10 王立騎士学校
「でっかい門だなあ……」
高さ七メートル程はあろうかという大きな柱に、華美な装飾のついた鉄製の門。その前に俺は立っていた。
門は開いているのだから、閉ざされて入れないわけではない。圧倒されて動けなかったのだ。
ここは王立騎士学校である。王政が敷かれていた時代に騎士となる者たちのために建てられた由緒正しき学校である。今は騎士学科と普通科の二種類に分けられている。無論、この国ではトップクラスの学校ということになる。
ちなみに騎士学科と普通科では制服が違うので見ればすぐに分かる。俺は暗緑黄色で襟がないかっちりとした長袖に同じ色のズボン、裾をハイブーツに入れている。騎士というよりは軍人のような制服だ。暑くて仕方がない。
「まさかお前が騎士学科に来るとはな」
アッシュ。またお前か。
俺と同じ制服だが、長身で細身でも筋肉質のアッシュには赤髪も相まってよく似合っている。
ちなみに科は違うがティーテも同じ学校だ。普通科女子の制服はブレザーの色こそ同じものの、胸元に大きなリボンをあしらったかわいらしいデザインだ。ミニのプリーツスカートもティーテによく似合う。
「似合う?」
ティーテはそう言ってくるっと回って見せた。スカートが短いことを忘れているのか。家でも同じことを言っていたのでこれも二回目だ。
ちなみにちょっと成長して体の凹凸がはっきりしてきた。
きついと言ってシャツのボタンをひとつ留めていないので胸元が見えるんだが、本人はリボンで隠せていると思っているらしい。
「あぁ、良く似合う」
俺が返事をすると、へへ、なんて笑って門をくぐって先に行ってしまった。
照れてるのか?……なんて、科が違うからどうせお別れか。
「おい、俺達も行こう」
アッシュ、突然合流して俺を仲間に入れるんじゃあない。お前だけ行け。
「門の前で突っ立ってんな、邪魔だ」
不意に後ろから声をかけられた。そうだよね、邪魔だよね、ごめんね。
謝ってどこうとしたがその前に押しのけられてしまった。体が宙に浮き二メートルほど飛んでしりもちをついた。痛い。
吹き飛んだぞ。どんな力だ。
押しのけた彼はこちらを見向きもせず門を通ろうとしている。身長はアッシュと同じくらいだが筋肉もりもりのマッチョ野郎だ。
髪の色は黄土色だ。加護精霊はなんだろう、土かな。
「おい、ずいぶん飛んだな。紙でできてるのか?」
アッシュが軽口を言いながら手を差し伸べてくれた。
こいつ、別に怒ってくれたりはないんだな。まあその方が気楽か。
軽く手をはねのけて起き上がり、ようやく門をくぐった。
初めて高校の敷地に入ったみたいで、感慨深い。アレスくんとしてはそのまんまか、ほぼ高校だもんな。
少し進んだところで、誰か喧嘩しているみたいだ。
あの黄土色の髪とマッチョな体格……さっきのやつだ。またトラブルか、血の気が多いな。
相対しているのは、太ももが隠れないくらいの長さで暗緑黄色のケープ(ポンチョ風コート)を着ている……騎士学科の女の子だな。
髪の色は青よりの水色だから、加護精霊は水系だろう。
「見ていたぞ!騎士を目指すものとして、弱い者いじめは看過できないな!」
「威勢がいいな!ならどうするって言うんだ!?」
「成敗するに決まっている!」
まさか弱い者って俺のことじゃないだろうな。
いや、呼び方は些細なことか。俺をかばってくれてるのに素知らぬ顔で素通りするのも気分が悪い。
「まぁまぁ、気持ちは嬉しいけどケガもないし、その辺で。ありがとうね」
俺は女の子に声をかけることにした。間近で見るとかなりかわいい。
身長は俺……アレスくんと同じくらい。髪は短めの二つ結び、少し釣り目だけど幼い顔立ちだ。
「貴様はもういい、私はあいつに騎士としての正しい態度を教えてやろうと言うのだ」
「ほう……お前に教えてもらってもいいがな、気が変わったぜ!女の陰に隠れてコソコソしてる奴の方が気に入らねえな!こいつが相手をしろよ!」
「なるほど、それもいいだろう」
いや、なんにも良くねーよ!
