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11 進化

 火事のあったあの日、俺たちはフロイアとティーテの親戚の家に一時身を寄せることにした。

 俺は完全に部外者もいいところで肩身が狭かったのだが、フロイアが頼み込んでくれた。

 王都からは少し離れてしまったので俺とティーテは学校を休学し農作業を手伝うことになった。

 ティーテの父については粛々と葬儀を終えた。遺灰すら戻ってきていないので形だけ、風に祈りを捧げて終わりにした。

 フロイアとティーテは長いこと悲しんでいたが、家が燃えたこともあって手続きに忙殺されており段々と日常を取り戻していった。

 軍人なので生命保険には入っていなかったようだが、公務扶助と火災保険で建て直しはなんとかなるらしい。


 そうしてしばらくして(一ヵ月もしないうちに!)家が建ちフロイアとティーテは引っ越し、俺もついていかせてもらうことにした。

 ありがたいことに、今度は俺の部屋がしっかり用意してあった。ティーテの隣の部屋だ。

 恐縮だが断っても行くところはないのでお礼を言って使わせてもらうことにした。


 引っ越してすぐに俺が取り掛かったことがある。

 もちろん家具を用意するのは当然なのだが、今後の魔法研究の準備を始めた。

 研究に最も必要なもの、それは……運動不足の解消方法である。

 研究室にこもり続ける研究者はどうしても"もやしメガネ"になりやすい。これを回避する手段を用意するのが最優先というわけだ。

 そこで俺は雷系魔法の研究を始めた。筋肉を動かすために微弱な電流を使っていると聞いたことがあるからだ。

 この研究は最初のころはビリビリして使い物にならなかったが、思いのほか早く成功し、心地よい程度に筋肉に刺激を与え続けるものになった。

 もっとも、これで本当に体が鍛えられるのかはまったくわからなかったのだが、一ヵ月もしない内に腹筋が割れ始め効果を体感することとなった。

 魔法陣がまだ大きかったので部屋にいる間しか起動できないが、それでも十分すぎた。微弱な電流を流すだけなので魔力が切れる心配もない。

 あまりにムキムキになっても困るのでコントロールに苦慮したほどだ。最終的には見た目の筋量を抑えつつ筋肉を鍛えるすべを見出した。


 そうして憂いがなくなった俺は研究に没頭した。

 火事を起こした原因は魔法陣の接続が雑だったことで熱をもってしまった事に起因するようだった。

 そもそもあれだけ大掛かりなものは作れても普段使いができないのであまり意味がない。外出した時は相変わらず魔法が使えないのだ。


 また、通常の魔法は使用者がコントロールできる。例えばライトの魔法で光量を調節したり、明かりの場所を移動したりということだ。

 当たり前のように思えるが、魔法陣を通して発動するとこれができない。攻撃魔法なんかはふよふよ浮いているだけでなんの意味もない。

 行き詰ってしまったのでイリスに相談することにした。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



「イリスちゃん、来てたんだ」

「アレスさん……無事で良かったです!気づいたら図書館で寝てて、翌日家に行ってみたら燃えててないんですから。

 火事で死んだ人がいなかったことはご近所の方に聞きましたけど、それから一ヵ月以上も来ないんですから心配しました」

「ごめんごめん、いろいろ忙しかったんだ。あの時は手伝ってくれてありがとね」


 俺たちは場所を移動していつもの会議室で話すことにした。


「それで、どうなったんですか?成功したんですか?火事はなんだったんですか?」


 矢継ぎ早に質問されたのでとりあえず落ち着かせて、俺はひとつずつ答えていった。


「成功……したんですか、万能の治癒神術。神術の最高位魔法ですよね」


 イリスは感動しているようで目を潤ませている。細かいようだが魔法じゃないぞ。


「そう、だからフロイアは完全に治ったよ。元気にしてる。火事は魔法陣の方の問題だと思う」

「火事が起こる程度の失敗は些細なことです。偉業ですよ、これは」


 他人の家を燃やしてしまったのに些細なことだろうか。

 まあそんなことはいい。


「それで相談なんだけどさ」


 俺はいまの問題点を順にイリスに話してみた。


「そうですね、確かにあれだけ大げさで使うたびに発火してしまうと日常には使えませんね」

「そうなんだよ。あれは小さい板に金属糸で魔法陣を描いて組み合わせていったんだけど、接続の時に問題があったと思うんだよね」

「なるほどです。では接続しなければいいのかもしれません。

 小さくはできないでしょうか?呪文の詠唱も短縮できるわけですし、同じようなことができるかもしれません」

「小さくか……。やってみる」


 確かに魔法陣が小さければ持ち歩けるし、接続の必要もないから一石二鳥である。


「さすがイリスちゃんだ」

「えへへ」


 はにかむ顔がかわいい。守りたい、この笑顔。


「かわいいよ。もうひとつなんだけど、発動した魔法の制御ができないんだよね」

「えっ……あ、あっ、はい。えっと……そっちはちょっと思いつきませんね。

 威力はともかく、発動した魔法の移動先はあらかじめ組み込めるものでもありませんし」

「そうだよね。まあもうちょっと考えてみるよ。先に小さくしてみる。ありがとう」

「いえいえ、また来てください。なるべく図書館にいるようにしますから」


 俺はイリスにお礼を言って退出した。

 呪文の詠唱と同じか。確かにそうかもしれない。

 家に帰って早速やってみよう。



 結果、詠唱の短縮と同じく魔法陣の簡略化も少しずつであればできることが判明した。

