「エリちゃんと魔法のコンペイトウ 4.ウィッシュ・カム・トゥルー」 森野こみち 【なし】
必死に祈った。
お願いは、なかったことにしてください!!
お願いは、なかったことにしてください!!
お願いは、なかったことにしてください!!
効果はない。
ママは床に横たわるわたしに近寄って腰かけた。わたしの頭を自分の膝に乗せて、髪をやさしく撫でた。
髪の毛が、血でベトベトのママの手にからみつく。
「エリちゃん。あなたもわたしやパパみたいになりたい?」
バラバラにってこと!?
いや!
いや! いや!
なりたくない! なりたくない!
バラバラで死ぬなんて、いや!
声は出なかった。
口いっぱいの甘いコンペイトウが咽を塞ぐ。溶けた砂糖が気管にまとわり付く。
「うん。エリちゃんもそうだよね。ママ、嬉しい……」
ううん。言ってない!
そんなこと言ってない!
「わたし見てた。死んでからもずっとエリちゃんを近くから見てた。でも寂しかった。話すことも触ることも出来ないんだもの。これからは、ずっとずっと一緒。いつも一緒……」
ママはそう言って包丁を私の喉に当てた。
パパの血を吸った包丁は、ちょっと温かかった。
ママは優しい表情で、わたしの喉をズブリと切り裂いた。
頸動脈から噴出した鮮血が、ママの顔を染めた。
視界が暗くなる。
どんどん暗くなる。
これが死?
寒い……。
とっても寒い……。
何も見えない。
わたし、何をしてたっけ?
わたし、何をお願いしたんだっけ?
感じない。
何にも感じない。
そうして、すべてが墨汁のような闇に消えていった……
ぼんやりとした視界。
「エリ! エリ!」
パパの声がする。
「エリちゃん! エリちゃん!」
おばちゃんの声だ。
遠くで女の人が「先生!」って叫んでいる。
白い天井。
だんだんはっきりしてきた。
ベッドの周りにカーテンが垂れ下がっている。ここは病院だ。
パパとおばちゃんがわたしを見下ろしている。
嬉しそうに泣いてる。
何で?
わたし死んだんじゃなかったっけ?
って、パパもママに殺されたんじゃ?……
おばちゃん? ママ? どっち?
わたしは混乱していた。
お医者さんが来ると、わたしを診察して「もう大丈夫でしょう」と言った。パパとおばちゃんは、ほっと胸を撫でおろしている。
しばらくすると、二人の刑事さんが病室に入って来た。
え!?
何? 今度はどういうこと!?
結局、お正月は病院で過ごした。
元気なのに、すぐに退院させてくれなかったの。
香織がお見舞いで雪だるまを作って持って来てくれた。すぐに溶けちゃったけどね。
年明けに退院して、冬休み明けには、みんなと同じように学校へ通うことになった。
そうそう、何があったか、ちゃんと説明しないと。
クリスマスイブの晩。
わたし、自分の部屋でコンペイトウをいっぱい頬張って、ラリッてたんだって。
「ラリッて」ってどうゆう状態?
わたしには、ワーカリマセーン。
おばちゃんが気付いて救急車を呼んだみたい。そのあと四日間、昏睡状態だったの。
お医者さんは薬物中毒だって言ってた。コンペイトウに幻覚作用のある薬が入ってたみたい。
マジックマッシュルーム?
刑事さんは、全部の成分は分からなかったって言ってた。
警察はフリマのお婆ちゃんを探したけど、まだ見つかってない。他の人にも目撃されてるから、お婆ちゃんがいたのは確かみたい。
つまり、こういうこと?
わたし、コンペイトウのせいで、願いが叶う幻覚を見てたってこと?
叶えた願いごとは、全部まぼろし?
のり子おばちゃんに、ママがパパに殺されたことを言ったら、笑われちゃった。
それも幻覚だって。
新聞でも警察の記録でもママは事故だって確定しているみたい。
あー! もう!
脅かさないでよ!
幻覚くん!
いたずらが過ぎるでしょ!
わたし、ほんとうに怖かったんだから。
パパを殺人犯にして、ママを殺人鬼にするなんて酷すぎる!
最低!
でも、いいこともあった。
わたしが昏睡状態のとき、パパはわたしが死ぬんじゃないかってすごく心配したの。それに、薬に手を出したのは自分に責任があるんじゃないかって思ったみたい。
パパはお酒をぱったりと止めた。
パパ、入院中、毎日スーツ姿で病院に来た。きっと年末年始なのに就職活動をしてたんじゃないかな。
登校日。
パパはスーツ。わたしと一緒に家を出た。
「パパ、お仕事、頑張ってね」
「おう、エリもな」
バス停に向かうパパの後ろ姿はちょっと頼もしかった。わたしはウキウキと学校へ行った。
教室に入ると、香織や友達が迎えてくれた。「もう大丈夫?」って心配してくれる。
うん、大丈夫。
元気! 元気! 充電率、百二十パーセント!
わたしが腕を曲げて筋肉モリモリのポーズをすると、みんな笑った。
学校って楽しいね。
給食の準備の時間になって気づいた。
教室には空いた席がある。
あれ、えーと、誰だっけ?
欠席かな? インフルエンザの季節だしね。
あれ? 待って。朝、出席とった時には休みの人はいなかったと思う。
わたしは香織に聞いてみた。
香織は「えっ!?」とした顔でわたしを見たけど、すぐに「ああ」って納得したみたいに言った。
「病気で忘れちゃったんだよね」
「え? 何のこと?」
「ううん。みんなおんなじ。忘れたがってる」
「なに? なんなの? 教えてよ」
「忘れてるんなら、聞かない方がいいんじゃない?」
香織は言ったけど、わたしは強情に頼みこんだ。香織はしかたなさそうに言った。
「雄二と厳太、半月前に、死んだんだよ……」
えっ!? ええっ!?
いま何て言ったの?
「あの公園の前……、二人一緒にトラックにはねられて……」
うそ!
うそだよね!
あれは、わたしの幻覚……
「運転手も死んじゃったみたい。テレビでもけっこう大きなニュースになって……」
待って!
待ってったら!
天井と床がぐるぐると回転している。
「エリちゃん! エリちゃん、大丈夫!」
遠くで香織の声が聞こえる。誰かが先生を呼んでる。
どういうこと?
いったいどういうこと?
あれは幻覚。ただの夢。人なんか死ぬわけない。
誰か教えて!
ねえ! 誰か……、
……お願い……
教室はどんどん暗くなっていった……
……