なんで俺が闘う流れになってるんだよ。
「負けてもいいように決闘形式にしてやろう。貴様も騎士を目指すものとして自分の雪辱は自分ですすぐのだ」
決闘形式というのは、その魔法がかかっている限り致命傷と思われる攻撃を制止するというものだ。
審判と対決者二名の計三名で発動する複合魔法で校内でしか使用できない魔法だが、普通、入学初日から使えるわけがない。
「一理あるな、がんばれよアレス」
くっそ、アッシュめ。ひとごとだと思って。
「俺は決闘形式の魔法なんて使えないよ」
「それなら大丈夫だ、証人が使えればあとは協力するだけですむ。私は兄がこの学校の卒業生だから教えてもらっていたのだ」
「俺様はそれでいいぜ」
こいつ、一人称が俺様か。ジャイ〇ンかよ。
しかたない、やってやるか。振り向いてジャ〇アンに告げる。
「わかった、だが俺は剣を持ってない。入学前だからな。お前も素手で相対しろ」
「俺様も有名と思ったがな、知らないのか。極大鉄拳のガントとは俺様のことだぜ」
こいつ……、一人称だけでなく二つ名まで名乗りやがった。
しかし二つ名だけでどういう魔法を得意とするかわかってしまうな。
「条件は揃ったな、ならさっさと始めよう」
「彼の精霊よ。我々は校内において決闘を行う。騎士としての誓いを立てる。卑怯は邪悪として断ずる。神は正しきに味方する。ガント、アレスこの両名の決闘を私、ルミスが証人となって見届ける。」
彼女が宣誓を終えると俺とガントの体が光り輝く膜に包まれた。"彼の精霊"って初めて聞いたな。
さて、不穏な言葉が聞こえたが、俺の魔法が卑怯と捉えられないかどうかだな。
「準備は終わったな、行くぜ。土の精霊よ、拳に纏わり鉄拳となせ、かた――」
「ガッ!?」
とりあえず殴る。大振りパンチでもあたるぞ、こいつ。
「馬鹿な、卑怯だぞ。口上の途中ではないか!」
「卑怯なはずがあるか。呪文を唱えるのを待ってくれる敵などいない」
さすがにこれを卑怯と言われるとは思わなかったな。
なっげー呪文を唱えようとするから悪いんだ。
「確かに卑怯ではないが、……それではただの殴り合いだぞ」
なるほど、決闘とは殴り合いとは違うものということか。ならばしかたない。
「わかった。お前の魔法が発動するのを待ってやろう」
「グッ、なめるなよ」
ガントは距離を取って再度呪文を唱えだした。
……呪文の終わるのを待ってやった結果、できたのはでかい拳だった。完全に予想通りだな。確かに当たれば痛かろう。
殴りかかってきたが、さすがに殴られるまで待ってやったりはしない。
「対象指定!水の投擲!!」
無数の水の塊がガントを襲う。
体ではなくでかくなった拳を狙ってやった。これもやはり当たれば痛いからな。
彼は……普通に吹き飛んでいった。
「ガントが決闘範囲外に出たため、敗北とみなす。勝者、アレス!」
意外と簡単に勝ててしまった。決闘範囲なんてのもあったか。
しかし水の投擲は別に吹き飛ばすための魔法じゃないのに、いつも吹き飛ばしてるな。
「よし、火の粉は払った。入学式に急ごう」
「おぉ、よく勝てたな……。お前、魔法が使えるようになったんだな」
アッシュの前で魔法を使うのは初めてか。俺のは魔法というよりは……魔法道具の行使だな。
卑怯と言われなくて良かったよ。
「貴様。水精霊の加護でもないのに水の投擲を無詠唱で使えるのか……。相当な努力をしたのだろうな」
さっきの子、ルミスが話しかけてきた。
普段なら喜んで会話を楽しむところだが、今は急ぎだ。入学式に遅れてしまう。
「君も一緒だろ。急ごう」
「あ、あぁ……そうだな」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
式は極めて普通だった。偉い人がみんな頑張れよ的な挨拶をする、日本でやっているのと変わらない退屈な式だった。
式が終わると校内に移動する。
普通科は人数が多いためクラス分けがあるので掲示板に集まっているが、騎士学科は人数が少ないので一つしかクラスがない。
要はアッシュもルミスも、……ガントも一緒の教室というわけだ。
教室に入ってみると、ガントがすでに席に座っていた。おそらく式には出なかったのだろう。無理もない気絶していたのだ。
教室は、小さめの講堂のような雰囲気だ。少し段差がつけられて階段状になっていて、2~3人掛けの長テーブルと椅子が設置されていた。
適当に席についてしばらくすると人が集まってきた。
みな同じ制服だが数少ない女生徒達はケープだけが制服だったようで今はケープを脱いで様々なカラーで楽しませてくれた。
「(やはりいいなあ……。この国は女の子たちの露出がけっこう派手だよな)」
ルミスも見つけたが、前の方の席に行ってしまった。真面目ちゃんっぽい雰囲気だな。
そのルミスすらヘソ出しのトップスに、短パン、ニーソックスという出で立ちだ。グローブはしているのでなんだかアンバランスに感じてしまう。
白を基調とした服は装飾もあって厚みのある丈夫そうな生地だが、素肌があれだけ出ていては防御的には意味がなさそうだ。
一通り着席してしばらくすると講師と思われる人が入ってきた。
犬耳に犬尻尾だ。犬獣人に違いないが、耳と尻尾以外は普通に人間と同じだ。ブラウスにタイトスカート、パンストだが、教師でさえスカートが短い。
教壇に立つと彼女はこう言った。
「ホームルームの前にお話があります。
決闘は気軽にしていいものではありません。事前に日時を決め報告書を提出してください」
俺の方をしっかりと見て言った。
完全にバレてるじゃないか、ちくしょう。
―――― あとがき ――――――
彼の精霊――校内の結界魔法に子魔法を追加するために使われる頭語