はしない。――それじゃあ、桜井。またあとで」

「おつかれさまです」


 冬村先輩が立ち去るのを横目に気にしつつも、僕はヒントカードに集中することにした。今回のヒントカードには古地図が無く、キーワードだけが書かれている。


「カラオケ、er02、門松、修善寺、デデキント切断。ファーストミッションより、格段に謎が深まってますね」

「具体的な地名があるんは、修善寺だけやね。どないしよ?」

「でも、修善寺って伊豆ですよね? これからすぐに向かったとしても夕方になりますし、第一、遠すぎませんか?」

「せやね。これは、修善寺に関係ある文豪の何か、っちゅう線で考えたほうがよさそうや」

「うーん。パッと浮かぶのは漱石や綺堂、川端康成あたりですけど、ミステリーツアーらしくないですね」

「あたしも、おんなじようなもんやわ。ちょっと聞いてみよか」


 このあと、駅へ歩いて戻りながら、うららさんと聞き込みを続けた結果、一人の推理作家が浮かび上がった。

 しかも、そのゆかりの地というのが、意表を突かれたような場所で……


「彼が晩年を過ごした邸宅は、今は大学の研究センターとして使われてるはずだよ。たしか、西池袋だったんじゃないかな?」

「西池袋て、池袋の西側ってこと?」

「そうさ。詳しい場所は、向こうで誰かに聞いてくれ。それじゃ」

「おおきに、どうも~。――これは有力な手がかりやね、ハルくん」

「そうですね。それにしても、まさか集合地点に戻るとは」

「部長さんら、どっかへ行ったと見せかけて、ずっとそこにおるんかもしれんなぁ。行ってみよか?」

「えぇ。行きましょう」


 僕とうららさんの「玄冬のミステリーツアー」は、いよいよ佳境に入った。

 

  (了)

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