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玄冬のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 玄冬のミステリーツアー参加者一同
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「エリちゃんと魔法のコンペイトウ 2.願いごと」 森野こみち 【なし】

 お母さんは男の子を水道のところに連れて行くと、膝を水洗いした。


 男の子はずっと泣いている。しみるし、冷たいからすごく嫌がっている。


 わたしはコンペイトウを舐めながら、一生懸命お願いした。



 あの子の怪我が治りますように……

 あの子の怪我が治りますように……

 あの子の怪我が治りますように……



 お母さんは男の子の膝にハンカチを当てたけど、その時、風がふいて、どこからか水色の風船が飛んできた。


 風船が男の子の目の前に転がると、男の子は泣くのをやめて、風船を取ろうとお母さんの手当てを振りほどいた。ハンカチが外れると膝があらわれた。


 あれ!?


 血が出てない! って、傷口もない!


 お母さんは目を白黒させている。男の子は風船を手に取って笑顔だった。


 本物だ!


 このコンペイトウは、本当に魔法のコンペイトウだ!


 わたしは嬉しくなって、ガラスのポットを大事に胸に抱えると、いそいで家に帰った。




 家で数えてみたけど、コンペイトウは四十八個入っていた。


 やったー!


 よく、お話だと願いごとは三つし叶わないとかあるけど、わたしは違う。


 あと、四十八個!


 四十八個も!


 願いごと、何でも叶うんだよね。


 なにお願いしよう。おサイフ取り戻そうかな? いやいや、それよりも一億円にしようか。まって! 一兆円にしよう!


 なーんてね。


 お金とか物は欲しがりませんよーだ。だって使えば、なくなっちゃうもん。


 うちは貯金あるから、そんなに困ってない。ママの保険金っていうのかな。そのお陰もあって、パパはゴロゴロできる。


 どうしても困ったときは、一度にたくさんお金をお願いしよう。


 それがいい。


 わたしは賢い中学生。


 コンペイトウのご利用は計画的に。


 わたしはガラスのポットを机の下の引き出しにしまったけど、思い直して、三粒だけ取り出すと、ラムネのケースに入れてそれをカバンに忍ばせた。


 いつどこで、お願いごとをするか分からないからね。


 一日一個。今日はもうダメ。


 よおく考えよう!




 期末テストは全部百点! 体育では大活躍!


 大好きな歌手に生で歌ってもらったり、声優さんに耳元で話してもらったりした。


 有名人に本当に会えるかな、って思ったけど、近くでロケしていて、休憩中に迷子になっていたの。


 素敵だったな。やっぱ、思い出はプライスレス。


 ほんとうに何でも叶う!


 お婆ちゃん、ありがとう!


 人生って楽しいね。







 ミケが車にひかれた。


 公園脇の道路。抜け道だからスピードを出す車がけっこういる。ちょっとカーブしてるから見通しが悪い。事故が多い道。


 ミケをひいた車は構わず走り去っていった。


「ミケ!」


 わたしは叫んで道路に駆け出た。そしてミケを抱えると歩道に置いた。


 口や耳から血が出ている。片目が半分飛び出てる。お腹がつぶれ、細かく痙攣していた。


「ミケ! ミケ!」


 わたしはミケの名前を呼んだ。


 どうしよう!? 救急車!? 動物病院!?


 わたしがオロオロしていると、同級生の雄二と厳太がやって来た。


 やな男子だ。


 女子はみんな雄二と厳太が大きらい。友達の香織は、しょっちゅう「キモイし、超むかつく」とか言ってる。


 いつも動物をいじめていた。カエルやトカゲの口に花火を突っ込んだり、猫とか鳥をエアガンで撃って楽しむ、最低な奴。


 二人は私の後ろに立つと猫をのぞき見た。


「うわっ! グロッ! 汚ねぇ」

「げえ、ぐちゃぐちゃじゃん」


 わたしは友達のミケをそんな風に言われて頭に来たけど、それどころじゃないから無視して考えた。


 すぐに閃いた。


 そうだ!


 魔法のコンペイトウだ!


 ミケの怪我が治るようにお願いすればいいじゃない。


 そんなことに気付かないなんて。わたしのバカバカ。


 わたしはカバンからレモン色のコンペイトウを取り出すと口に入れて、一生懸命お願いした。



 ミケの怪我が治りますように……

 ミケの怪我が治りますように……

 ミケの怪我が治りますように……



「おい厳太、こいつ何かに使えねえか」


 雄二が言うと、厳太は「うーん……」と悩んでから答えた。


「そうだ、向こうの歩道橋の上から車に投げようぜ。びっくりするんじゃね」

「お、いいじゃん。やろう、やろう」


 二人は笑うと、「お前、邪魔」って私をどけて、ミケを汚いものみたいに摘まみ上げようとした。


「やめて!」


 わたしは大声をあげた。ふだんはそんな声出さない。


 二人はびっくりして手を止めた。公園の中にいた子供や大人たちは、わたしたちに顔を向けた。


 わたしは、お婆ちゃんの言葉を思い出して、口を押さえた。


(一度失敗した願いは二度と叶わぬ。慎重にやりんさい……)


「やめて」と言って、二人は手を止めた。


 これって願いが叶ったってこと?


