お祭りに行きたい!
世界の中央に位置する世界樹、ユグドラシル。その根本にあるのは、かなり高貴な生まれでないと就職すらできない、『世界図書館』。その館長室にその少女は居た。少女の名はメティス。年の頃は15歳。知恵の一族の当代だ。
「ふぅー。疲れちゃったわ。」
「まだ、こちらにも許可待ちの入館書が沢山ありますから、そちらの新刊搬入許可書のサインはさっさと終わらせてください。」
「無理よ。全部目を通さないといけないのに。ねぇ、ルッツ。これ、貴方でも良いやつじゃなくて?」
「駄目です。メティス様はまだ館長になったばかりですから、名前を知らしめなければなりません。」
そんなことを言ったって、付き合いの長いメティスにはただ、ルッツがやりたくないだけに見える。
「なら、私の名前でルッツがサインしてくれれば良いのよ。」
「まさか、『世界図書館』の館長ともあろうお方が公文書偽造をさせるつもりですか?」
「うぐっ。じゃあ、私が蝋印を押すから、ルッツがサインしてくださいな。」
「なりません。」
「だって、今日は叡智の女神、メーティス様の祭典なのよ?出店が出るのよ。ルッツは後で行くのでしょう?」
メティスは涙を浮かべて訴える。
確かに今日はメティスの名前の元となった叡智の女神、メーティス様の祝祭である。知恵の一族の直系は、夜に神事があるから、自由に出歩けるのは今しかない。ルッツは暫し思案して結論を出す。
「………………仕方がありませんね。今日だけ特別ですからね。」
「やったー!」
「ですが、お一人では駄目ですよ。」
「えっ。」
「『えっ。』じゃありません。仮にも『世界図書館』館長なのですから、護衛の一人や二人付けていただかなければなりません。」
「むぅー。………じゃあ、ルッツと行くわ。」
「わかりました、ただいま…お呼…び……………。はぁ!?」
驚愕するルッツの前でメティスは満面の笑みを浮かべる。
「良いのね!ありがとう。ルッツ。じゃあ早速行きましょう。サラ!サラは居る?」
「はい。ここに。」
「ちょっとだけルッツと神事の下見に行ってくるから留守を頼むわね。」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ。」
「ほらルッツ行くわよ。」
「お、お待ちください。俺と行くのは未しもせめて着替えてください。そのままでは高貴な方が歩いていると知らせているようなものです!」
「それもそうだわ。」
ルッツの言葉に同意してメティスは着替え始める。女性用の司書服は叡智の女神、メーティスの貴色である白いオフショルダーのワンピースの上に世界樹、ユグドラシルの葉の色である宇宙色の薄布でできたケープを羽織るようになっている。本来の館長服はケープではなくガウンでワンピースには銀糸と光沢のある緑色の糸で見事な刺繍がなされているのだか、動きにくいからと来客時にしか着ていない。さすがに完全な司書服を着るわけにもいかないのでワンピースのリボンは銀色ではなく金だが、違いはそれだけである。
メティスが普段使いのケープを脱ぎ捨て、ワンピースの上部で胸元を押さえている金色のリボンをほどきかけるとルッツが慌てて叫ぶ。
「メティス様!俺の前で司書服を脱ぎ始めないでください!」
「あれ?ルッツまだ居たの?ルッツも早く準備してきなさい。」
「メティス様。今のは私から見てもあんまりです。」
「サラ、私の何処がそんなに酷いの?」
これで威圧しているなら未しも、メティスは本気で聞いているから質が悪い。
「殿方の、しかもただの補佐役の目の前で服を脱ぎ始めるところです。」
サラも大真面目に返す。しかし、少しルッツとずれているようないないような………。いやまぁ、噛み合ってはいるが………。
「メティス様、いくらまな板でも、美少女が男の前で服を脱ぐのはご遠慮ください。かなり親密な相手ならば構いませんが………。」
「なら、ルッツなら良いのではないかしら?産まれる前から私の補佐役に指名されていたのだし。家族みたいなものでしょう?」
「その家族みたいなが指すのは兄妹ですよね………。はぁ。」
ルッツは確認とともにため息をつく。
「当然でしょ?………………何よ?」
「場合によってはとっても嬉しい言葉なのですが………兄妹、ですか………。」
「私は知恵の一族の当主であり、『世界図書館』館長なのよ?その兄妹と認められるのだから、もう少し嬉しそうにしなさいよ!」
「家族みたいなっていう言葉自体はかなり嬉しいよ。だってメティーの家族にはなりたいからね。」
「ルッツ。言葉遣いと私の呼び方が戻ってるわよ。というか今のどういうこと?」
メティスが怪訝な顔でルッツに聞き返す。
「なっ、何でもありません。お気になさらず。」
「そう?なら良いけど。それより、私が貴方の前で着替えるのが駄目なら、早く出ていってくれない?出店に行けなくなっちゃうわ。置いて行くわよ?」
「す、すいません!い、今から準備してきます!」