「玄冬のミステリーツアー」 若松ユウ 【青春ドラマ×ミステリー】
僕は、春樹。その人は、うららと名乗った。
この春にうららさんと出会ってから、八ヶ月が経とうとしている。
クリスマスを間近に控えた師走の街では、各所にツリーやイルミネーションが出現したり、サンタクロースの仮装をしたアルバイトの人たちが寒さに耐えながら客寄せをしたりしている。かと思えば、晴れ着の上にフェイクファーのショールを巻いて破魔矢を持ったアイドルが寺社の初詣にいざなうコマーシャルが映し出されたり、琴の音でお正月の唱歌が流れていたりする。
道行く人は皆どこか気忙しげで、うかうかしていると肩をぶつけられたり、足を踏まれたりされかねない。
そんな中で、僕たち文学同好会では、貴重な冬休みを利用して、またしても部長の発案でミステリーツアーが行われようとしていた。
していたのだが、僕とうららさんは、その前段階で迷っていた。
「東上線って書いてあったんやけど……。えっ、東口? トウブは西なん? 東がセイブ?」
上野でうららさんと合流し、山手線で池袋駅に到着したまでは良かったのだが、待ち合わせ場所にあるというフクロウの像が見当たらない。
上京してから何度も感じていることだけれど、地方民にとって東京は、とにかく駅の構造が複雑で分かりにくい。
しばらくは案内表示や構内図を見ながら地道に探していたのだけれど、いっこうに埒が明かないので、先程からうららさんが、既に到着している小野寺先輩とスマホで連絡を取っているという次第。
「噴水? よぉ見えるよ。バスも往来してる。えっ? こっちへ向かってるん? ……そう。ほな、待っとくわ。――あんな、ハルくん」
「小野寺先輩が、こちらに来てくださるんですね?」
「そういうこと。せやから、動いたらアカンよ。あぁ、足痛いわぁ」
「言われなくとも、むやみに移動しませんって」
立ちっぱなしなのが辛かったのか、うららさんは重たそうな荷物を下ろしてベンチに座った。
トートバッグの中に何が入っているかは、聞かない方が良いだろう。乙女のアレコレが入っているからというより、下手に藪をつついて新商品の変な味のお菓子を毒見させられては困るという方向で。
それから十分ほどして、小野寺先輩がやってきた。
東京は迷宮だから経験値を積まないと攻略出来ないなんて話をする先輩について歩いて行くと、難なく目的地に到着した。ふくろうの横には、既に部長さんが待ち構えていた。
「フッフッフ。とうとう姿を見せたな、勇者たちよ!」
どうやら今日は、とことんロールプレイングゲームの世界観で行くらしい。
大魔王を演じたかと思えば、舌の根の乾かぬ内に村の長老に役替わりし、宣託と称して五枚のヒントカードを渡された。
「では、吉報を待っておるぞ。フォッフォッフォ」
謎のセリフを残したまま、部長さんと小野寺先輩は、先にゴールへと向かって行った。
手元にあるカードには、古地図の一部と、ヒントとなるキーワードが書いてある。
「蕗の薹、彗星蘭、熱燗、カリスマ、温泉旅行か。なんやろうね、これ?」
「僕にもサッパリですよ、うららさん」
「とりあえず、聞き込みしてみよか。――すみませーん!」
こういう時、うららさんはフットワークが非常に軽い。そして、話を引き出す術にも長けている。これが、コミュニケーション能力の違いというものなのだろう。到底、僕には真似できない。
早速うららさんは、誰もが声を掛けるのを臆するような超絶イケメンに声を掛け、何某か情報を得たようだ。
「聞いて聞いて、ハルくん。あの男前のお兄さん、探偵さんなんやって」
「へぇ、それは凄いですね。それで、謎は解けましたか?」
「ううん。助っ人になるかなぁと思てんけど、これから妹さんと食事に行くんやって。きっとスレンダーな美人さんなんやろうなぁ」
「そう。それは残念」
ただし、聞き得た情報が役に立つかどうかは、別問題だ。
「まぁ、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる言うし、次、行ってみようー!」
こうして、僕とうららさんの「玄冬のミステリーツアー」は、幕を開けた。
(了)




