18 ドラゴン
魔法陣を拡大して都市全体をカバーする方法をとったが、どうやらうまくいったようだ。
万能の治癒神術の効果でイリスの母親が回復してきている。
ちなみに魔力の不足が予測されるので完全快復まではしない方針だ。窮地を脱すればあとは自然回復か病院に任せるとしよう。
魔法陣に乗ってくれないと効果が出ないのだが、流れてくる魔力がどんどん増えているのでそれも問題なさそうだ。
この辺はエアリス先生がうまくやってくれたのだろう。教え子には信頼されているだろうし、無条件に従ってくれるのだろうな。
俺は流す魔力を控えめにしている。俺の魔力が枯渇して倒れると魔法陣の発動も止まるからだ。
ちなみに、ティーテとイリスはとっくに倒れている。
「イリ…ス…大丈夫?どうしたの…?」
イリスの母親がつらそうに起き上がる。
娘が目の前で倒れればそりゃあね。でも起き上がれるくらいには回復したか。
「お母さん、大丈夫ですよ。お母さんを助けるために魔力を使いすぎただけです。
それより、調子はどうですか?」
「あ…たしかに、良くなってるわ。傷もふさがってる」
まだつらそうだからもう少しかな。怪我は良さそうだがたぶん血が足りてないんだろう。
造血効果もあるからすぐに回復してくるはずだ。
「無理はしないで、まだ横になっててください」
ズズーン……!!!!!
地面が揺れ、外で大きい音がした。今度はなんだよ、地震か?
「外の様子を見てきます。ここにいてください」
俺が外に出るとエアリス先生とルミスはとっくに外にいた。
「アレス、あれを見ろ。いや、わざわざ見なくても見えるか」
「あぁ、見える。どでかいドラゴンだ」
でかいドラゴンが宙に浮いている。見たくなくても見えてしまう大きさだ。
トカゲのような容貌と言ってしまえばその通りだが、ゴツゴツとした恐ろしげな頭部、二本のでかい角、なんでも裂いてしまいそうな手足の爪、バカでかい翼、触れるだけで弾け飛びそうな尾、そして全身を覆うキラキラとした竜鱗。そのすべてが到底人間の敵う相手ではないことを教えていた。
こんなものは大地震のような天災と同じだ。その敵うはずもない存在の異常さから、俺は逆に冷静になっていた。これが正常性バイアスか。
ん…?頭の上に誰か乗ってるな。
「なぁルミス、ドラゴンの上に誰か乗ってないか?見えるか?」
「…いや、よく見えないな」
見覚えがあるような気がするんだが。
いや、ともかくドラゴンを対処しなければ……あんなのに街を破壊されたらせっかく守った人たちもすべてが終わりだ。
さっきのはアレに攻撃された音だったのだろうか。
「あのサイズ感なら狙われたら一撃で死ぬな。やれそうか?ルミス」
ルミスはただ見上げるばかりで動こうとしない。多勢のワイバーンにも挑んだのに、さすがにドラゴンには圧倒されているのか。
「いや、残念だが私は無理だな。さっきの魔法の発動でほとんど魔力がない」
そういうことか。倒れない程度にコントロールしただけでもう戦えるほど力が残っていないんだ。
なら仕方ない。ガタガタと震えていることも、体の震えを止めようと手で必死に抑えていることも、目に涙が溜まっていることも、すべて見なかったことにしておこう。
エアリス先生はどうだ。
「エアリス先生」
「自分にあんな化け物は無理だ。遅れてはいるが軍隊もそろそろ戻るだろうし、防衛軍もいるはずだ。
できるだけたくさんの人を誘導して避難するぞ」
なるほど、教師らしい冷静な判断だ。震えた声も、脚を滴り落ちる水にも、気づかなかった事にしておこう。
だが敵はあのサイズだ。いったい、どこへ逃げれば安全だろう。
「よし、避難誘導は任せた。俺はドラゴンを挑発して街から離せられないかやってみよう」
「アレス……もはや何も言うまい、無理はするな」
「仕方がないな、私にできるのはもう避難誘導くらいだ……」
万全ならもちろんルミスにも手伝ってもらいたいが、とりあえず一人でやるか。
フィルやマリアンはまだ戻ってないのだろうか。もういっそ、アッシュでもガントでもいい。
「おおおおおおおお、受けてみよッ!熱拳!バースト!ファイアーパァーンチ!!」
おお、遠くで誰か戦ってるなぁ。女の子…だ。
ニチアサのアニメみたいな派手な格好で跳んでいる。燃えるような赤でボリュームのある長髪だ。
「あれは……マリアンだな」
えっ?マリアンて、おっとり系のピンク髪女子だろ?ショートボブみたいな髪型だったはず。
髪の色も長さも違うが?