 じゃあ、ミケの怪我はもう治らないの!?


 わたしはおそるおそるミケを見た。


 痙攣は止んでいる。呼吸はしてない。


 死んでる!?……


「ミケ! ミケ!」


 わたしはミケを抱き上げた。まだ温かい。でも、とっても軽くなっていた。


 ミケ、ミケ、わたしのミケ。

 生き返って。お願い。

 また、いっしょに遊ぼ。


 わたしの目から、涙がポロポロ落ちてくる。


 雄二と厳太は、泣いてるわたしを変な目で見た。


「うわ、こいつ、キモッ」

「頭、おかしくなったんじゃね」


 我慢の限界だ。

 こいつらのせいだ!

 こいつらさえいなきゃ、ミケは死ななかった。


 わたしは、全身の毛穴からどす黒い憎悪があふれ出てくるのを感じた。


 わたしは叫んだ。


「死ね! 死ね! お前らなんか死んじゃえ!」


 わたしは人の目なんか気にしないで叫び続けた。


「お、おい、厳太、いこうぜ」

「あ、ああ」


 二人が面倒くさそうに、この場を去ろうとした時だった。


 わたしの目の前に、何か黄色いものが流れた。


 激しい衝突音。


 歩道に黄色い軽トラックが突っ込んで来て、公園入口のコンクリートブロックに激突した。


 撥ねられた雄二と厳太は、壊れた人形のように宙を舞い、低い柵を越えて公園の中に落ちた。


 えっ!? えっ!?


 二人は地面の上で、まるでミケのように、ぐったり血を流している。


 うそ!? 雄二と厳太が死んだ!?


 うそ、うそ……


 わたしのせい? わたしが「死ね」って言ったから?


 うそだよ……、うそだよね……


 わたしはパニックになり、ミケすら忘れて、家に向って走った。




 わたしは布団をかぶってガタガタ震え続けた。


 どうしよう……、どうしよう……


 わたしが殺人犯だ。わたしが殺したんだ。


 違う。わたしじゃない。雄二と厳太を殺したのは、トラックの運転手だ。わたしはそう思おうとした。


 でも、ホームルームで担任の先生が言っていたのを思い出した。


「みなさん、お友達に気軽に『死ね』とか言っていませんか? いけませんよ。これは刑法二百二条、自殺関与及び同意殺人に違反する、れっきとした犯罪です。懲役か禁錮刑になります……」


 わたしは頭を振った。


 バレない……きっとバレない。


 バレなきゃいいんだ。


 そう思い込もうとしたけど、冷たくねっとりとした嫌な感覚は、いつまでたってもなくならなかった。


 うん……


 わたしが殺した事実は変わらない……


 夜になると、血だらけの雄二と厳太が、窓から入ってくるんじゃないかと怖くて、よく寝られなかった。


 次の日は、具合が悪いって言って、学校を休んだ。


 さすがに三日休むと、パパだけじゃなくて、のり子おばちゃんも心配しだして、わたしを病院につれて行こうとした。


 病院はいやだから、「だいぶ良くなったから明日から学校へ行く」と言った時、わたしの頭に、まるで雷が落ちたように、アイデアが浮かんだ。


 そうだ!


 コンペイトウで、雄二と厳太を生き返らせればいいんだ!


 どうして今まで思い浮かばなかったんだろう!


 何でも叶うんだもん! きっと大丈夫!


 朝、わたしは二人が生き返るように一生懸命にお願いすると、おそるおそる登校してみた。


 大学受験の合格発表だってこんな怖くはないと思う。


 公園脇の道路は通りたくなかったから遠回りした。




 いた。


 教室に入ると、雄二と厳太は何事もなかったように窓辺でおしゃべりしていた。かすり傷ひとつない。


 わたしは目を見開いて二人を見ていたけど、香織に声をかけられてあわてて席についた。


 休んでたことを心配する香織をよそに、わたしは興奮していた。


 すごい! すごい! 人間が生き返るなんて!


 わたしって神!?


 最強じゃん!


 わたしはコンペイトウの力にぞくぞくした。


 その日の授業はぜんぜん頭に入らなかった。国語の先生は、なんだか芥川龍之介の『藪の中』を説明してたけど、そんなのどうだっていい。


 思いついちゃったんだもん。


 もうすぐクリスマス。パパへのプレゼントが決まった。


 ママ……


 そう。ママに家に帰って来てもらう!


 ママにまた会える。パパも元気になる。


 ああ! わくわくする!


 クリスマスが待ち遠しいな。


 今年は、わたしがパパのサンタになるの。




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