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カルテ0 潜行(オペレーション)2

「ハハハ、それで? こうして俺に抗議の電話を掛けて来た、と」

「そうですよ。第一、合コンの結果振るわなかったのは黄川田さんも一緒でしょ? なんで俺だけ、ダメだった風になってるんすか」



 現在、青崎ドクターと白井さんが“潜る”為のセッティングを本格的に進めている。やることのない俺と黒桐はセッティングが終わるまで手持ち無沙汰だ。なので俺は、こうして惨劇(合コン)の事を喋りやがった裏切り者に電話を掛けることにした。



「いやいや、俺は被害者だよ。誰かさんが暴走して趣味の話をまくしたてなきゃ、一人ぐらいお持ち帰りできたのになー」


 非常にわざとらしい口調で俺を非難する黄川田さん。その嫌らしいニヤニヤ顔が目に浮かぶようだ。


「はっ、どうだか」

「それより橙、患者の容体はどうだ?」


 黄川田さんの声が真面目になった。冗談タイムもこれで終わりだな、今はチームとして最低限の情報伝達をせねば。


「バイタルは安定している。それでも2週間意識がない状態だ。点滴での栄養補給にも限界があるよ。それに第一……」

「家族か」


 黄川田さんが呟く。

 そうだ、こういう場合患者の家族は非常に取り乱す。『どうして自分の子供に限って』、『私たちの責任だったのか』と自分たちを責め立てる。患者本人がわけも言わず“夢”に“潜った”のならなおさらである。


「初めてのカウンセリングでもかなり狼狽していたからな」


 黄川田さんがしみじみという。もうそこには俺をからかっていた人の悪い黄川田俊也はいない。患者家族を第一に考えるカウンセラー・黄川田俊也がいた。


「とにかく、こっちもあと十分程したら“潜れ”そうです。患者の情報収集と両親のカウンセリングはそちらにお任せします」

「分かった。今は患者の塾周りを調査してるから、空振ったら一旦そっちに戻るよ」

「出来れば空振らないでほしいですけどね」

「まったくだ」



 そのやり取りを最後に俺たちは電話を切った。再び患者の方に目を向ける。

患者は今も安らかに寝ている。だが、ただ寝ているのではない。“夢”を見ていいるのだ。


それは本人にとっては理想郷のような夢だろう。だがその悪夢(ユメ)は結局、巡り巡って本人自体を破滅に追いやるものだ。

現に患者は2週間も何も口をつけず眠り続けている。彼の生命を維持するのは腕に繋がれた細い点滴チューブだけだ。


「セッティングどうですか」


 青崎ドクターに問う。


「もう少しかかりそうだ。今のうちに精神統一なりなんなり準備をしていてくれ」 


 要するに邪魔だから関わらないでくれ、と言外に言われた気がした。生憎、統一するような精神もないので俺は患者の本棚を改めることとする。


 先ほども見た通り、本棚は非常に整理されていた。仕切られた4段の棚に1段目が漫画、2段目が文庫本、三段目が学習参考書、そして最後の段が雑誌だった。俺は迷わず2段目の文庫本の棚に手を伸ばした。


「『変身』に『城』、『審判』ねぇ。よほど患者はカフカが好きなんだな」

「それだけじゃないわ、『老人と海』、『武器よさらば』、『誰がために鐘は鳴る』。純粋に海外の古典が好きみたいね」


 俺の独り言に黒桐が答える。


「高校生なのによくこんな小難しい本読むよな」

「あら、高校生ぐらいならこういう本読んでもおかしくない年齢でしょ。まあ、ゲームに明け暮れた青春時代を過ごしたあなたにはよく分からない感覚かもね」


 いつも通り黒桐は俺に嫌味を言ってくる。


「うるせい。だいたいお前もゲームに明け暮れた青春時代だろ?」

「あら、残念。私もゲームの傍らこういう本は読んでたわ」

「どーだか、口では何とも言える」


 そのようなやり取りを数分続けたところで……。


「よし! セッティング終了だいつでも“潜行(ダイブ)”可能だ。二人とも準備してくれ」


 青崎ドクターの言葉が俺たちの意識を仕事モードに切り替える。

 青崎ドクターと白井さんの足元には、患者のヘッドギアと類似のものが2台置いてある。唯一の違いは患者のヘッドギアがメタリックブラックに対して、この2台はメタリックブルーであること。そのヘッドギア2台は患者のヘッドギアと繋がれている。


 俺と黒桐はお互いにうなずき合い、そのヘッドギアを装着する。


「ハイハイ、こちらいつものお薬でーす。二人のバイタルは逐一こっちで確認するけど、もしつらくなったらいつでも言ってね」


 と白井さんから薄ピンク色のカプセル錠剤を渡される。“潜行(ダイブ)”をスムーズなものにする為の催眠剤だ。

それを飲み込む俺と黒桐。横になる俺たち。


「“潜行”では、本来のスタート地点から大分進んだ所に落とそうと思っている。スタート地点から悠長に攻略してられないからな。潜行限界時間はいつも通り24時間以内。それ以上を過ぎれば君たちの安全も保障できない」

「はいはい、分かってマース」


 青崎ドクターのいつも通りの説明に気のない返事をする俺。


「とにかく、“潜行”が完了したら連絡をくれ、こちらの解析結果はその際に伝える」


 そう締めくくる青崎ドクター。俺と黒桐は目をつぶり……


「了解、火野橙司。プレイヤーネーム:ブレイズ」

「黒桐天。プレイヤーネーム:黒点」

「「同調(シンクロ・)開始(スタート)……潜行(ダイブ)!」」


二人そろって“潜行(ダイブ)”の宣言をする。

途端に視界はホワイトアウトし、独特な浮遊感に包まれる。もう4度目の“潜行(ダイブ)“になるがやはりこの感覚には馴れない。


俺は患者の意識へ“潜行”している間、今までの事を考えていた。

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