「さすがに見間違いじゃないか?」
「ぅん?そうだな、見間違いかもしれないな。なんにしろ一緒に戦えそうで良かったじゃないか…」
たしかに、近距離ならあれくらいジャンプ力がないと話にならないな。攻撃は残念ながら効いていないようだが。
あれはどんなドラゴンなんだ?
《ミラージュドラゴン》
ミラージュ。蜃気楼……か?
とりあえずさっきのマリアンらしき女性と合流しよう。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
よし、この辺か?
しかしあんなでかいの相手によく戦ってるな。近くで見るとたしかにマリアンによく似てる。声も顔も。
「マリアン!援護する!」
「アレスくん!…今は違います!マリアーヌです!」
マリアンで合ってた。よく見るとこれ、髪型も凝ってるな。ただまとめてあるだけじゃないし、ゆるふわにカールしてある。
服装もドレスみたいでフリル付き大きなリボン付きで、色合いは赤ピンク白の系統でまとめてあるがでとんでもなく派手だ。
わざわざドレスアップしてきたのだろうか?
「マリアーヌ、あれはミラージュドラゴンというらしい
攻撃は効いてるか?」
「ミラージュ?そうですか、攻撃はさっぱり効いてません。
ただ、わかったことがあります。上にアッシュくんが乗ってます」
……アッシュ?なんだってアイツが?
いや、近接武器しか持ってないから上に乗って戦うのはアリか。
「どういうことだ?取りついて攻撃してるのか?」
「そんな感じじゃないですね。頭の上で仁王立ちです。近くまで行っても何もしてきませんけど」
よく考えるとミラージュドラゴンの方もあんまり攻撃してこないな。マリアンが跳んでいるときだけ牙をたてようとしたり尻尾で払おうとしたりしている。
まるで、街を壊すのを躊躇しているみたいだ。
とにかく倒し方だな。ワイバーンの時みたいに一酸化炭素砲で落とせるだろうか?
だが仮に効くとしてもあの巨体に一酸化炭素を送り込まないといけないとなると、むしろ中に入って火を放つ方が早そうだ。
「あれにワイバーンを倒したみたいに一酸化炭素が利くと思うか?」
「どうでしょうね。試してみては?――ハァッ!」
おお、また跳んだ。マリアンの服装は一種の自己暗示かもしれないな。髪が伸びたりする現象は不明だが、たぶん何かの魔法だろう。
確かに試してみないとわかるわけないか。しかしなんとなくアレには効かない気がしているんだ。
演習の森でただの獣と幻獣と、そして魔物と戦ってわかってきたが、魔物には魔物の禍々しい感覚がある。
ミラージュドラゴンから感じるのはその禍々しい感覚だ。だから恐らくは……アレは魔物なんだろう。魔物に血肉はないのでそういった攻撃はまったく効かない。
「うおおおおおおお!くらええええ!極大鉄拳!」
ガントだ。少し遠くにガントが見える。あいつも戦うのか。すごいな、見直した。どうやってか知らないがかなりの上空を跳んでいる。土魔法では難しいので誰かに跳ばせてもらったか?
ベシッ!
ドラゴンの尾の薙ぎ払いを、ガントは上空では為す術もなく直撃した。ガントはものすごい勢いで飛んでいき、大きな音を立てて家に激突した。生きているといいが。
さて、俺も戦わなければならない。遠隔でいくか近接でいくかだが、遠隔は消耗が激しいので彼らに見習って近接で戦おう。
俺は自身を結界魔法で囲い、ドラゴンの少し上空を指定する。対象記憶。
結界を動かせることはすでにわかっている。なのでこれで指定した場所までは飛んでいけるはずだ。
俺はマリアンを追い越してドラゴンの頭上まで到達した。指定が解除されてドラゴンの上に落下する。
「よぅ、アッシュ。木に登った猫みたいに、降りられなくなっちまったのか?」
こいつが、敵ではないことを望みながらも、敵であって欲しいとも思っていた。
なぜこんなことを思うのだろう。自分の気持ちがわからない。
「おいおいおいおいおい、またお前かよ、無能のアレス!」
うん、どうやら敵だな。状況からはそうとしか考えられない。
俺の顔は自然とニヤけていた。こいつを、ぶっ飛ばす口実ができたことが、嬉しくてたまらないんだ。
そうだった、お前は、俺のことを……アレスくんのことを。無能とバカにしていたよな!
―――― あとがき ――――――
仁王……この国にはいないよ。翻訳の都合だよ。