01 転生、そして残念なお知らせ
俺が目を覚ました時、目に映ったそれは見知らぬ天井だった。
俺の家ではない。
俺の家は、そう、ごく平凡なワンルーム賃貸、白い壁に白い天井。
天井に貼るのに壁紙という言い方はおかしいかもしれないが、少なくとも木材がそのまま見えないようになっている。
それから考えれば、この木枠の天井が俺の家でないことは明らかだ。
もちろん、実家でもない。
どこにいるのか確認しようと体を起こしてみると狭い部屋にベッドが一台、机と椅子が置いてある。
小さい窓がひとつだけあった。
部屋は薄暗く詳細な部屋の状況はわからない。
見覚えはない。
記憶が混濁している。
順番に思い出してみよう。
俺の名は《アレス》
……ん?なんだ?
気のせいか?続けよう。俺はどうしてこんなところにいるのか。
俺は確か《魔物に襲われて両親が惨殺された》
……え?そうなの?
いや、待ておかしい。そんなはずないだろう、魔物ってなんだよ。
《魔物は魔力を持つ実態のない存在》
……さっきからなんなんだ。何かおかしい。
頭の中に誰かの声が響いてくる。
もしかしたらどこかから聞こえてきているのか?
周りを見渡すが誰もいない。
窓から見てみることにしよう、俺はそっとベッドを降り、部屋に明かりを落としている窓に近寄った。
体に何か違和感を感じたが、窓からの景色にその違和感は消し飛んでいった。
どこの田舎だ。
いや、日本じゃない。
ヨーロッパのような雰囲気だ。
大きい建物もちらほら見える。遠くの方には城が見える。もちろん欧風の城だ。
驚きに目をまたたかせ窓から身を乗り出していると、不意に下から女の子の声が聞こえた。
「アレス!目を覚ましたのね!」
俺はアレスじゃない。
うん?ちょっと待て、日本語じゃないな。
外国語はからっきしなので何語かすらわからない。
何語かすらわからないのに、なぜだか意味はわかった。
そして乗り出した窓から降りて、さっき感じた違和感の正体がわかった。
……背が低くなっている。
手も、見慣れた自分の手とは違う。
自分の体を見まわしていると、さっき下にいた女の子が部屋に飛び込んできた。
その勢いのまま駆け寄って抱きついてくる。
――すばらしい感触だ。
未成熟ながら未来の成長を思わせるやわらかなふくらみ。
……俺がひとしきり堪能するのを待っていたのか(そんなはずないか)、しばらくして少女は俺から体を離した。
「アレス!痛いところはない?具合はどう?」
俺が何も言えずに黙って見つめていると少女は少し照れて横を向く。
年の頃は13前後だろうか。仕草が可愛らしい。
ショートボブのこげ茶の髪、片方だけ結っていて少女らしい魅力を引き出している。
しかしすぐに悲しそうな顔をしてこちらを向いた。
「あの……大変……だったね。残念だけど、おじさんおばさんは…………」
そうか、アレスという人の親御さんは亡くなったんだったな。
少女が俺のことを人違いしているわけでないことはさっきの反応ですぐにわかった。
鏡がないからいまいち確信が持てないが、背が低くなったことも合わせて考えればどうやら俺の意識はアレスという少年の体に移ったようだ。
俺は俺が死んだことをおぼろげながら覚えている。
転生して前世の記憶を思い出したのか、意識だけがこの体に乗り移ったのか、わからないがそれは後々考えることとしよう。
まずは目の前の少女の事だ。
「俺、記憶がはっきりしないんだ。俺が寝ている間の事は後でゆっくり聞かせてくれ」
俺はまったく悲しくないのに一緒に悲しむなんて無意味なことはしたくない。
少女は……名前はなんて言うんだろう?
《ティーテ》
「ティーテ、そんな顔をしないで。俺は大丈夫だから。
それより少しお腹がすいていて……」
悲痛な面持ちの女の子は見たくない。
身勝手なようだけど、かわいい女の子には笑っていて欲しいものだ。
「アレス……わかった。
アレスのことは私が支えてあげる」
軽く涙をぬぐってティーテは笑顔を見せてくれた。
「一ヶ月も寝てたんだもん、お腹空いてるよね。
ごめんね、気づかなくて。何か用意してくるね」
ティーテはそう言い残して小さく結った髪を揺らして階下へ走っていった。
元気な娘だ、すごく好ましい。
しかし一ヶ月も寝たままって大丈夫なのか。
点滴とかもなかったけどよく生きてたな。
寝たきりだったわりには体が動く。
少し重く感じるがなんとか歩けそうだ。
後を追って階下に降りたところ、洗面所が目についた。
自分がどんな顔をしているのか気になるし、顔を洗うついでに鏡を見よう。
……鏡に映る少年は黒髪黒目だった。
アレスという名の割には、なんだか日本人みたいな外見だ。
自分じゃないから言うが、けっこうかっこいい。
少年ぽい、かわいい寄りのカッコよさだ。
ティーテはこげ茶色の髪に同じ色の瞳だったので、自分もヨーロッパ風かと思ってしまった。
がっかりしたような安心したようなそんな妙な気分だ。
顔を洗ってから、キッチンにいたティーテに声をかけた。
ティーテは上で寝てなさいって怒ったが、リビングで待っていたらスープを出してくれた。
ちょっと薄味だったけど美味しいスープを飲みながらティーテといくつか話をした。
ティーテとの話の途中にもちょくちょく声が頭に響いて情報を得ることができた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
適当なところで疲れたから休むと言って切り上げ、部屋に戻ってきた。
さきほどの話によると、俺はティーテと同じく13歳、ティーテとは幼なじみ。
ここはティーテの家らしく、父親は戦争へ行っていて母親と二人暮らしだそうだ。
この国は激しい戦闘はないものの戦時中で、戦争へ行ったまま何年も帰ってこないこともままあるらしい。
母親は働きに出ていていつも暗くなってから帰ってくるのでほとんど一人暮らしだ。
ティーテも短時間ながら奉公に出ていて、買い物をして帰ってきたところで窓から覗く俺を見つけたようだ。
俺の父は足を負傷して一時戻ったところ、市街に入り込んだ魔物に襲われ家も破壊されたという事だった。
他国と戦争中でしかも魔物がいるとか。
どうやらとんでもない世界に転生してしまったらしい。
どうせならもう少し平和な世界に行きたかったよ。
それと、驚愕の事実が判明した。
この世界には魔法があって、誰しもが魔法を使えるらしい。
――俺以外は。