「首切り雪だるま ③」 沖野唯作 【本格ミステリ】
見覚えのある部屋だ。昨日から泊っている雪山のコテージ。俺はベッドから起き上がると、急いで服を着替えた。
一階の共同スペースに降りる。青山はとっくに起きていて、退屈そうにテレビを見ていた。
「あけおめー、やっと起きたな」青山が椅子から立ち上がる。「右手が使えないから、暇でさ。話し相手が欲しかったんだ」
「沙織は無事か?」
俺がそう尋ねると、青山は首をかしげて、
「お前寝ぼけてんの? 江藤さんが殺される夢でも見てたわけ?」
その時、玄関の扉を外から叩く音が聞こえた。青山が鍵を開ける。
薄井が入ってきた。そしてその後ろには。
「おはよー、そして明けましておめでとうー。今日は良い天気だねー」
沙織が立っていた。首には俺が渡したネックレスが巻かれている。
「ど、どうして……」思わず言葉が出た。「昨日はつけてなかったのに……」
「ああ、これね」細い指でネックレスを大事そうに持ちあげて、沙織は答えた。「正君がくれた大切なプレゼントだから汚したくなかったの。昨日は雪が降ってたでしょ?」
そう言って、沙織はニコッと笑った。それから何か用事を思い出したように、薄井に声をかけた。
「そうそう、桃香から報告があるんだよね」
薄井は前に進み出ると、照れくさそうにしている青山の横に並んだ。
「実は私達、半年前から付き合ってるんだ」
「うぇっ」俺は反射的に変な声を出してしまった。「う、嘘だろ、青山。お前そんなこと一言も……」
「いやー悪い悪い。なんか恥ずかしくてさー」あっけらかんとした態度で、青山は交際を認めた。「『幼なじみなのに今更!?』って感じもするし」
「そんなの関係ないよ」薄井が青山の腕を引く。「好きなら付き合えばいいんだよ」
ネックレスのこと。沙織を青山に奪われるという予感。それらは全て俺の思い過ごしだったのだと、ようやく気づいた。今朝の夢は、俺のネガティブ思考が生み出した馬鹿げた妄想だったのだ。
「よーし。今日はお正月だ。とりあえず初詣に行くかー!」青山が薄井と腕を組み、ドアの方へと歩き始める。俺の隣には沙織がいる。彼女は俺の顔を覗きこみ、不思議そうに口をすぼめた
「元気ないね? 悪い夢でも見たの?」
「実はそうなんだ」俺は苦笑した。「まったく、最悪の初夢だったよ。嫌な一年になりそうだ」
「それは考え方次第じゃないかな」沙織はいつもの明るい笑顔で、俺にほほえみかけてくれた。
「大晦日の夜に見た夢を初夢っていう人もいれば、1月1日の夜から1月2日の朝にかけて見た夢を初夢っていう人もいる。どちらを選ぶかは正君次第だよ。だから今年の初夢は、元日から1月2日の方にすればいいんじゃない? 運は自分で引き寄せなきゃ」
沙織の言う通りだ。俺はすぐに悪い方向に物事を考えようとする。幸運は自分で掴み取るものだ。さもないと、どんどん逃げていく。
俺は沙織の手を握った。沙織も俺の手を握り返す。青山と薄井が待つコテージの外へ、俺達は歩き出した。これから四人で初詣に向かう。神様にお祈りすることはもう決めてある。
良い初夢が見れますように。




