04 分析
今日は朝早く起きた。
夜早く寝たから朝早くに目が覚める。
陽が出ていて明かりがあるので本も読めるというものだ。
さて、昨日は本の難解さに絶望しかけたが、もとより俺は頭の出来がいいわけではない。
見たこともない魔法陣を一気に理解できるわけがない。こういうのは地道に少しずつ読み解いていくものだ。
魔法陣の基礎に載っていた最初の魔法は、召喚魔法だった。
どうやら悪魔を呼び出す類の魔法らしいのだが、魔方陣の描き方は詳しく書いてあるものの、召喚魔法がどういうものかは詳しく書いていない。
試してみてもし成功したらちょっと大変なことになる。なにせ悪魔を呼び出してしまうんだからな。
試せるものがあるか先を見てみたが、本当に気軽な魔法がない。
一応魔法陣の模写くらいしてみようと四苦八苦しているとティーテが起きてきた気配があった。
部屋を出て下へ降りたらティーテが洗面所から出てくるところだった。
「おはよう、アレス!」
なんてにこやかな笑顔だ。まぶしい。
もう髪も結ってある。いつもと同じショートボブに片方だけ結う髪型だ。
挨拶を返して一緒にキッチンへ行った。
ウィンナーや卵を焼く程度だが、火が使えないので一人では朝ごはんを作れない。
昨日と同じにフロイアとティーテを送り出してから図書館へ向かった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「おはよう、イリスちゃん」
「おはようございます」
今日もイリスが受付をしていたので挨拶をして認証カードをチェッカーに掲げた。
このカードリーダーはチェッカーと呼ぶらしいが、俺が魔法を使えなくてもカードが使える仕組みで良かった。
たぶんイリスが魔法を使っているのだろうが、仕組みが気になるな。
とはいえ分解するわけにもいかないし、ここは堪えて他の事をすすめよう。
「今日は相談があるんだけど」
「なんでしょうか」
俺が切り出すと金髪の幼女はきょとんとした表情で答えてくれた。
幼女と言っても9歳、俺とは4つしか違わない。
イリスはどうやら相談も聞いてくれるみたいだ、ここぞとばかりに質問しよう。
昨日借りた本が難しかったのでそのまま口にした。
「難しいって言われても~。魔法陣ってそういう物ですし……」
特にいい案はないようなのでもう少し具体的にしてみよう。
今の俺に必要なのは簡単な魔法の魔法陣か、召喚魔法の詳細のどちらかだ。
優先したいのはもちろん前者だ、なのでそういうものがないか聞いてみた。
「簡単な魔法で魔法陣は使わないんですよねー」
たとえばライトの魔法で魔法陣はないか聞いてみるがやはりないと答えられた。
仕方ない、では後者だ。
「えー?召喚魔法ですか。そういえば"魔法陣の基礎"の最初は召喚魔法でしたっけ」
召喚魔法を使う人はほとんどいないらしい。
悪魔を呼び出すなんて怖いからな、当然かもしれない。
「呼び出せるのは悪魔だけでもないんですけどね、というか最近は精霊を呼び出すようですよ」
もしかして古い本なのか?
使える人が少ないのは単純に召喚魔法が難しいかららしい。
「魔法としては同種のものらしいですけど、魔方陣は違うものかも……ちょっと調べてみます」
イリスが立ち上がって書棚へ向かうのでついていくことにした。
イリスが見つけたのは"魔法の極意-精霊の召喚-"というこれまた難しそうな本だった。
だがこの本は素晴らしいことが書いてある。魔法の詳細だ。
この本によると精霊の召喚とは何段階かに分かれるらしい。
精霊への呼びかけに始まり、呼び出しまで具体的手順が記載されている。
召喚には移動魔法が組み込まれているようだが、もしかして遠くへ瞬間的に移動する魔法もあるんだろうか。
「移動魔法ですかー、成功したとは聞いたことがないですね。研究している人はいるみたいですけど」
単発の成功例はないのか、なんで召喚魔法はできているんだろう。
「精霊は重くないから……かもしれませんね」
質量がないからってことか?悪魔もそうなのかな。
イリスでも悪魔は見たことがないそうなのでわからないらしい。
例の頭に響く声も聞こえないからたぶん悪魔の事は知らないんだろう。
それはともかく、魔法の詳細がわかったので他の魔法とも比較して同じ効果や魔法陣の似た部分を切り出していってみることにした。
イリスも興味があるみたいで手伝ってくれるらしい。
魔法の極意……意外と冊数が多い。全20巻で一冊は辞書のように分厚い。
時間がかかりそうだが……地道に焦らずやろう。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
それから毎日図書館へ足しげく通い、イリスが来ない日も独力で解析を進めていった。
家に帰ってからは研究ノートを読みふけった。
魔法陣の研究こそなかったが呪文の研究やどういった仕組みで魔法が発動するのか詳細に記されていた。
あくまで推測でしかないという事だが、ノートによれば呪文というのは精霊と意思疎通するための言葉ではないか、ということだった。
精霊は人のお願いを聞いて魔法を発現してくれる……と。
この仮説が正しいとすれば、魔方陣は書き文字のようなものかもしれない。言葉で精霊に呼びかけ詳細は読んでもらう、これで複雑な魔法が発現できるのかも。
魔法陣があっても呪文が長いのは補足説明なのか、そこまで解析がすすんでいないのか。
図書館へ通っている間に、気づいたことがある。
この世界では自動車はないみたいで、道すがら馬車と人力車を見た。
それから、この世界には獣人という種族がいるらしい。馬の耳としっぽをつけた人が人力車を牽いていた。
その他にも犬耳や猫耳、ウサ耳がいた。みんな普通に過ごしているように見えた。
迫害されたりとかはないんだと思う。人力車も商売としてやっていたようだし。
あと気になるのが……
「ただいま、……アレス、最近なんだか楽しそうね。
元気になったのなら良かったわ」
フロイアが足を引きずりながら帰ってきた。
最近体調が優れないらしい、先日病院へ行ってきたみたいだが俺には何も教えてくれなかった。
「おかえりなさい、ママ」
無理しないで、と言いながらティーテが肩を貸してリビングへ連れて行った。
俺がやるべきだったな、と自分の行動を恥じてティーテとフロイアを見送った後、キッチンへ向かった。
下準備くらいはできるしティーテが来るまでに夕食の準備を済ませておこう。
そうしてティーテが来た後一緒に夕飯を作っていた。
「フロイアさんはなんの病気なの?」
「それがね、わからないのよ。本当にお医者さんにもわからないのか、教えてくれないのかわからないけど」
情報は得られなかった。せめて栄養のあるものをたくさんとってもらおう。
さいわい、フロイアは食欲は落ちていなかったようだし。
夕飯が終わってお風呂にも入って片づけを終えて一息ついた時、ティーテにお願いしてライトの魔法を使ってもらった。
そして今日は夜更かしした。
その夜、ライトの魔法陣が完成した。