カルテ1 邪竜(イヴィルドラゴン)
「えーと、えーと初期装備はっと」
そう一人呟き俺は左手を頭の高さまで翳す。すると目の前にウインドウが出現した。
現在俺たちは、DOB患者・鈴木誠司君の構築したゲーム世界に潜入している。
胡蝶(Dream)の(Of)夢(Buttrfly)。突如インターネット上に配信されたフルダイブ型仮想現実作成ゲームプログラム。ダウンロード数は全世界3000万に上る有名ゲームである。しかし製作者は不明。一部ではある秘密結社の陰謀だとかなんだとか騒がれているが、正直今はどうでもよい。問題は、DOBに完全に引きこもってしまったユーザーが一定数いるという事、そして我が国日本でも例外なく社会問題になっていることだ。
そこで急きょこの事態に対応するため国家が作ったのが、厚生労働省電脳医療第二課。俺はその部署の1係3班、通称・青崎班に所属するプロゲーマーである。
出現したウインドウを適当に操作しながらふと、横目で同僚で同じプロゲーマーの黒桐天、プレイヤーネーム・黒点を見る。
黒のインナーに黒の革鎧、黒のプリーツスカートに黒タイツ。おまけに黒のロングヘアーと名前に違わず黒ずくめだ。
その黒点の長い髪がふと揺らいだ。アイツもこちらに目を向けている。
「……あんた変わらないわね。その派手なアバター」
おそらく黒点の目には俺こと、プレイヤーネーム・ブレイズは、橙の革鎧に橙のインナー、橙のズボンと派手な出で立ちに映っていることだろう。
「ほっとけ、こっちのほうが気合入るんだよ」
「まあ、乱戦時に誤射しずらいのはありがたいけどね」
「そういうお前は地味すぎて誤射しそうだけどな」
「あら、天才ゲーマーのあんたが誤射なんてつまんないミス、するわけないわよね」
「違いない」
そう軽口を叩きながら、俺たちは黙々と装備の確認をすませる。
初期装備と初期ステータスは
・短剣×1:効果・与ダメージプラス500。
・木製円盾×3:1回のみダメージ50%カット。使い捨て。
・革鎧×1:防御率10%アップ。敏捷5%ダウン。
・HP:500、MP500
・火炎:魔法。MP消費50。火炎弾を発射。低確率でやけど付与。
・凍結:魔法。MP消費100。指向性のある吹雪を発射。高確率で氷結状態を付与。
・障壁:魔法。MP消費100。ダメージ100%カットの障壁を出現。
・回復:魔法。MP消費の値分だけHP回復。
……フムフム。初期装備としては悪くない。
あ、そうそう青崎ドクターに連絡しないと。
「潜行に成功しました。青崎ドクター、応答してください」
あ、黒点がもういい手やってら。
「ああ、潜行成功おめでとう。まずは、この世界の解析結果を説明したいところなんだが……。さきに謝っとく、本当にすまない」
おいおい、どうした何があった?
医者にしては謙虚で俺たちゲーマーにも腰が低い方の青崎ドクターでも訳もなく謝るなんてことはないはずだ。まさか、実は潜行に不備があったとかか?
「え~とぉ、手っ取り早く後ろを振り向けばわかるんじゃないかなぁ~、て」
そういって恐る恐る後ろを振り返る。
———ふいに目があった。
その目は紅玉の様に綺麗な赤色で、無垢にこちらを見つめていた。
ドクン、心臓が高鳴る。
呼吸が浅く、そして早くなる。
俺は一瞬で分かってしまった。そうか。この気持ちが———
———蛇に睨まれたカエルの気持ちか。
「グルルルルルゥゥ!」
そこには巨大なドラゴンがいた。