16 帰還と新たな問題
「フィル、お前だったか。助かったよ」
無数に降り注ぐ火球から俺たちを守ったのは意外にも……と言ったら失礼かもしれないが、フィルだった。
「アレスきゅ~ん、助かっちゃった~?おれっち実は防御系が得意なんよ」
これまでまったくいいとこなしだったが防御系が得意なら納得がいく。これまでに特に危うげなシーンはなかったからな。
火球を見てからでは呪文の詠唱は間に合わない。つまりもっと前の時点で──おそらく俺が一匹落とした後同じ魔法をたくさん作っている時点で──こうなることを見越して唱えていたのだと思う。
想定が的確で大変に有能だ。足手まといだなどと思ってすまなかった。
「感謝する、フィル」
ルミスにとっては上にいた方がむしろ安全だったわけで、呼ばれて降りたら死にかけたわけだからな、ルミスにもすまないことをした。
ただ、ルミスがいなければすべてのワイバーンがこちらを向かなかっただろうから、ある程度しかたなかったんだ。許してくれ。
フィルも土系魔法の届かない上空だったからサポートできなくてすまなかったスねとルミスにはむしろ謝っていた。
「ああ、助かった。ありがとう」
アッシュは壁に囲まれる前自身が炎に包まれていたので、こいつはこいつで何かしようとしていたらしい。
フィルはそれにも気づいていてこいつにも、余計なお世話だったっスかね~なんて言っている。気遣いの鬼かな。
──ともかく攻撃は止んだのでちょっと一息つくか。
「おい、まだ油断するな。仕留めそこなったワイバーンと森から逃げてきた魔物が残っている」
そうだなアッシュ、出番は残しておいたぞ。
一酸化炭素砲の対象指定は正確だが、口に入る前に割れたかあるいは単純にターゲット漏れかもしれない。ともかくワイバーンが何匹か残っている。
とはいえほとんどの仲間が落ちたのを見て戦意は喪失したようで、ただ宙に飛んで様子をうかがっているだけだ。
魔物も混乱しているのか無茶苦茶に襲ってくるか逃げていくかで、他の生徒たちに任せておいても十分なんとかなりそうだ。
「ルミス、ケガはないか?」
「ああ、大したことはない」
「そうか、なら良かった。……制服は羽織っておけ」
火球がいくつか当たったのか、ルミスは元々薄着なのにさらに扇情的になっている。
俺は落ちていたルミスの上着を拾い上げ手渡した。女性用の制服は長めのケープのようになっているのでギリギリ太ももの手前まで隠れるはずだ。
「ああ、ありがとう」
礼を言いながら制服を受け取り羽織ってからルミスは佇んでしまった。
何か思うところがあるのか──そっとしておこう。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
しばらくして、教師陣から号令があった。
ワイバーンはけっきょく南の海に引き返していき、魔物を一掃したのを確認できたからだろう。
集合と、各班のリーダーが負傷などの報告を行う内容だ。その前にも体育教官が各所を回りケガ人の有無などを確認していたので、おそらく形だけのものだろう。
「よし、我々も行くぞ、全員いるな!」
ルミスは気を取り直したようだ。まったく姿を見かけなかったマリアンもふらふらと姿を現した。多分近くにはいたんだと思う。
全班が集合して報告が終わり、体技教官が口を開く。
「傾注!みなよくやってくれた。魔物を含めワイバーンどもは撃退した。多少の被害はあったものの死者・重傷者はいない。
みごとな戦果だ!」
そこかしこで喜び合う声が聞こえる。さすがに大きい戦いの後だと緊張も解けるようだ。
しかし今日はさすがに見逃してくれるようだ。
「60分小休止とし、その後王都へ帰還する」
意外にも休憩が長めだな、休ませてもらうとするか。
座り込んでいる生徒がいるので負傷者をどうやって連れて帰るかの相談をするのだろう。
「ルミス班は来い」
おや、呼び出しだ。たぶんお叱りだろうが、ルミスだけでいいんじゃないか……。
