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玄冬のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 玄冬のミステリーツアー参加者一同
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「エリちゃんと魔法のコンペイトウ 3.バラ色のクリスマスイブ」 森野こみち 【なし】

 クリスマスイブ。計画は完璧。


 ママをお願いをするときは、邪魔が入らないように、二階の自分の部屋にこもる。ママが帰ってきたら食堂に下りる。


 ささやかな身内だけのクリスマス会。のり子おばちゃんがチキンとかサラダを持って来てくれる。


 クリスマスケーキはわたしが選んだ。生クリームでイチゴが乗ってるやつ。冷蔵庫に入ってる。


 もうすぐ六時。


 パパは居間で一足先にワインを飲んでる。食卓の小さな花瓶には、ママが好きだった真っ赤なバラが一輪活けてある。


 わたしは部屋のカギをかけると、白いコンペイトウを口に入れてお願いした。



 ママが生き返って家に帰って来ますように……

 ママが生き返って家に帰って来ますように……

 ママが生き返って家に帰って来ますように……



 しばらくすると玄関の呼び鈴が鳴った。


 帰って来た!


 ママが帰って来た!


 ママ! ママ!


 わたしは部屋を飛び出ると、階段を落ちるように駆け下りて、玄関の白いドアを開けた。


 立っていたのは、のり子おばちゃんだった。


「なんだ。おばちゃんか」


 おばちゃんは、がっかりしたわたしの態度を見ると、「なんだとは何よ」と言って家にあがった。そして食堂に行って、お皿の用意をはじめた。


 ママは?


 帰ってくるんじゃなかったの?


 わたしは「はっ」とした。


 ひょっとして、まだ「予兆」がないの?


 わたしは玄関に立ったまま、ふたたび願いごとを続けた。



 ママが生き返って家に帰って来ますように……

 ママが生き返って家に帰って来ますように……

 ママが生き返って家に帰って来ますように……



 すると、おばちゃんが白いケーキをもってキッチンのドアから顔を出した。


「ほら、エリちゃん。もう始めるわよ。いらっしゃい。壮一郎さんも」


 ほろ酔いのパパが食堂に歩いていく。


 わたしは納得がいかなかった。




 パパはご機嫌だった。


 のり子おばちゃんが珍しくパパにお酒をプレゼントしたの。いつもは「お酒やめなさい」って言ってるのに。


 今日のおばちゃんは人が違ったみたいにパパに優しかった。料理を皿に取ってあげて、お酒をどんどん注いであげた。


「なんだか怖いなぁ」パパが笑顔で言った。

「久しぶりだし、たまにはいいんじゃない?」とおばちゃん。

「毎日こうだとな」

「毎日? なに言ってるの、これが最後」


 おばちゃんが微笑むと、パパは「そのうちしっかりしないと……か……」と言って、手にしたワイングラスを見た。


 ちょっと!


 そんなことより、ママは?


 生き返って帰って来るんじゃなかったの?


 ママ……、ママ……


 わたしは窓を見たり、玄関を見たり、落ち着いて食事ができなかった。


「壮一郎さん、ちゃんと立てる?」


 パパは足腰に力が入らないようだった。


「もう、パパ、しっかりしてよ」


 わたしはママが帰って来るまで、パパに酔いつぶれて欲しくなかった。


「おかしいなあ。そんなに飲んだっけ?」


 飲んでます。パパは夕方からワインを一瓶あけてるでしょ。


「エリちゃん。あなたのママの事なんだけど」


 おばちゃんが唐突に言った。


「え? ママ?」

「そう、愛子……、何で死んだか、知ってる?」

「事故でしょ。それがどうしたの?」

「駅のホームから落ちて、電車に轢かれて身体がバラバラになったんだけど……」


 え!?


 なに? その話?


 それに、なんで今そんな事、言うの?


 わたしは戸惑った。パパは箸を落としてちょっと震えている。


「あなたは事故って聞いてると思うけど、そうじゃないの。ママは殺されたの。後ろから押されてね」


 パパの顔は、みるみる蒼くなっていった。


「痛かった……、すごく痛かった。骨という骨が砕け、内臓という内臓が破裂したの。硬い石に叩きつけられ、冷たい鉄の車輪で腕や脚が引き千切られた……」


 おばちゃんの目は底なしの沼のような色に変わっていた。


「電車に衝突する瞬間、わたしは見たの。わたしを押した犯人を。マフラーと帽子で顔を隠してた。でも目を見た。あの目を見間違うはずはない」


 おばちゃんはパパを見た。パパは首だけびくっと震わせた。


 え!? うそ!?


