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カルテ1 邪竜(イヴィルドラゴン)2

 そこには巨大なドラゴンがいた。


「うわぁぁぁぁ!」

「きゃぁぁぁぁぁ!」


 俺と黒点はほぼ同時に走り出した。

 え? ちょっとヤベーイよ? アレ。

 こちとらプロ時代に色々なクリーチャー見て来たけど、あのデカさはない!

 軽く45メートルくらいあるもん!


 ある程度距離を取った事を気配で確認し、再び後ろを振り返る。

 紅玉のような赤い目に、全身を黒い鱗でおおわれている。背中から生えた翼は悪魔のソレを想起させた。ドラゴンの横に吹き出しのウインドウが表示される。『邪竜ファブニールLv54』とあった。54?! こちとら始めたばかりでLv1だぞ。ふざけてんのか!


「スタート地点より前に投下するといったが、どうやらラストダウンジョン一歩手前に落としてしまったらしい。本当にすまない」


 青崎ドクターの謝罪内容で良くわかった。

 うん、なるほど。

 ドクターは俺たちに死ねと言ってるんだな。

 ゲームだから死なないとは言え、ゲームオーバーになったら、死ぬほど痛いもん。


「……今日のあがりは焼き肉を要求します。ドクター」


 そう言い剣を抜く黒点。

 え!? 戦うの!? マジで?!


「逃げた方が良いんじゃね?」


 だから思ったことを素直に口にする。


「それはおすすめしない。解析の結果、奴の行動有効範囲はそこから半径1キロだ。君たちとの敏捷値の差から考えて撒けるとは、思えない」


 そう返答する青崎ドクター。

 撒ける気はしないけど、負ける気はしてくるよぉぉぉ!


「ブレイズ、私たちはプロでしょ? スポンサーからお金いただいて、結果を出す」


 冷徹に、感情のこもっていない声色で黒天は言い放つ。


「……ああ、もう! 分かったよ。やったろうじゃねぇか!」


 直前まで逃げの一手をしか考えていたいなかった俺。それでも立ち向かうのはプロの意地か。ただのヤケクソか。戦略的撤退という選択肢が潰された今、戦うことでしか活路はないのは確かだ。 

 それに黒天が言ったとおり俺たちはプロゲーマーだ。このくらいの修羅場、いくらでもくぐってきたさ!

 

 意気軒昂に剣を抜き、素早くドラゴンに向かって駆け抜ける。途中で奴は火炎弾を2,3放ってきたが、発動モーションが見え見えだ。タイミングさえつかめれば俺の反射神経でどうとでも裁ける。ドラゴンまでの距離約3メートル。狙いはこの化物の唯一の死角、腹の真下。俺はドラゴンの左側面勢い良く切りかかった。


 果たして効果は———





『Damage 1+500』


「デスヨネー」


 レベル差からくるあっちの耐久値とこっちの攻撃値から考えてダメージ1が妥当だ。そこに短剣(ショートブレイド)の効果・与ダメージプラス500が乗って合計501が与えられたダメージになる。


「相手のHP20万だぞ!? やっぱ無理でしょコレ!!」

「逆に考えるだ。400回当てれば勝てるんだと」

「そんなんしてたら、武器の耐久値すぐなくなるわ!」


 青崎ドクターのアドバイスにキレ気味に答える。

 うん、訂正。医者にしては謙虚で俺たちゲーマーにも腰が低い人って、さっき思った。けど、実際は無理難題を部下に押し付けてくるブラック上司でした。

 

 そんなこと今考えたところで仕方がない。攻撃の為俺は至近距離に近づいてしまったドラゴンと距離を取る。数舜内に俺がもといた場所から大爆発が起きた。当たり一面の地面が大きくえぐれている。おそらく今のドラゴンが放った尻尾の一撃である。


「ちょっとコレ、やばくないか? いうなれば始まりの街にラスボス魔王がいるようなもんだぞ、コレ」

「あはは、その……すいませんまさか。転異先がラスボス直前のフロアだと思わなかったから・・・・・」

「チキショウ、ふざけやがって」


『アンザス』


 と、ドクターと他愛のない悪態をつきまくっていること、黒天は初期魔法である火炎攻撃をドラゴンの間抜け面にぶつけてきた。攻撃の衝撃で顔をのけぞらせるドラゴン

 しかし


「……やはり初期の遠隔攻撃では意味をなさないか・・・・・・」

 

