14 演習
騎士学校に入って半年が経った。
入学3日目で見せた水の投擲はどうやら圧倒的だったようで、教師にも生徒にも一目置かれるようになった。
しかし反面、身体系の授業ではどんどんついていけなくなってきた。マラソンでは中位グループにようやくついていっている程度となっている。
むろん筋力は魔法で鍛えたし肺活量など鍛えられるものは鍛えたつもりだ。はっきりいって俺の身体能力は元の世界の常識では計り知れないレベルにある。ならばなぜこうなるか。
それがようやくわかってきた。この負荷をかけ続ける訓練は、どうやら無意識下で強化魔法を発動させるためのものだったようなのだ。天上の闘気というらしい。
俺は魔法陣を通してのみ魔法を発動できるため、無意識に魔法が発動することはない。そういうわけで身体面では落第に近いところにある。
こっそり身体強化を発動してみたが、なぜか教師にバレてしまい明確に禁止を言い渡された。
ルミスは相変わらずトップを走り続けているが、ダントツではなくなり他の者との差は縮まっている。おそらくルミスだけは最初から天上の闘気を発動できていたのだろう。
体技の授業では勝敗をつけ始めたが、ルミスはずっと白星をつけ続けている。そろそろ無敗の女王とでも呼ばれそうだ。
俺は剣術道場へ通ってみるなどしたがあまり身につかず、なぜか見逃されている思考加速を使ってもほとんど勝てていない。
魔法実践だけは魔法を使い放題だ。攻撃魔法を撃ち合ったりはしないので各々適当に練習するだけだが、他人の魔法も見られるし参考になっていい。
この前は先生から結界魔法を教えてもらった。身体の周りに薄い膜を張るような魔法で、物理的な防御力を有する。
この魔法は他の人には不要なものだ。天上の闘気はこの結界に近いものも発動させるようなのだ。
ほとんどの人が天上の闘気を身に着けたこのタイミングで、今日は実践演習があるという。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
そんなわけで王都の近く……と言っても走って1時間ほどの場所にある森にやってきた。
「ハァハァ、つ、疲れた……」
体力だけでついていくのはしんどい……着いてから思ったが今日は授業じゃないから身体強化を使っても良かった気がする。
「だらしないぞ、ほら、水だ」
「ルミスか、ありがとう」
ルミスは自分の荷物から水を出して渡してくれた。
水くらい魔法で出せばいいのでは、と思うかもしれないが、魔法で出した水を飲むことは禁じられている。
魔法の水は出した直後は水としてふるまうが、しばらくすると消えてしまうのだ。魔法の水を飲むと喉の渇きはごまかせるが、時間が経つと干からびて、最悪死んでしまう。
「さて、これからどうするんだ?」
この後のことは六つに分けられたそれぞれの班に委ねられている。そこまで大きい森ではないし周りは見晴らしのいい平原なので迷う心配はあまりない。
班組みは力が偏らないように学校側が決めた。俺はルミスと同じ班、リーダーはもちろんルミスだ。
「むろん、森の奥へ向かい魔物を討伐する。異論はないな?」
今日は魔物討伐の演習だが、魔物は森の奥へ行くほど強くなると聞いている。
とはいえこの森にそれほど強大な魔物はいないだろう。教師の一人は森の奥で待機しているらしい。
「了解」
班メンバー1、おなじみのアッシュだ。長身赤髪のスカした野郎だ。
成績は悪い方ではないが、ルミスには及ばない。
「はーい」
班メンバー2、おっとり女子のマリアンだ。背の低いピンク髪女子である。
ピンク髪を実際に見るのはこの子が初めてだ。加護精霊はたぶん火だと思うが、あまり話したことがなくはっきりしない。
「イエッサー」
班メンバー3、チャラい雰囲気の茶髪男子だ。軍隊ぽく返答したのではなくふざけて返答したのだ。
チャラチャラした見た目のまんまで、成績も特によくはない。名前は確かフィルだったと思う。
「わかった」
最後に俺が返事をして移動を始めることとした。
疲れているのはどうやら俺だけのようだ。多少は休憩できたし致し方ない、進もう。
ガサガサガサ……
しばらく歩いているとイノシシくらいのサイズ感の四つ足の獣が出てきた。
たぶんこれが魔物だろう。体は硬そうな毛が生えている普通の獣っぽい見た目だが、頭の方は目玉が飛び出てギョロギョロしている。なかなかに禍々しい。
「おっ、出たぞ。これだろ?」
ゲームで敵とエンカウントしたときみたいだ。魔物もそれっぽいし。
「そうだな、デビルボアだろう」
ルミスが答えながら槍を構える。
アッシュたちも剣を構えるので、俺も倣うことにして剣を鞘から抜いた。今日の剣は一応本物だ。
一応、というのは、配給品なので質のいい武器ではないということだ。ゲーム風に言えばコモンというやつだな。
デビルボア、と呼ばれたその魔物は前足でざりざりと地面をひっかいていたかと思うと、一気に突進してきた。狙いはアッシュだ。
「はっ!」
ザシュッ!
