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玄冬のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 玄冬のミステリーツアー参加者一同
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「首切り雪だるま ②」 沖野唯作 【本格ミステリ】

「幼なじみを告発する気?」薄井は冷たく応じた。「根拠でもあるの?」


「当然だよ。俺の推理を聞かせてやる」


 青山は一呼吸おいて、話を始めた。


「俺が注目したのは、首をすげ替えられた雪だるまだ。犯人は西棟の雪だるまの顔を抱えて東棟まで運び、東棟の雪だるまの顔を抱えて西棟まで運んだ。何故、そんなことをしたか? それは雪の上に足跡をつけた理由をでっちあげるためだ。

 東棟の玄関前で江藤の死体が発見され、真っ先に疑われるのは東棟にいた薄井だ。だが、二つのコテージの間に足跡が残っていたことで、西棟の俺達も犯人候補になった。足跡を残すことで一番得をするのは薄井なんだよ。

 だけど、ただ足跡をつけるだけでは、すぐに偽装工作だとバレてしまう。そこで薄井は雪だるまを利用して、真相から目を反らそうとした。犯人は何らかの理由があって雪だるまの首をすげ替えたのだと思わせることで、本来の目的を隠そうとしたんだ」


「話にならないよ」うんざりした声で、薄井が割りこむ。「雪が降り止む前に犯行を終わらせば、足跡は残らない。そんな偽装工作をするまでもなく、西棟にいた二人も立派な容疑者だよ」


「で、でもさ。薄井が犯人なら、コテージの間を往復する必要はないだろ? 足跡が残ってたら、まさか薄井が犯人だとは誰も思わないわけで……」


「そんな曖昧なロジックで、わたしを犯人にしないでくれる? まったく論証になってないよ」


 薄井の迫力に圧され、青山が黙りこむ。代わりに岩城が口を開いた。


「なるほど、そういうことか」岩城は青山を睨みつけた。「お前が犯人だったんだな」


「馬鹿言うな!」青山が早口で抗議する。「俺に犯行は不可能だ。雪だるまの首をすげ替えたのと、江藤を殺したのは同一人物なんだろ? 俺は右腕を骨折してるんだ。あんな大きな雪玉を運べるわけないだろ」


「そう思わせることがお前の目的だったんだ。西棟と東棟の雪だるまは同じ大きさだ。わざわざ雪玉を運ぶ必要はない。顔のパーツだけを入れ替えてやれば、首のすげ替えは完了する。石、木の枝、野菜……ポケットにいれて運べるようなものばかり。片腕が使えれば充分なんだよ。雪玉を運べないことを理由に容疑を逃れるため、お前は雪だるまの首をすげ替えたんだ」


「俺はやってない!」青山が叫んだ。「違う、誰かが俺をハメようとしているんだ!」


 気まずい空気が部屋に漂う。互いを敵視するように、青山と岩城が視線を衝突させる。


「もうやめようよ」沈黙を破ったのは薄井だった。「最初から、犯人は分かってるんだから」


「なんだって?」驚いたように、青山が薄井を見る。「どうして言わなかったんだ!」


「友達を告発したくなかったの。できれば、自分から名乗り出て欲しかったな」


 薄井は辛そうに肩を縮めると、淡々と語り始めた。


「足跡も靴も雪だるまも、犯人を特定する証拠にはならない。わたしが注目したのは、門松だよ」


「門松?」青山が言う。「まさか、あの門松は本当の凶器じゃないのか?」


「ううん。竹の先に血がついてるし、他にも破損した箇所があるから、あの門松が江藤さんの命を奪ったのは確実だよ。問題は、東棟の玄関ポーチの床に血痕が全く見当たらなかったこと。竹に刺されて床に崩れ落ちたのなら、床に血の跡が残ってるはずでしょ? けど、それが一つもなかった。つまり、東棟の玄関ポーチは、本当の犯行現場じゃないの。

 なら、どうして偽の犯行現場に、血のついた門松が置かれていたのか? 答えは簡単。犯人が西棟と東棟の門松を入れ替えたからだよ。江藤さんは西棟の玄関ポーチで殺されたんだ。

 犯人は西棟の玄関前で江藤さんを殺し、犯行現場を誤認させるために死体と血のついた門松を東棟に運んだ。そして、東棟の門松を西棟に持ち帰り、東棟の玄関の床についた血痕を拭き取った。