 感慨もなくそうつぶやく黒点。

 俺の剣同様、ダメージ10とほとんど攻撃が通っていない。


「うぉー、攻撃じゃー」


 それでも俺は、火炎攻撃にてドラゴンの注意が黒点に向かっている隙に、またも死角からドラゴンのわき腹引き裂いた。が———


「てっ、折れたー」


 ああ無常、ついに俺のショートブレイドは攻撃の衝撃に耐えきれず、耐久値をオーバー。ありていに言えば折れてしまった。


「グルゥゥゥゥゥゥゥ」


 そして最悪なことに、今の攻撃でドラゴンの標的が黒点からこちらに移り変わった。対する俺は木製の盾と刀身の半ばで折れた剣のみ


 俺の方に振り返るドラゴン。必然目が合う俺たち。何秒その状態だっただろう、いやもしかしたら数十秒が経過していたのかもしれない。その沈黙を破ったのはドラゴンの方だった。ガバッと開けた大きな口からは隠し切れない熱量が溢れている。次の瞬間、その熱量の塊が俺に向かって飛来する。

 

「障壁」


 その言葉とともに俺と火炎弾の間に光のバリア展開した。しかしそれもつかの間、許容量の攻撃力にすでに軋みをあげ、ところどころヒビが走っている。


「クッ」


 俺もバカじゃない。障壁が火炎弾の進行を止めている今、全力で後方に退避する。

 退避してきた場所にはちょうど黒点がいた。十中八九彼女が障壁魔法を張ったのだろう。


「……ありがとう、黒点」


 同僚兼ライバルともいえる人物に素直に礼を言うのが恥ずかしいため、少々言葉がぎこちないのは勘弁してほしい。


「あなたバカじゃないの? あんな化け物相手に近接攻撃しかけて、挙句メインウェポンをパーにする? ふつー」

「う……、その通りでございます。でもな、じゃあどうやってこの半バグキャラ倒せって言いうんだよ!」


 そうこう口論をしているうちにドラゴンはまたお構いなく火炎弾をはいてくる。

 左右二手に分かれ、かわす二人。


「ドクター、いつもみたいにこのゲームをハッキングして武器データ一覧から有効そうなのをこっちに送れないんですか!」


 黒点がドクターに問う。その黒点をドラゴンはタターゲットと認定、執拗に火炎攻撃している。

 しかし、そこはさすが元天才ゲーマーの名をほしいまました女。ドラゴンレベル差50倍の相手でも回避に専念するだけならば造作もない。


「無理だ! ざっとハッキングを掛けた結果1万種以上の刀剣類が見つかっている。これを全部解析して有効な武器の選定をしていたら1日はかかるぞ」


 そんなドクターの黒点への回答の最中、こんどは俺に対してドラゴンは狙いをつけやがった。

 二対の翼で飛び上がる。高度は50メートルほどだろうか、そこで一旦停止する。そしてありえないことに、ものすごい速度で俺に向かって急降下アタックをかまして来た。


「ぬうぉぉぉ」


 ドラゴンと地面の間スレスレの空間に体を押し付け、間一髪でかわす。いくらあちらに敏捷値のアドバンテージがあったとしても、初動のモーションを見切り、十分な距離があれば回避は事足りる。あらゆるゲームをプレイしてきた俺たちにとってレベル差を素の反射神経でいなす事はたやすい。ましてや攻撃モーションが直線的なのならなおさらだ。

 

 しかし、だ。それは回避や攻撃を当てる際のアクションについてのみ。攻撃が通るかどうかなんてのは、悲しいかなプレイヤーのレベルに依存してしまう。ようはこのままじゃジリ貧なのである。


「ドクター。全武器の解析には1時間かかるといったな」


 俺は叫ぶ。


「ああ、どうやってもそれ以上の速度は見込めない」


 ドクターとしゃべている間にもドラゴンが火炎弾を放ってくる。



「じゃあ、一種類の武器だけを狙い撃ちして解析すればどうだ」


ドラゴンの放った火炎弾をスレスレの距離でかわす俺。


「は?」

「いいから教えろ! 一種のみなら何分で解析してこの戦場に送れる」


 ドラゴンの側頭部に当たる火炎魔法。

 おそらく黒点が空気を読んでターゲット役を買って出てくれたんだろう。狙い通り邪竜はまたも黒点を攻撃の標的とした。


「……おそらく1分30秒ほどだ」

「上等、なら武器一覧に『グラム』もしくは『バルムンク』ってワードが入った剣を解析しろ。それがこの邪竜の特攻武器になるはずだ」

「……分かった」


 ドクターとの会話のあと、何気なく深呼吸する。

土の匂いのする湿った空気が肺を満たし、一陣の風が髪を撫でる。思えばこの空間の空気も、風も、土の匂いさえも、いやあの邪竜だって、全部偽物なのか。電脳空間にのみ存在を許された0と1の組み合わせによるただの幻想。


 しかし、今俺たちはその幻想を打倒さねば前には進めない。患者を助けられない。

 意を決して俺は黒点に並び立つ。


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