05 実験
ライトの魔法陣を作るにあたっては本当に紆余曲折があった。
なにせ既存魔法陣の分解をしてもライトにあたる部分がない。
文字のように見えた魔法陣の一部分は読むことができなかった。まさかの模様の可能性もある。
そこで先に立てた仮説、魔方陣は精霊への手紙のようなもの……という考えに基づいて魔法陣は絵で伝える事にした。
魔法陣を分析した上で共通項目を取り出し、既存魔法陣にあった文字のようなところに絵を埋めてみた。
はっきり言ってかなりでかい。
ちなみに使い方はわからないのでイリスだけが頼りだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「おはよう、イリスちゃん」
「おはようございます」
せっせか今日も図書館へ来た。
まるで毎日恋人に会いに来ているみたいだ。
今日もイリスがいて良かった。
ついに魔法陣ができたので試してみて欲しいとお願いしてみた。
「できちゃいましたか!すごいですね。ぜひ試してみましょう」
イリスもかなり乗り気なようだ。
それもそうだろう。
共同研究として分厚い本をひたすらに解析してきたのだ。
その結果が、絵で伝えよう、になるとは……ここはイリスには秘密にしている。
うまくいかなかったら恥ずかしいからだ。
「私も魔法陣を使った魔法の実践は初めてなんです」
イリスが言うには、呪文を唱えながら魔法陣に魔力を注ぎ込めばいいらしい。
さっそく試してみてもらおうと、持ってきた魔法陣の紙を広げようとしたが。
「ちょっと待ってください。疑うわけではないんですが……外に行きましょう。広いところで」
さすがに屋内で実験するには不安があるようだ。
確かに俺も初めて作ったものがいきなりうまく動くと思う程うぬぼれていない。
同意してイリスについて外に出た。
イリスが図書館のカギをかけるのを見ながら、いまさらながらいいのかなとは思ったが聞かなかった。やぶへびかもしれない。
「いいんです。めったに人来ませんから」
視線だけで心を読むとは大した奴だ。
この図書館の近くに大きい公園があるということでそこまで移動した。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
今日は大変にいい天気だ。
雲一つ見当たらない。日差しは暖かで風も心地いい。
公園には芝生の広場があった。さくさくと気持ちいい踏み心地だ。
完全にピクニック気分でレジャーシートを広げるように魔法陣を広げた。
「では、試してみますよ」
イリスは魔法陣の上に立ち、緊張した面持ちでそう告げた。どこかわくわくもしているようだ。
俺はイリスに遠慮なくやってくれと伝えるとイリスが呪文を唱える。
呪文と言っても精霊への呼びかけなので一言だ。
「光の精霊よ」
そして魔法陣に魔力が通ったのか青く光り始める。
この魔法陣、実は紙に鉛筆書きだ。
地面に棒で描いた魔法陣でもいいようなので鉛筆書きでもいいだろうと思ったが、良さそうだ。
「きゃっ?」
うお、まぶしっ。
ものすごい光だ。
「ちょ、ちょっと待って。いったん、いったん止めて」
「はいぃぃぃぃ」
光がおさまってほっとしたところだが、人がざわざわと集まりだしたのであわてて魔法陣を回収して図書館に逃げ戻った。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
まさか成功するとは思っていなかった俺は、内心すごく喜んでいたし興奮していたが、平静を装ってイリスに話しかけた。
「いやあ、すごい明るさだったな、何を失敗したのかな」
「何言ってるんですか、成功ですよ、大成功ですよ!凄いことですよ!」
身を乗り出して息を切らせて言うものだからびっくりしてしまった。イリスの方がよっぽど興奮していた。
まぁ落ち着いて……イリスを席に座らせて続けた。
「確かに、大成功だ。まずそこをお祝いすることに異論はない。しかしあれだけ明るいと使い道もない」
「そう……そうですね。でもですね、いいですか、魔方陣というのは国の研究機関で研究しているほどのものですし、そもそもはるか昔からあるもの以外は最近はほとんど新しく作られていないんですよ」
一息に言ったな。やっぱりまだ興奮が冷めやらないようだ。
