「窓際の川井さん」 若松ユウ 【学園ドラマ×謎】
俺の名前は、雪丘ユキオ。
冗談みたいだが、戸籍に載ってるんだからしょうがない。
親がふざけた名前を付けてくれたせいで、自己紹介すると必ず印象に残って顔を覚えられてしまう。
まったく。面倒だから、なるべくクラスでは目立ちたくないというのに。
俺は今年の春から、県内にある市立高校に通っている。
毎年、入試倍率が二倍に満たないので、地元では滑り止め校として有名な学校だ。
制服は、男女共に襟のないブレザー。中はポロシャツで、ネクタイやリボンは着けない。
ぶっちゃけ、近くにある私立の進学校なんかに比べると、校則はユルユルだ。
オリエンテーション合宿だの、文化祭だの体育祭だのが一段落して、季節は冬に突入した。
師走に入った直後から、教室には教卓の横に石油ストーブが置かれるようになった。
だが、廊下側最後尾の俺の席まで、なかなか熱が伝わってこない。
そんな調子だから、後部席の女子の多くはスカートの下にタイツやジャージを穿いているし、ひざ掛けも用意している。
前置きが長くなってしまったな。そろそろ本題に入ろう。
俺には、最近になって妙に気になってることがある。
先回りして言っておくが、別にサンタがクリスマスプレゼントを届けてくれるかどうかとか、この時期の晩飯は、おでんとちゃんこ鍋のローテーションだから飽きるとか、そういう話じゃないぞ。
俺の席から横に六つ隣になる、窓際の最後尾に座ってる女子のことだ。
……今、色っぽいピンクな妄想をした奴は、正直に手を挙げろ。
放課後に用具倉庫裏で語り合おうじゃねぇか。拳を交えてな。
というのは、半分冗談として。気になってるのは、その女子が昼飯を食ってる姿を見たことねぇってことだ。
些細なことに思うかもしれねぇが、こういうことは、一度気になってしまうと、謎を解かずにはいられねぇもんだ。
で、ここからは俺の聞き込み情報と推理だ。
まず、スクールバックとは別に、チェックの弁当用の手提げを持って来てるから、食べない訳ではないということ。
次に、その女子の苗字は川井ということ。これは、教卓の角に貼ってある座席表で確認した。
それから、ダチや他の女子にも川井の聞いてみたんだが、誰も見覚えがないということ。
ここまでの捜査は、難航を極めている。
新入学から八ヶ月近く経った現時点で、いまさら本人に直接聞くのはダメだろうと思ったのだが、だからといって、周囲の人物に聞いたのは間違いだったかもしれない。
どこの中学から来たのか、どこに住んでるのかも不明なばかりか、苗字すら知らない奴もいる始末だったからだ。確かに存在感は薄いが、ここまで無関心だとは予想外だった。
おまけに、どこで噂を聞き付けたのか知らないが、向こうから一方的に仲間と思われているギャルに絡まれて、あんな地味子よりあたしにしなよと言い出されるんだから、困ったものだ。俺は、清楚系が好みだっつうの。
……ゴホン。性癖を暴露したところで、ついでに恥を忍んで言うが、ストーカーのようで悪いと思いつつ、昼休みに尾行しようとしたこともある。
けれども、途中で担任に見付かって雑用を押し付けられたり、提出プリントに不備があって教科担当から呼び出されたりで、ことごとく邪魔が入ってしまった。
こうなりゃヤケだと、近くに誰もいない隙を狙って昼飯を一緒に食おうと誘ったんだが、一回目は、にべもなく断られた。
二回目には断る理由を聞いてみたが話を逸らされ、三回目で、ようやく相席を認められた。まぁ、正直なところ、一回付き合ってやれば、うるさく言われないと思われたのかもしれない。
川井に黙ってついて来るように言われたので、俺も何も言わずに後に続き、渡り廊下を通過して教室棟から実習棟に移動した。
行く先は物理準備室で、天文部の部長である川井は、顧問である物理教諭から教室の合鍵を渡されていた。
ちなみに、文化祭が終わって三年が引退した現在、川井は天文部唯一の部員であるという。
これで、誰も川井が昼飯を食ってる姿を見たことがない理由がハッキリした。たかが昼飯のために、こんなところまで移動する奴は、他にいねぇからな。
続いて、なんで昼飯を一人で食いたいのか聞いてみたが、そこまで言う必要性を感じないと言われてしまった。
俺は内心で可愛くないと思いつつ、代わりにフルネームを聞いてみたら、そっちは渋々答えてくれた。
そこで川井の名前は、タマキであると判明した。苗字と続けると「乾いた薪」になるので、なるべく言わないようにしているそうだ。
その話をする前に雪丘くんなら良いか、という前置きがあったのは、どこかにシンパを感じていたからだろうな。
一つの謎が解け、新たに一つの謎が生まれたという調子だが、これ以上の情報を本人から引き出すのは、もう少し時間をかける必要がありそうだ。
そう考えた俺は、川井が地味キャラを貫けるよう手伝う代わりに、明日からの放課後、勉強を教えてくれないかと頼んでみた。
というのも、期末テストが一週間後に迫り、プリントを持って行った教科担当から、今度赤点だったら進級できないと脅されているからだ。
その話をすると、川井には、よく入試に通ったわねと呆れられてしまった。悪かったな、一夜漬けで。
別れ際、学外で連絡を取り合えるよう、スマホを見せて通話アプリの画面を開いたのだが、驚いたことに、川井はスマホどころか、ケータイすら持っていなかった。
仕方ないので、その場は自宅の固定電話の番号を教えてもらうだけに留まった。
で、ここで更に謎なのが、家に帰った今、繋がるかどうかの確認のために電話しようと、川井から受け取ったメモを手にしてるんだが、あいつの自宅の市外局番が、隣の市なんだ。
一体、どこから通学してるんだか気になってしまって、明日からのテスト勉強に身が入るか、今から心配になってきたぜ。
(了)