 同じ魔法陣で100回~200回ほど発動すると慣れがでて、少しずつカットしたり形を変えたりしても発動できた。

 これを繰り返せばおそらく、最終的にはただの棒線で発動可能になると思うが、逆に使いづらくなるのであらかじめ目標となる形を魔法ごとに決めておくことにした。

 この過程で魔法陣の一部が重複するだけでそちらの魔法が優先して発動してしまうこと、途中で使った魔法陣は発動しなくなることに気づいた。


「最初と最後の魔法陣だけ使えるのか。ちょっと謎だな。そもそも他の人はどうなるのかな」


 それは後で検証することにしよう。とりあえず自分が使えれば十分だ。

 制御コントロールできない方を解決したい。これができないと持ち歩いても無意味だからな。

 実は、魔法陣の簡略化を繰り返すうちにコツをつかみ、威力については制御可能となった。


「発動後の接続リンクの問題なんだろうか。うんともすんとも言わない。どうしようもないな」


 コントローラの魔法でもあればいいのだろうけど、どうにも考えつかない。

 そもそも、コントローラの魔法をコントロールできなさそうだ。


 そんなわけで、魔法の発動時にあらかじめ対象を組み込むことにした。

 対象を指定する魔法と、その対象を記憶する魔法を用意し、この記憶に基づいて移動するよう魔法陣に組み込んだ。

 攻撃魔法はすべて直線的になるが、光の魔法(ライト)火の魔法(トーチ)などの生活に使う魔法ならこれで十分だ。

 認識の問題なので何もない空間も対象を指定(ターゲット)できる。

 記憶する魔法(メモリ)は、対象指定(ターゲット)だけでは無意味だったため必要となった。


 これで概ねのことは解決した。

 イリスにみせびらかしに行こう。また一ヵ月超もかかってしまった。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



「ようやく来たんですか、アレスさん」

「ごめん、いろいろやってたら時間かかっちゃった」


 呆れたように言うイリスだったが、口元がちょっと緩んでいる。かわいい。


「……なんだか少し逞しくなってませんか?そんなにがっしりしてましたっけ」

「え?気のせいだよ」


 見た目にはあまり影響がないように鍛えたので未だ少年ぽさがあるのだが、見抜かれるとは目がいいな。


「それよりこれを見てくれ」


 小さくした魔法陣を木板に貼ったものをイリスに見せた。

 言いづらいのでこれからは魔法陣基盤チップと呼ぼう。


「これは……なんでしょうか?魔法陣?」

「これはライトの魔法陣だよ、発動してみてくれ」

「わかりました。――光の聖霊よ」


 イリスが呼びかけとともに魔法陣に魔力を通したようだ。

 魔法陣は淡く青い光を放つが、……何も起こらない。


「あれ。ちょっと貸してみて」

「はい」

「ライト」


 魔法陣に魔力を通してみた。使い慣れた俺の場合呼びかけは必要なくなったが、複数の基盤チップを持っていると魔法名くらいないと発動しづらい。

 ライトの魔法が発動し、明るい球が宙に浮いた。


「あ……!!これって、どういうことなんですか?」

「こないだ魔法陣を小さくできないかって言われてやってみたんだ。簡略化すると本人以外は使えなくなるんだね」

「な、なるほど……」


 呪文の詠唱も短縮できる人がいるからと言って全員短縮できるようになるわけではない。やはり似たようなものということだろう。

 対象指定ターゲット記憶メモリのことも自慢気に説明してみた。きっとドヤ顔になっている。


「ついに新たな魔法まで開発しましたか。本当にすごいです……!!」


 イリスはそんなことは気にせずに褒めてくれた。好き。


「アレスさんなら王立騎士学校にも入れそうですね」


 王立騎士学校って初耳だな。帰ったらティーテに聞いてみよう。

 イリスにひとしきり報告したところで切り上げて家に帰ることにした。


「また会いに来てくださいね」


 イリスは図書館の出口まで見送りに来てくれた。今度はもう少し早めに会いに来るよ。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 その日の夕食の席でフロイアとティーテに聞いてみた。


「王立騎士学校かー。行きたがってたもんね」

「そうそう、昔はことあるごとに言ってたわよね。王立騎士学校に入って騎士になるんだって」


 そうか、アレスくんの目標だったなら行くのもやぶさかでない。


「じゃあそこに行くかな。受験とかあるのか?」

「アレスの成績なら普通科はいいけど、最近かなり休んでたからねー、どうかな」

「そもそも騎士っていうのは職業なの?」

「一応、そうかな。軍人とは別の規定だから。騎士学科に行かないとなれないけどね」

「じゃあ騎士学科にしよう」


 騎士になるのに騎士学科に行かないといけないならなぜ普通科をすすめるんだ。


「騎士学科はね。実技試験があるのよね。

 魔法が使えないといけないわけじゃないけど、身体能力だけでは試験を突破できないのよ」


 フロイアが言うならきっとそうなんだろう。基盤チップを持ち込めればなんとかなるかな。


「受けるだけ受けてみる。明日先生に相談するよ」

「アタシもー」

「ティーテ、受験までもう日がないのにあんなところ受かるわけないでしょ?」

「受けてみるだけ。記念受験だよ、ママ」



 そんなわけで、俺たちは王立騎士学校に行くことになったのだった。

 志望締切日はとっくに過ぎていた上俺の出席日数が足りずひと悶着あったのだが、それはまた別の話だ。


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