そもそも魔法陣を作るのは俺が魔法を使うという目的のための第一段階でしかない。
魔法陣制作がうまくいったことは大きな一歩だが目的にはまだまだ遠い。
明るさを抑えたのち、俺が使ってみない事には仕方がない。
しかしイリスが興奮気味でそれ以上の話ができそうにないので、今日はおとなしく成功を喜んで語り合うことにした。
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その日は午後には切り上げて家に帰ることにした。
実は今まで昼飯は食べていなかった。家に食材はあるが火を使わずに調理をするのは難儀だしお金を持っていなかったから買い食いもできない。
イリスと研究している間は夢中になれたので気にしなかったが、外へ出るととたんに腹がすく。
そうだ、認証カードが財布を兼ねるって前に聞いた覚えがある。
今まで忘れていたな、使ってみよう。少しくらいお金も入っているだろう。
図書館から家までの間でそれらしきお店を見た覚えはないので今日は道を変えてみよう。
偉そうに鎮座している城の方へ向かえばたぶん何かしらあるだろう。
「アレスか。お前こんなところで何してる」
不意に呼びかけられた。
声の方を向くと長身で引き締まった体の赤髪短髪の男が立っていた。
当たり前に見覚えはない。誰だよこいつ。
《アッシュ・ビン・ファーネス。クラスメートの一人で、成績優秀。騎士爵の生まれ》
貴族とかいるのか。文明社会に見えたけどな。
なんと言ってもアッシュとやらは露骨に嫌そうな顔をしているしあおっておくか。
「どうした、優等生。今は平日のまっ昼間だぜ。学校は行かないのか?」
貴族か優等生か迷ったが騎士爵は親の称号なんだろうしこっちだ。
そもそも嫌なら話しかけなければいいのに、なんなのだろう。
「ちッ……親の手伝いで王城に呼び出されていたんだよ。お前みたいな無能には関係のないことだ」
関係ないと言う割には説明はしてくれるのか。なんか憎めない奴だな。
まぁそれは置いといて一体何の用だ。
「お前に用なんかねーよ」
クラスをまとめる立場だから仕方なく……と言って学校に来ないお小言を頂戴した。
別れ際、ついでに出店のようなものがないか聞いてみたら舌打ちしつつ教えてくれた。
教えてくれるとは思っていなかったので驚きを隠しつつ礼を言った。
「学校来いよ、無能」
そこで悪態をつく必要はないだろ……。
まぁ教えてもらった方へ行ってみよう。
先へ進むと賑やかな音が聞こえてきたのでそちらへ向かってみる。
広い道に露店が出ていた。
なかなか活気がある。こんなに賑やかなのに今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。
後払いのレストランだとお金がなかったりカードが使えなかったりしたら困るからな。
その点露店なら商品と引き換えだから気楽でいい。
あー、まさか現金のみじゃないよな。とにかく聞いてみるか。
露店通りを進んでいくと美味そうな肉串の店があったので試してみることにした。
300Lと記載されていたがいくらくらいのことか分からない。
この店にも図書館で見たカードリーダーのような物があったのでこれをくれと言いつつ認証カードをかざした。
「兄ちゃん、できたら自分で支払いしてくれねーか」
なに、どういう意味だ……?
もしかしてイリスが使っていたような魔法を俺に使えと言っているのか。
完全に無理だ。俺は無言で首を横に振った。
「わかったよ。~~~
毎度あり」
チャリンという音がして支払いは無事に済んだようで、串を一本渡してくれた。
肝心の呪文は速すぎて聞き取れなかった。よっぽど言い慣れているんだろう。
それと、残金がいくらなのかもまったくわからないままだ。
串は美味かった。塩と胡椒だけのシンプルな味付けだ。
その後、露店を巡って買い食いしつつ家に帰った。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
夕方、ティーテに貴族について聞いてみると、とっくの昔に形骸化した制度らしい。
一応国王から叙勲されるらしいが、名前だけで特に権力があるとかそんなことはないみたいだ。
アッシュめ、ビビらせやがって。
その日の夜、フロイアが倒れた。