アッシュはデビルボアの突進を軽やかにかわしつつ、剣をふるった。デビルボアの頭だけが地面に落ちて残り、体は少し先にすべっていった。
「みごとなもんだな、まっぷたつだ」
俺はアッシュに近寄って声をかけた。労をねぎらおうとしたわけではない。
魔物を初めて見たので近くでよく観察しようと思っただけだ。
「こんなのは大したことはない。気を抜くなよ、アレス」
アッシュは切り捨てたデビルボアを一瞥して剣をおさめる。
デビルボアは黒い煙を出して少しずつ縮んでいる。魔物は死ぬと黒い靄となって消えてしまうらしい。これも見るのは初めてだ。
「なんだろう、これは」
デビルボアが消えた後に黒い玉が残っているのに気づき、拾い上げた。大きさはビー玉より少し小さいくらいだ。
「それは魔物のコア……じゃないか、と言われているものだ」
ルミスがあやふやな答えをする。脳内からも声が聞こえないので、たぶん解明されてないんだろう。
一応拾っておくか。
「アレスきゅん、それ、集めてる人もいるけど、なんの意味もないよ」
黒い玉をポケットに納める俺を見てフィルが話しかけてきた。アレスきゅんて、初会話で距離が近いな。
「まぁいいさ。結局意味あるのかないのかもわからないんだろ」
ルミスが進み始めたのでついていく。なんとなく並んでいるが、マリアンが最後尾なのはなんだか気になるな。
フィルがマリアンにけっこう話しかけているので大丈夫かな。違う心配もあるか。
しかしピクニックに来たわけでもないのにあんまり緊張感がない。アッシュが最初の魔物を両断してしまったからだろうか。
「アッシュ、この森にはもっと強い魔物もいるのか?」
俺は少し前方を歩くアッシュに声をかけた。
「どうだろうな、この森に来るのは初めてだし、なんなら魔物を倒したのも初めてだ」
「え、うそだろ。あんなクールにしてたじゃないか」
「やったー、なんて喜べばそれらしかったか?魔物なんて都市のすぐ近くにはいないんだよ。兵や警官が定期的に処理するんだからな」
やったーとはしゃいでいるアッシュか。見てみたい気もするが……いや、どうかな。
それから俺たちは順調に森の奥……というか、森の中心へ向かっていった。
魔物はその間にもそこそこ出てきた。デビルボアも何匹か出てきたし、蛇みたいなのもいた。名前はそのまんまデビルスネークだ。
ちょっとくらい見た目が違っても蛇みたいなやつはだいたいデビルスネークと呼ばれるのだと思う。
ガサッ……ガサッ……
「何かいるな」
「そうみたいだ、おい、警戒しろよ、お前ら」
ルミスとアッシュが何かに気づいたみたいだ。確かに、何かのいる気配はある。
森の中だからな、魔物ばかりでもない。本物のイノシシや蛇がでるかもしれないな。
ガサッ……ザッ……ザザッ……
いま一瞬、木から木へ何かが飛び移った。
「豹……か?」
「あぁ、おそらくデビルパンサーだ」
速くて見えないな。――――個体加速!
この魔法は苦労して体得した自身の全身の動きが速くなる魔法だ。思考加速では周りがゆっくり見えても体が動かせずもどかしく思っていた。
身体強化と違い、素早く動けるだけで筋力は上がらない。
見えたぞ。ルミスの言う通り体が黒い豹のような魔物だ。デビルボアと違い目玉が飛び出していないが、どことなく禍々しい。
「行 っ た ぞ、 ア レ ス !」
あぁ、よく見えてるよ。デビルパンサーは木の上から俺に向かって飛びかかってくる。
空中では逃げ場があるまい。緩慢に剣を抜き、デビルパンサーの下へ滑り込むようにして剣をふるった。
デビルパンサーにとっては一瞬のことだったろう。デビルパンサーは誰もいない地面に落ち、そして体が左右に割れた。
俺は個体加速を解除して剣をおさめた。――よく考えたらいちいち剣をおさめる必要があるのか?アッシュがそうしていたからなんとなくそうしたが。
「す、すごいな、アレス……やはり力を隠していたか!」
「アレスきゅーん、おれっちまったく見えなかったよ」
「す、すごいですー、あたしもまったく見えませんでしたー」
アッシュだけは周囲を警戒している。
褒められるのは大変に気分がいいものだな、しかしここはアッシュを見習ってクールに決めよう。
「みんな、油断せずすすもう!」 キリッ
ガサガサガサ……
また魔物か?音のする方を向くと人が出てきていた。
魔法実践の教師だ。巡回だろうか?
「ルミス班か、演習は中止だ。戻ってくれ、ただし森の外へは出るな。入口付近で待機しろ」
何かあったらしい。