 パパ……、ママを殺してなんてないよね……


「壮一郎さん。どうして? どうして殺したの?」


 パパは口をもごもと動かしたけど、舌が回らないみたい。うまくしゃべれなかった。


「あら、もう口もきけないみたいね。いいのよ。理由なんて、いまさら理由なんて……」


 そう言うと、おばちゃんはテーブルの上のワインオープナーを取って、いきなりパパの両眼をえぐった。


「きゃああ!!」


 わたしは叫んだ。


 パパの両眼からドロドロの半透明の紅い液体が頬をつたって流れ落ちる。パパは椅子から動けず、うめき声だけあげていた。


「や、やめて、おばちゃん、やめて……」


 わたしは恐怖で身体が動かなかった。


 おばちゃんはキッチンへ行くと、肉を叩く大きなステンレスのハンマーと、出刃包丁を持って来た。


「エリちゃん、ちょっと待っててね。あなたの前に、少しパパと遊ばせて」


 おばちゃんはわたしに笑顔を見せると、ハンマーでパパの顎を横一文字に殴りつけた。


 ぐしゃっ!


 パパは椅子から転げ落ち、わたしの足元に転がった。顎がぐちゃぐちゃに変形している。パパは木のうろのような目で泣いているように、わたしを見上げた。


 おばちゃんはクリスマスの料理の乗ったテーブルを引きずって部屋の端に寄せると、パパの足の指をひとつひとつハンマーで潰していった。



 ぐちゃ ぐしゃ ばぎっ


 ばき ぼぎ ぼぎ


 ぐちゃ ぐしゃ ばぎっ


 ばき ぼぎ ぼぎ



 指が終わると、すね、股、手の指、腕、肩と全身をくまなく叩いていく。



 ぐちゃ ぐしゃ ばぎっ


 ばき ぼぎ ぼぎ


 ぐちゃ ぐしゃ ばぎっ


 ばき ぼぎ ぼぎ



 わたしは動けなかった。ただ、力なく小さな声でうめくパパと、その脇で膝をついてハンマーを振るうおばちゃんを見ていた。


 おばちゃんの顔にはパパの血がはねている。


「やめて、お願い、おばちゃん、やめて……」


 おばちゃんが、わたしを見上げた。


 わたしは驚いた。


 その顔はいつの間にかママになっていた。


「エリちゃん。大丈夫、もうすぐ終わるから。ちょっと待っててね。パパをバラバラにしたら、すぐあなたの番」

「いや……、いや……、なんで、なんでそんなことをするの……」

「ママがいなくて寂しかったでしょ。これからはずっと一緒。パパを処分したら、一緒にいい所に行こっ。きっと気に入るから」


 そう言って、おばちゃん、いや……、ママは微笑んだ。


「いや……、いや……」


 身体が重い。わたしは硬直した身体を動かそうとして、椅子から転げ落ちた。


 わたしは死にもの狂いで這った。ゆっくりゆっくり廊下に向かう。


 コンペイトウだ。


 そう。


 わたしにはコンペイトウがある。


 二階の部屋。


 そこまで行って、お願いする。


 これをなかった事にすればいいの。


「どこへいくの?」


 這うわたしの後ろから声が聞こえた。


「大切なママを殺したパパの最後を見なくていいの?……あら、自分の部屋に行って待ってるつもりなのね。わたしもすぐ行くから」


 階段を這って登っていると、今までとは別の音が聞こえてきた。



 がん がん がん


 ぶち ぶち どん


 がん がん がん


 ぶち ぶち どん



 切り離しているんだ……。パパをバラバラにしているんだ。



 がん がん がん


 ぶち ぶち どん


 がん がん がん


 ぶち ぶち どん



 わたしは泣きながら部屋に入ると、何とかドアにカギをかけ、机の引き出しからガラスのポットを取り出した。


 手が震えてポットが落ち、コンペイトウは床に散らばった。


 すぐ一つ拾って口に入れると必死に願った。



 お願いは、なかったことにしてください!!

 お願いは、なかったことにしてください!!

 お願いは、なかったことにしてください!!



 コン、コン、コン。


 ノックがした。


「エリちゃん、お待たせ。部屋を開けて」


 わたしは無視して祈り続けた。


 ゴン、ゴン、ゴン。


 ノックが強くなった。


「エリちゃん、ねてないで出て来なさい。お父さんばっか構ってごめんね。これからはエリちゃんだけだから。ほら……」


 ガチャガチャガチャと乱暴にノブを回す音が聞こえてきた。



 お願いは、なかったことにしてください!!

 お願いは、なかったことにしてください!!

 お願いは、なかったことにしてください!!



 なんで!


 なんで叶わないの!


 はやく! 早く! なかったことにして!


 ドアに体当たりする音が響く。


 わたしは床からコンペイトウを拾っては口に入れ、拾っては口にいれ、力の入らない両手を組んで、必死に願いつづけた。


 何十個食べたかわからない。


 それでも、何の「予兆」もないまま、ドアが破られると、部屋にママが飛び込んできた。


 全身血だらけのママは、まるでバラの花のようだった。


 出刃包丁とハンマーを持つママは、わたしを見ると微笑んだ。




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