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09 起動

 フロイアが家に帰ってきた。

 いい意味では全くない。石化病の治療の見込みがないということで帰されたのだ。

 だけど俺もティーテも病気については何も言わず素直にフロイアの帰宅を喜んだ。


「おかえり、ママ」

「おかえりなさい、フロイアさん」


 フロイアを家に運び込みながら俺とティーテはフロイアに想いを伝えた。

 フロイアはすでに自らは動けなくなっている。足が石のように固まって動かせないのだ。


「ただいま……二人とも元気にしていたみたいね」


 フロイアはわずかに微笑(ほほえ)んで、その後はただ自分の部屋に運ばれるのを待った。

 病気がつらいのかもしれない。痛みがあるのかどうか、どこまで石化したのか、よくわからない。

 ティーテが聞いてもただ大丈夫と微笑むだけみたいだ。

 ただ、治療のあてもなく病院を出てきた以上、終末なのは間違いないだろう。最期を家で迎えるということだ。


 ――そんなわけにはいかない……!



 魔法を使える兆しは見えてきた。

 どんなに試しても俺には魔力を流すことができなかったが、銅線になら魔力が流せることを発見した。

 金属であればほぼ流せるようだ。雑貨屋(ヨウセル)に置いてある金属線には大体流せた。実験中に店員に見つかって叱られたので全部は試していないが。


 とりあえず魔力を流せることが確認できた金属線のうち、安くて加工のしやすい銅線を選んだ。そして木板もたくさん買った。

 後から思ったが、お金が足りてよかった。カードから差し引かれるから確認できずいまだにどれくらい持ってるかわかってない。



 ティーテはフロイアの世話をしなければならないためしばらくは家にいるとのことだった。

 フロイアは大丈夫だから学校に行ってと言っていたが、動けないのに大丈夫なはずはない。

 居候で学校にも行かない俺が世話を買って出たが、フロイアにもティーテにも強く断られた。

 確かに、男である俺が女性のすべての世話をするのは難しいかもしれない。


 そんなわけで今、家にはティーテがいる。

 大量に買った木材をバレずに持ち込むのは不可能なので堂々と持ち込むことにした。


「アレス、木の板をそんなに買い込んで何するの?」

「あぁ、必要なんだ。近いうちに話す」

「そう……手伝うことあったら言ってね」


 非難されるかと思ったがそうでもなかった。アレスくんはよっぽど信用されているらしい。

 なんにしても面倒がなくていい。考えたくはないが、うまくいかない場合もありえる。期待だけさせたくはない。

 フロイアも当然気付いているが、やはり同じように何も言わないでいてくれた。


 さて、次は……。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



「イリスちゃん、調子はどうだい?」

「アレスさん……!」


 図書館へ行ってみたらイリスは会議室にいると受付で教えてくれた。

 会議室の扉を開けて歯を光らせたらイリスが嬉しそうに顔をほころばせてくれた。ちょっと和ませようと思ってキザっぽくしたのに素直に喜ばれると気恥ずかしい。


 昨日の今日でそんなに進んではいないだろう。

 でも解析が進まないと次がない。ここからは俺も協力してどんどん進めていこう。


「私なりに、ですけど解釈をまとめて書き出してみました。

 アレスさんにも確認してもらいたいです」


 そう言って渡されたノートにはけっこうな量が書きこまれている。

 もしかしたら神術の半分くらい解析が終わっているかもしれない。


「すごく早いね。ありがとう」

「いえ、でもがんばりました」

「一緒に解析をしようかと思っていたんだけど、これだけ進んでいるなら俺は魔法陣構築の方をやっていきたい。

 なにか質問は?」

「大丈夫です!」


 俺が珍しく真面目な顔をしたからか、イリスも真面目な顔になって応答した。

 俺はいつも真面目なつもりではあるけど、イリスの前だとついニヤけている気がする。いや、別に悪いことではないのだが。


「ありがとう。実は容体が良くない。一刻を争う感じになってきたんだ」

「わかりました。私もがんばって解析を進めます。でも、確認は絶対してくださいね」


 確認せよ、か。イリスも内心不安なんだろう。気持ちを押し殺して一人で進めてくれるとは、健気だな。

 俺はこの愛おしい少女に何か見返りを渡せるだろうか。……今度、串焼き肉でも買ってこよう。


「いいんですよ。不謹慎かもですが、楽しくてやってるんです。あと、差し入れならスイーツにしてください。串焼き肉も好きですけど」

「あれ?俺声に出てた?」

「そうですね。聞こえたのは見返りが串焼き肉、くらいですけどね」


 ちょっと頬が赤いような気がする。これは聞こえていたかな。


 俺はイリスに今度スイーツを買ってくると伝えて会議室を出た。

 受付に会釈をして図書館を出ると夕陽で街が赤く染まっていた。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 急いで家に帰ってきた俺はティーテに明かりを灯してもらい、イリスのまとめてくれたノートを元に魔法陣を構築することにした。

 呪文をイラストで表現して、木の板に銅線でそのイラストを再現する……難易度高いなあ。


 神術は呪文が冗長な気がしているが、今回はそこまで検証している暇はない。

 最適化はまた今度にして、今は忠実に再現することに集中しよう。

 でかい板に長い銅線で書こうと思ったが使い勝手が悪い。線が繋がりさえすればいいだろう。小さめの木板を使って組み合わせよう。


 ティーテが食事に呼んでくれたので夕食をとってからまた進める。できるところまでやる。

 でも徹夜はしない。最後(ラストスパート)ならいいが、まだ何日か作業がある。徹夜をすると日中の集中力が下がりむしろ進みは遅くなる。



 ――翌日、その翌日と作業を進めた。


「イリスちゃん……あと、どれくらい?」

「お疲れですね、アレスさん。安心してください。私が解析した分はこれで終わりです」

「おぉ……!!」


 イリスもかなり疲れているようだ。

 礼を言ってゆっくり休むように伝えた。


「ありがとう。本当に助かったよ」

「アレスさんも、無理はしないでくださいね」


 無理するさ。手遅れになったら取り返しがつかないんだ。

 イリスがまとめてくれたノートを手に、急ぎ家に向かった。


 途中、偶然すれ違ったアッシュが声をかけてきたが、急いでいるので悪いがスルーした。が、なぜか追いかけてきて串焼き肉をたくさん渡された。いい奴……!!

