12 学生生活
「おはよう、アレス――貴様、私とも決闘をしろ」
王立騎士学校に入学して二日目の朝のことだ。
濃い水色の髪、白を基調としたトップスに、短パン、ニーソックス。この子は昨日お世話になったルミスだ。
しかしおへそまで出してこの口調はなんだか笑ってしまう。
「何言ってるの、つい昨日釘をさされたばかりでしょ」
「貴様、何をニヤついている、私などに負けるわけがないと思っているのだな」
「えぇ?いやいや、違うよ」
大変な誤解だ。俺は波風立てずに過ごして騎士になりたいだけなのだ。
そのために教師に目を付けられるような真似はしたくない。
「貴様がどう思おうと必ず決闘はしてもらう」
「え~、仲良くしようよ」
「ちっ、軟弱な……!」
教師が入ってきたためルミスはそれ以上会話をせず席について前を向いた。
一時限目は魔法の座学だった。
大変興味深い内容だが、どうも座学には身が入らない。
その後、語学、数学など勉強したがやはりダメだ。集中できない。ギリギリ眠気がくるほどではないがボーっと聞いてる感じだ。
そんな感じで適当に過ごし、昼休憩となった。
さて、ぼっちの俺としては、独りで静かで豊かに……昼食を取りたい。学食があるらしいのでそこへ行こう。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
おや、普通科も一緒だ。ティーテがいる。
四人グループだ。あいつ、もう友達ができたのか。
「あっ、アレス!」
遠くからブンブン手を振ってくれるので小さく振り返した。
振り返したら嬉しそうに駆け寄ってきた。犬かな。
「アレスもここで食べるんだー?」
「あぁ、弁当がないからな」
「ぇっ、ぉ弁当欲しい?」
そういう意味じゃない。あとなんか声ちっちゃい。
「ティーテ~、待ってよ、その人だれー?紹介してよ」
「そーそー」
おぉ、なんか女子高生っぽい。年齢的には女子高生だもんな。
「待って。アレス、先にそっちから紹介してよ。後ろの人だれ?!」
なんか語気が強いな。……後ろの人?
振り向いたらいた。ちょっとびっくりして飛び跳ねたぞ。
「ルミス、ずっといたのか?」
「ああ、いた。アレス、貴様が私と決闘するまでいる」
「やめてくれ」
怖すぎる。ストーカーがつくとは。前世はモテなかったのにな。
しかたない。紹介しよう。
「こいつはルミス。見ての通り俺のストーカーで、なぜか決闘を迫ってくる」
「ストーカーではない、騎士見習いだ」
「ふぅ~ん……で、どういう関係?」
ストーカーだと言ったろ。困ってるんだ。
その後、ティーテの友達も紹介してもらい、一緒に食事をとった。
女五人に男一人って居心地悪いぞ。
人の名前を覚えるのが苦手な俺はすでに誰が誰だかまったくわからなくなっている。
適当に相槌を打ちながら、ルミスが意外とにこやかに応対していることに謎の感心を覚えていた。
「ねぇ、騎士学科はどんな感じ?」
隣に座ったティーテが耳元で囁くように話しかけてくる。
なんだこのしゃべり方。流行ってるのか?
俺まで真似することもないな、と思ってティーテの方を向いて話そうとしたら、……顔が近い。
慌てて正面を向きなおしてしゃべることにした。非モテは女の子と顔を近づけられないのだ。フロイアはお母さんな感じなので大丈夫なのだが。
「ど、どんな感じと言われてもね。普通科のことも知らないからな。
案外普通に過ごしているよ」
「えー、教師が怖い人だったりしないの?」
わんちゃん先生か。怖いというよりかわいい、だな。
もっとも、担当科目ごとに当然教師が違うのだが、今のところ取り立てて怖い人はいない。
「いないいない、怖い人なんて、いないよ」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「お前らあ!!たるんでいるぞ!!!」
こっわ、怒号すごい。
あまりの恐怖で一瞬意識が飛んだ。というのは冗談だが、記憶が飛んでる気もする。さっきまで平和にお昼ごはん食べてたんだ。
今はなぜか走っている。
「くそ、ハァハァ、これどういうことだ」
《体育の授業中。基礎体力作りの一環で持久走をしている》
おぉ、久しぶり。てこともないか、入試の時さんざんお世話になった。
そうだ。午前中が座学、午後はすべて体育系の授業で埋まっていたっけ。
確かこの次が体技、その次が魔法実践だ。体育と体技の違いがわからん。マラソン続行じゃないだろうな。
おー、ルミスだ。ルミスが横を通り過ぎて行った。速いな。
よく見ると体育着まで横で縛ってヘソを出している。こだわりなんだな。下は短パンだ。こうしてみるとお胸もけっこうあるな。ティーテほどじゃないが。
ん?もしかして一周遅れか?そんなバカな……。
脚の筋力も鍛えたのだが、瞬発力と持久力は違うとか白筋と赤筋の違いとかか?赤筋が鍛えられていないか?
