08 光と希望と
なんとかする、と言ってもそう簡単になんとかなったらこの町に病気はないだろう。
高度の司祭が8人も必要というが、もちろんこの町に司祭は8人もいない。司祭以外でも使えればいいんだろうけど、高度の神術は司祭ですら使える人が少ないらしい。
よしんば運よく見つかったとしても全員のスケジュールを押さえて詠唱練習してもらうのは絶望的だ。
なので神術師を探すことはそもそもしないことにした。無理なことに時間を費やせる余裕はない。
ではどうするかだが、改めて魔法陣の研究を進めてみようと思う。
イリスは精霊への呼びかけのみでライトの魔法を使えたのだから、魔法陣さえあれば誰でも使える可能性がある。
ティーテが出かけたらイリスに相談してみよう。
「アレス、行ってきます!」
いってらっしゃい。
さあイリスに会いに行こう。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「おはよう、イリスちゃん」
「おはようございます、アレスさん」
今日はイリスは受付にいた。
「今日は来ないかと思っていました」
「まさか。毎日イリスちゃんの顔を見ないと一日が始まらないよ」
「えっ……?」
顔を赤らめてうろたえている。うーん、からかうのもかわいい。
「さて、昨日に引き続き相談がある」
「あー、石化の病気ですよね。何かわかりましたか?」
「いや、石化病については何も調査が進展してない。だから万能の治癒神術を研究する」
「万能の?治癒?神術?」
疑問符がやけに多いな。どこからでも聞いてくれ。俺にも全部わからんがな。
「えーっと、ほとんどわかりませんけど、まず神術というのは司祭様が使うあれですか?」
「そう、あれだ。俺には魔法との違いがわからないけどな」
「禁句ですよ……まあ私も知りませんが。えっと、万能のというのはどんな病気でもということですか」
「そういう触れ込みだ。実際なんでも治すのかはわからない」
「そうですか、やってみないとってことですね。それでどこから始めますか?」
この子はホントに話が早くていい。やっぱり手伝ってくれるみたいだ。
そんなわけで受付からイリスを連れ出しいつもの会議室へ移動した。
そしておもむろに例の本……神術の教導書を取り出した。
「まずはこれを見てくれ。こいつをどう思う?」
「これが神術の本ということですか。もう手に入れてたんですね。うちにはないからどうしようかと思ってました」
イリスは本を受け取りながら殊勝なことを言った。
イリスが神術の本を繰るのを横から眺めることにする。スラスラ読んでるな。
「どう?内容わかる?」
「……いえ、わかりませんね。わかりませんけど、読むことはできそうです」
「そうか、いいことだ。俺は家で読んできたから概略だけ説明しよう」
この本に書いてある"万能の治癒神術"は、段階を踏んでいて"いくつかの練習"と"本番"がある。
神術だけあって"神への呼びかけ"から始まるのだが、"練習"ではかなり遠回りに精霊への呼びかけが組み込まれている。
内容は"本番"では様々な精霊の力を借りて"他者の魔法防御を排除"し正常な状態へと快復する、ということになっている。
"練習"は"本番"をいくつかに分断して"精霊への呼びかけ"が組み込まれた内容だ。
詠唱者の記述はなかったが、詠唱者が8人も必要なのは単に魔力が足りないのではないかと推測した。
「精霊への呼びかけがなくなるんですね。なぜ回りくどいことをするのでしょう」
「神術だからだろうね、"神への呼びかけ"は本番でもあるし。"練習"で慣れれば呼びかけは不要になる。はずだ」
「"魔法防御を排除"というのは?」
「貫通、と言っても良かったのかな。他人の体内に魔法はかけられないって話だろ。俺は使ったことないが」
「なるほど。この神術ではむりやり他人の体内に効果を及ぼすということですね」
「そういうことだろうね」
この神術を使える人間が少ないことに合点がいった。
精霊への呼びかけを省略できるのはかなり同じ魔法を使い込んだ場合だけだ。その量を練習する前に心が折れてしまう。
こちらは神術にこだわる必要はないんだ。"練習"の方を組み合わせて魔法陣を作成しよう。
「さて、ここからが本題だ。」
「わかってきましたよ。魔法陣に落とし込めるよう意味を抜き出して簡略化するんですね」
「さすが助手!俺は他にもやることがあるから頼んだ。毎日顔を見に来るから相談はその時に」
「えへへ、任されました」
うっかり助手と言ってしまったが特に嫌がってる様子もなかったから良かった。とにかく任せよう、時間がない。
いや、正確には、どれくらい時間があるのかわからない。石化病については致死率100%ということくらいしかわかってない。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
俺がやること。それを成すためにでかい雑貨屋へやってきた。
元の世界の日本ではホームセンターと呼ばれるだろう。ヨウセルという名前のお店だ。
ここで材木を買い込む。紙が向かないなら材木に魔法陣を書くのみだ。
おそらく木目は問題ないと思う。なんなら上に紙を貼ろう。
一番安い板…たぶんベニヤ板だろう。けっこう堅い。これでいいかな。
板を選んでいると遠くに金属線を見かけた。
何かに使えるかなと思って見に行ったが意外と種類がある。
たぶん庭木を支えたりネットを張ったりするものなんだろう、固いのが多い。
針金…いや、銅線もあるぞ。
よしよし、電気文明からきた俺としてはエネルギーを流すのはこういうものなのだ。
やり方があっているかどうかもわからないまま、俺はおもむろに魔力を流してみた。
銅線は……淡く青い光を放った。