「エリちゃんと魔法のコンペイトウ 1.魔法のコンペイトウ」 森野こみち 【なし】
私は坂東エリ。
中学二年生。
一番好きなものはクリスマスケーキ。
チョコクリームもいいけど、やっぱり白い生クリームのが好き。それも大きいやつ。ウェディングケーキくらい大きいのが最高だけど、それだと結婚しないと食べられない。だから毎年食べられるクリスマスケーキが一番。
二番目に好きなのはコンペイトウ。
桃色とかレモン色とか空色とか、いろんな色があってとってもきれい。尖っている端からリスみたいにカリカリかじるのが好き。全部のトゲトゲがなくなってから口に放り込むの。ボーっとしていると、知らないうちに一袋ぜんぶ食べちゃう。
パパは「甘いものばかり、いい加減にしろ」とよく怒る。
ちょっとひどくない?
自分はいつもお酒を飲んで、おつまみを食べているのに。
わたしはパパと二人暮らし。ママは二年前に事故で死んじゃった。すごく悲しかったけど、今は楽しく中学生活を過ごしてる。
ほんとうに大丈夫かって?
うん。ぜんぜん平気。
ママはきっと天国とかじゃなくって、すぐ近くでわたしたちを見守ってくれている。そう感じるもん。
でもパパはダメ。
ママが死んでから仕事やめちゃった。ときどきスーツを着てどこかに行くけど長続きしない。たいてい家で一日中ゴロゴロして、お酒を飲んでテレビ見てる。
のり子おばちゃんは、ママのお姉ちゃんなんだけど、離婚してひとり暮らし。近所に住んでるから、よくおかずを作って持って来てくれる。
しょっちゅう、パパに「壮一郎さん、あなた父親として失格よ! エリちゃんのために、ちゃんとしなさい!」って叱っている。
おばさん。パパにもう少し優しくして。
パパは、ママが死んじゃって立ち直れてないと思うの。よくソファーで酔いつぶれて、苦しそうにママの名前を呼んでるもん。
休日だと、たまに街の広場でフリマがやってる。
わたしはフリマが大好き。だって、お祭りみたいににぎやかだし、宝探しみたいなんだもん。
限られたおこづかいは効率的に使わなきゃ、すぐなくなっちゃう。フリマでお買いものなら、とっても安いし、そこからさらに値切ったりするのも超楽しい。
街にクリスマスソングが流れ始めた頃だった。
わたしはフリマですごい物を見つけたの。
ブルーシートの上に、たくさんのアンティークの食器がならんでいるお店があって、そこには褞袍をはおった、しわくちゃのお婆ちゃんが座ってた。
綺麗な磁器のお皿や、コップ、ティーセットなんかがあった。
その真ん中。
小さなかわいいガラスのポットがあった。
中に何か七色の物が入ってる。
「おんや、嬢ちゃん。気になるかい」
お婆ちゃんは、開いているんだか閉じているんだか分からない目をして、もごもごとしゃべった。
「これ。なに?」
わたしが指さすと、おばあちゃんは「ふぉっふぉっふぉっ」って笑った。
「それが気になるか。それはな……」
お婆ちゃんは、「ちょっと来い」って手招きしたので、わたしは顔を近づけた。
「魔法の金平糖じゃ」
「魔法!?」
わたしはびっくりして声が高くなった。
「んじゃ。なんでも願いが叶う金平糖じゃ」
「ええー、ウッソォー」
わたしが言うと、お婆ちゃんは、いきなり、わたしの頭をひっぱたいた。
「いたっ!」
「いた、じゃない! われ! わしを嘘つき呼ばわりするか!」
わたしは頭をさすりながら、とりあえず、「ごめんなさい」と言った。
「近ごろの餓鬼は……、ちっ、まあ良い」
お婆ちゃんは、ぶつぶつ言いながら、また前みたいに、折りたたみ椅子に座り直した。
「あの、これいくらですか?」
おずおず聞くと、お婆ちゃんは、「いくら持っとる」と言って、わたしからサイフをひったくった。開けて、その中を覗く。
「時化とるの。まあ良いわ。持ってけ」
そう言って、わたしにガラスのポットを手渡した。
「あの、おサイフ……」
「これでも足りんくらいじゃ。が、負けといてやる」
「でも、その中には、わたしの全財産……」
クリスマスのために、お年玉はほとんど使わすに取ってある。もう何も買えなくなっちゃう。
お婆ちゃんは「いらんのなら、それを返せ」と手を差しだし、わたしのサイフを突き出した。
わたしは手の中のかわいいガラスのポットを見た。
けっこう高級そう。たぶん一生使える。
コンペイトウだって欲しい。ひとくち食べてみたい。
魔法つかえるのかな。ほんとうに願いが叶うなら、安いもの。
「あの……」
わたしは意を決して、お婆ちゃんに「どうやって使うんですか」って聞いた。
わたしは公園のベンチに座って、太陽の光を反射してキラキラ輝くガラスのポットをながめていた。
その中のコンペイトウはまるで虹みたい。
となりのベンチでは野良猫のミケが昼寝してた。日当たりがいいので気持ちよさそう。
わたしはミケが大好き。
子猫の時から知っている。わたしに懐いてくれる。エサをあげると、ミケは嬉しそうにわたしの手のひらの上から食べる。エサがなくなると手のひらをなんども舐める。
ミケの舌はちょっとザラザラしていて、けっこうくすぐったい。
ミケとはこれからもずっとずっと友達。
わたしはお婆ちゃんの言い付けを思い返した。
「金平糖を使うのは、絶対に、一日に一個だけじゃ」
えー!
一個だけなんて!
大切に使いなさい、ってことかな。
それから、コンペイトウを舐めている間は、一つの願いごとだけして、他の事を考えたりしちゃダメなんだって。
かじっちゃダメなんだ……。
舐めてると「予兆」があって、それから願いが叶うみたい。
そうそう。一度叶えるのに失敗したお願いは二度と叶わないから、慎重にやりなさいって言ってた。
早くためしてみたい。
どうしよう。なにお願いしよう。
周りを見ると、ちびっ子たちが砂場や遊具で遊んでいる。
子供は元気だね。
ってわたしも、まだまだ子供だけど。
あ、ひとり男の子が転んだ。
泣いてる。
お母さんが駆け寄って立たせたけど、膝から血が出てる。
痛そー。
よし!
あの子の怪我を治せるかな。
わたしは水色のコンペイトウを一個口に入れた。
甘い。そしてちょっと複雑な味。
わたしは舐めながら、あの子の怪我が治るように、お願いしてみた。