いや待てよ……、肺活量かも。肺は鍛えてない。課題が見えてきたな、肺を鍛えよう。
ハァハァ……、マラソンだけで終わった。上位組をキープしてたはずなのでルミスが一人、速いだけだった。
次は…ハァハァ…体技だ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
体技は屋内でやるらしい。演武場に移動した。
先ほどとは違って皆同じく道着に着替えている。マスクはないがフェンシングのような道着だ。
もっとも、突剣ではなく長剣を模した練習用の剣を渡された。
意外にも木剣ではなく、曲がらない程度に柔らかい黒光りする謎の素材でできている。硬いゴムと言えばそうかも。当たっても痛いで済みそうだ。
柄は金属で、鍔は装飾が施されていて練習用とは思えないかっこよさ。見た目は黒い剣身の長剣だ。
これを使って技を学ぶのだろう……と思ったら今日は模擬戦らしい。なんで。
二人一組のペアを組めって。コミュ障になんてこと言いやがる。
「アレス、私と組め」
「ルミス、君だけだ。俺を相手にしてくれるのは」
「何を言っている?」
ルミスか。なんとなく嫌な予感はするが、致し方あるまい。
余って先生とやりましょう、なんていう小学校生活を彷彿とさせるあぶれ方だけは御免だ。
「よし、ペアは決まったな。各自適当に打ち合え。ケガはさせるなよ。相手と差がありすぎたら他と変わってもらえ」
なるほど、組み合わせに適さないとまたあぶれる仕組みか。
剣術なんて体育の授業でちょっとやった程度だ。まいったな。体力でカバーするしかない。
「行くぞ、アレス。我が剣、クォンダガード流槍術を受けてみよ!」
習っている人か。しかし槍術と言ったぞ。剣術はシロートと見た!
まずは上段からの振り下ろし、これは簡単だ。横にして受けよう。
ガッ
当たった瞬間、もうそこに剣がない。今度は横薙ぎか。
今度は縦で受ける。剣が逆さになっちまった。
ガッ
また当たった瞬間に剣がない。どこいった。
ガガガガガガガガッガシッガッガガン
ものすごい速さで打ち込んでくる。受けるのも大変だ。
さて、素人の俺が当然こんなものを受けられるわけがない。初めの振り下ろしを防ぎきれずに気絶するのが関の山だ。
ではなぜこんなことをできているかというと、もちろん魔法をしている。
しかたない。あぶれるのが嫌なんだ。それに俺の本来の実力ではカースト最底辺になってしまう。
いまやっているのは思考速度の加速だ。
相手の剣をしっかり目で追ってフェイントかどうか見破れる程度に自身を加速している。相手の動きもゆっくりに見えるが、自分の動きもゆっくりなのでじれったい。
身体面での強化はしていない。剣筋を予測してうまく受ければなんとかなりそうだ。
ただこれだと防戦一方になってしまう。相打ちくらいがちょうどいいので、相手のフェイントをわざと受けにいってその時に一撃入れよう。
「くっ、この私が、こんな……まったく当てられないとは」
ルミスのは実践剣術なんだろうか。当て身でバランスを崩そうとしたり後ろに回り込もうとしたりいろいろやってくる。
なぜかわからんが姿勢を低くして脚を薙ぎ払う攻撃が多い感じだな。
「おい、あそこすげーぞ……なんだあいつら」
「速すぎて見えねーよ。男の方、よく受けてるな」
なんだが周りがざわざわしだした。お前ら自分のことやれよ。
あんまり目立ちたくないな、そろそろ終わらせよう。
きた、上段からのフェイント。これはおそらくガードを上げさせてボディを空けるためのものだ。
これに当たりにいって左肩を狙おう。軽く当てるだけでいいかな。
ドガッ
「ぐぉ……っ」
視界が暗転した。どうやら肩で受けるつもりが首に当たったらしい。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「あー、目が覚めた」
お……ティーテか。ここどこだ。
《保健室。気絶して寝かされていた》
「ティーテ、なんでお前がいるんだ?」
「騎士学科の先生から連絡きたんだよ。授業中に倒れた、って」
「俺とティーテの関係も知られてるのか」
「そりゃあね、住所一緒だもん」
そうだった。住所は同じだし保護者もフロイアで同じか。
「いま何時なんだ?」
「えっとー」
「もう夕方だ。
悪かったな、加減を間違ったようだ」
ルミスもいたのか。
気にするな、俺が受け間違えたんだ。
「しかし貴様、最後のはわざと当たりにきただろう。なんだ、私に情けをかけたのか?」
「えっ、いやいや、こっちからも打ち込もうとしたら当たっただけだよ」
事実当てることはできたはずだ。気絶する前に当てた感触はあった。
「確かに貴様の攻撃も当たりはしたがな、馬鹿にするなよ、あれではまるで"置いた"だけだ」
「いやぁ、加減がわからなくてさ」
「くっ、とぼけるか」
あんまりルミスと話しててもやぶへびだな。もう終わってしまったようだしティーテと帰ろう。
「ルミス、話は明日にしてくれ。今日はティーテと帰るよ」
「……わかった、しかたあるまい」
「はーい、帰ろ」
「アレスも大変だね」
なんだかティーテに慰められながら帰路を供にした。