ルミスを先頭にぞろぞろと前に出ていくと、少し遠くから魔法実践の教師が手招きするのでそちらへ移動した。
緑髪のきれいな長い髪を後ろにくくった女性教師……だったはずだがショートにしている。
「さて、呼ばれた理由はわかっているな」
やっぱりこの人ハーフエルフだな。ショートにしていると少しだけ尖った耳が目立つ。
「その前にちょっといいですか?……髪切りました?」
ちょっと気になったのでつい聞いてしまった。確か行きの時は髪は長かったと思うんだ。
なんだか班メンバーの呆れた視線がささって痛い。
「火球で燃やされたので燃えていないところから切ったよ。アレス、お前は今回の功労者だ。なので一回だけ許す」
一回だけとは厳しい。二回くらい許してくれ。
俺が黙ったのを見てルミスが口を開いた。
「私のことですね。勇み足であったことは認めます。しかしあのまま行けばワイバーンは王都へ到達していたでしょう」
ルミス、こういう時はな、謝罪だけしておけばいいんだ。
「我らが王都であればあの程度のワイバーンなど物ともしない。重要なのは状況判断だ」
数が多いから楽勝というわけでもなかっただろうけどね、でも概ねこの人の言うとおりだよ。……あれ、この先生、名前なんだっけ。
《エアリス・ケレブレス・ロロンガ》
あぁ、エアリスだ。魔法を教えてもらっているのに、名前を憶えていないとはひどい話だな。もう忘れないようにしよう。
「班メンバーで連帯責任だ。腕立て300回!」
えええぇ、と声が出そうになったがこういう場合ヘタに抗議すると回数が増える。黙って実行する方が利口なはずだ。
「えー!そりゃないっスよ」
フィル、お前は期待を裏切らないな。
「少なかったか、なら600回だ。見届けてやる」
今度はもう、誰も抗議の声をあげなかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
腕立てが終わり休憩をしていると再び教師陣から号令があった。
どうやら二組に分かれ負傷者と護衛、先に帰り救助を呼ぶ組に分かれるらしい。
護衛組は主に負傷者のいる班と、体技教官と体育教官の男性教師二名が残るようだ。ルミス班は負傷者はいないので全員エアリス先生と共に王都に戻る。
やれやれ、またマラソンだ。マラソン大会でもしている気分だよ。
まあ帰りは身体強化を使って帰るがな。
「やたら疲れたな、早く帰って休もう」
「そうだな、アレスには助けられたのに罰に付き合わせて悪かった」
ルミスは少し元気がなかったが休憩の間に立ち直ったようだ。いや、罰を受けてすっきりしたのかもしれない。
免罪された気分になったのかな。
「まあいいよ、お互いに大きな怪我をしなくて良かった」
ルミスがあれだけの猛攻を避け続けたのは素直に関心する。ワイバーンも当然弱いわけじゃないからな。
そんなことを話しながら道程を半分ほど進んだところだろうか、誰かが王都の方角に煙が見えると言う。
俺には見えない。ちょっと遠いな。ゴミの焼却施設もあるだろうしなぁ。
王都に近づくにつれ見える生徒が増えてきた。どうやら最初の生徒の気のせいではなかったらしい。
俺にはまだ見えないが……、嫌な予感しかしない。
「ルミス、見えるか?」
「あぁ……何本か見えるな。おそらく、ただの火事じゃなさそうだ」
どうしてこう立て続けにいろいろ起こるかね。
「皆、落ち着け。隊列を乱すな、このまま王都を目指す」
エアリス先生もおそらく焦っているとは思うが、教師としての判断は妥当だ。
確かに、すでに走っているんだからこのまま走り続けるのが一番早い。
俺一人なら個体加速を使えばもっと早く着くが……王都に着いたあたりで魔力が尽きるだろう。
「仕方がない、気が急くのはわかるがこのまま走るしかない。そうだろう?」
そうだよ、アッシュ。わかりきってること言わなくていいんだ。
いや、ルミスへの牽制かな。さっきやらかしてたからな。ルミスなら一人で突っ走りそうだ。
そうして俺たちは、逸る気持ちを抑えて王都を目指し走り続けた。