 野菜が挟んである串だ。母親(おかん)か……!



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 さて、自分の部屋が木の板に包まれてしまったが、なんとか完成した。床に敷き詰めても足りないので壁にも配置した。たぶんなんとかなるだろう。

 もっとも魔力は流しながら作業したが正常に動くかはまったくわからない。やってみるしかないだろう。

 術の起動には8人必要ということだが、俺の考えが正しければ対象者本人が術の主体となることで魔法防御を排除する必要がなくなるはずだ。

 ……当て推量ばっかりで不安になってきたぞ……。でもとにかくやるしかない。ダメなら直しながらやる。

 夜遅くなったので明日だ。イリスが図書館にいてくれるといいが。



 そんなわけで翌日、イリスを図書館へ呼びに行った。彼女がいないと話にならない。

 イリスはできるだけ図書館で待つようにしてくれていたようだ。朝早かったけど受付の近くに座っていた。


 イリスを連れて帰り、挨拶をしようとしたイリスを止めて、ティーテに頼んでフロイアを魔法陣の部屋に移動した。

 フロイアは俺が使っていたベッドに寝てもらう。そして、ティーテとイリスは魔法陣の定位置に立ってもらう。

 最後に俺が魔法陣に入り……合図をする。ティーテとフロイアには朝食時に説明済みだ。


「木と、火と、土と、光と、水の、精霊たちよ……!!」


 銅線に4人の魔力が流れ、青い光を放つ。

 精霊は書物に記載されていた通りだ。神への呼びかけは不要と思い省いたが、必要なくても呼んでおけば良かったかな。

 精霊石もそれぞれの魔法陣に配置済みだ。それぞれの色に光っているので大丈夫だと思う。


 魔法の対象や威力の指定は呪文外にある。すなわち言葉にしなくても調整が可能であり無意識下において操作するのだろう。

 が、それは一般人の話だ。俺は違う。魔法陣を使うと違うのかもしれないが、とにかくこの辺りの調整ができない。

 神術も例に漏れず対象を指定する呪文は省かれていた。よく考えてみたら名前を言って精霊に伝わらないかもしれないし、あれとかこれとかでは具体的でないし、難しいのかもしれない。

 しかし今回は威力は最大で良くても対象を指定する必要はあるので魔法陣に組み込んである。


 その対象を指定する部分が正常に働いたのか、フロイアに青白い光が集まっていく。

 集まって……光りすぎだ。いや、そこに文句は言うまい。がんばれ、精霊たち。


「みんな、効果が終われば自然と光が消えるはずだ。まだ魔力を流し続けてくれ」

「うん、わかった」

「わかりました」


 フロイアは返事をしてない。光りすぎててまったく見えないし、大丈夫なのか。


 ――しばらく経って、光がおさまり始めフロイアが見えてきた。


「フロイアさん!」


 俺が駆け寄るとフロイアはおもむろに起き上がり俺を抱きとめた。ふかっとする。


「ありがとう、アレスくん…ありがとう」


 足が動くかはまだわからないが、とにかく起き上がれるまでには石化が治っている。成功したんだ。

 みんなと喜びを分かち合おうと周りを見るとティーテとイリスが倒れている。どうしたんだ!?


「他の子は魔力の使いすぎで倒れたのよ。それよりアレス、まだ動けるわよね」

「えっ、なに?」

「見て、燃えてるわ」

「えっ?」


 壁に目をやると…ほんとだ、燃えてる。火事だー!

 えっ、マジで?


「急いで、アレス。私一人で三人も抱えられないわ」

「あぁぁぁ、ティーテとイリスを」

「落ち着いて、ティーテは私が。あなたはそっちの子を」

「水の精霊よ、勢い打ち付ける水球となりて我らの敵を排除せよ、水の投擲(ペルティングレイン)!」


 ショットガンのように水滴が打ち付け、燃え移っていた火を消すとともに扉が吹き飛んだ。

 フロイアの適正は水ではないが、落ちてた水の精霊石をいつの間にか拾ったようだ。


「それで火を消せないんですか?」

「もう打ち止め。行くわよ!」


 壁や床のあちこちから火が出ている。スプリンクラーみたいな魔法があれば消せるんだろうが、少しずつでは無理だ。

 イリスをおぶさって急いで脱出しよう。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 無事に脱出はできたが、家は燃えてしまった。

 隣家の人や近所の人が懸命に火を消してくれていたがちょっと火の勢いが強すぎた。全焼は免れたが住むことはできないだろう。

 呆然としていると不意に後ろから声をかけられた。


「こんな時にすみませんが……お手紙です」


 郵便屋がフロイアに持ってきた手紙は……旦那さんの訃報だった。


―――― あとがき ――――――


 フロイアは"万能の治癒神術"の効果を受けて膜が再生した。


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