 これで犯人が絞りこめるよ。もしわたしが犯人なら、死体を西棟に置いたままにする。自分が寝泊まりしている東棟に、わざわざ死体を運ぶわけがない。だから、わたしは犯人ではありえない。そして青山君は右腕を怪我しているから、死体と門松を運べない。

 江藤さんを殺したのは岩城正平、君だよ」



 ◇ ◇ ◇



 本当に殺す気はなかったんだ。


 だけど、沙織が別れたいなんて言うから。


 思わずカッとなって、突き飛ばしただけなんだ。


 昨日。コテージに着いた後、沙織は大事な話があるから深夜に二人で会いたいと言った。彼女の言葉は俺を不安にさせた。青山が寝た後、俺は西棟の一階で沙織が来るのを待った。日が変わった頃、沙織はやってきた。その時はまだ雪が降っていたから、彼女の足跡は残らなかった。


 玄関を鍵を開けて沙織を招き入れると、彼女は唐突に別れ話を切り出した。他に好きな人ができたのだと。誰のことか俺には察しがついていた。青山だ。今回の旅行を計画したのは青山と沙織だった。なんとなく嫌な予感はしていたんだ。俺がクリスマスにプレゼントしたネックレスを沙織はつけてこなかった。最初から俺を捨てる気でいたんだろう。


 話を済ませて東棟に帰ろうとする沙織を、俺は追いかけた。玄関の外に出た俺は、怒りにまかせて彼女を突き飛ばした。それが運のツキ。沙織は死に、後には血のついた門松と冷たい死体だけが残った。


 西棟で死体が見つかれば、真っ先に疑われるのは恋人の俺だ。捕まるのは嫌だった。俺は犯行現場を偽装することに決めた。


 死体を東棟に移すところまでは順調だった。だが、俺が死体を運び終え西棟に戻ってきた途端、雪が止んだ。血のついた門松を西棟に置いておくわけにはいかない。現場を偽装したことがすぐにバレてしまう。かといって、雪の上に足跡を残せば、誰かがコテージの間を往復したと自ら主張するようなものだ。門松の入れ替えにも気づかれる恐れがある。


 諦めようかと思ったその時。俺は悪魔の閃きを得た。雪だるまの首のすげ替え。青山に罪をなすりつけるとともに、雪だるまの顔が動かされたという事実に注意を向けることで、門松の運搬を盲点に追いやる。俺はこのトリックを実行した。雪だるまの顔のパーツをポケットに詰め、西から東、東から西へと門松を運んだ。


 うまくいくはずだったのに。薄井の推理力を侮っていたようだ。さすがは『名探偵』だな。


「認めるよ。俺が沙織を殺したんだ」


 青山と薄井が憐れむような目で、俺を見ている。止めてくれ。自分が不幸なことぐらい、わかりすぎるほどよく分かっているから。


 俺は昔から運が悪いんだ。せっかく理想の女性と出会えたのに恋人を親友に奪われ、あげくその恋人を自らの手で殺してしまった。もううんざりだ。


「岩城君」薄井は静かな口調で言った。「岩城君は江藤さんを殺してないよ」


 俺は顔を上げて、薄井を見た。冗談を言っている風ではない。


「当たり前だ」青山も追随する。「ていうか、江藤さん死んでないし」


 何のことだ? 二人は何を言ってるんだ?


 変化は突然起きた。空間が歪み、二人の顔が捻じ曲がる。奇妙な浮遊感が体を包みこんでいく。サイケデリックアートのようにカラフルな景色の奥から、薄井の声が聞こえてくる。


「推理を続けるね。門松で人が死ぬなんて、現実にありえると思う? 警察が来る前に、証拠品の靴を勝手に調べる一般人がどこにいるの? 一番おかしいのは、雪が降りやんだタイミングだよ。死体を東棟に運び終えて、岩城君が西棟に戻ってきた瞬間、雪は止んだんでしょ? なら、直前についた足跡が完全に消えているのはおかしいよね?」


 なんだこれは……。薄井はどうして、雪が降り止んだタイミングを知ってるんだ? 俺はそんなこと一言も喋ってないのに……。


 薄井の声が、ひずませ過ぎたエレキギターのように割れていく。


「おかしいよねえぇ、最初は岩城君視点だったのにぃ、気づけば空から俯瞰するような視点になってるのおかしいよねぇ」


 これは……これはもしかして……。


 目の前を覆いつくしていた色彩が消えた。視界がブラックアウトし、体に重さが帰ってくる。心地よいだるさと眩しさを感じながら、俺は目を覚ました。


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