97、会いたくない
「え、メレンケリが体調不良?」
「……えっと、あの、はい……」
グイファスは、ローシェがメレンケリに会いたいと言うので、彼女を連れてメレンケリの部屋の前まで来ていた。その時ちょうどメレンケリの部屋からは、ベージュ色の長髪の使用人が出てきたところだったので、メレンケリに会いたい旨を伝えると、使用人は顔を伏せながら、おどおどして答えたのである。
「答え方に歯切れの悪さを感じるんだが、何かあったのか?」
ローシェは、使用人の間のある返事を鋭く指摘した。
「……それが」
言いにくそうにする使用人に、ローシェは問い詰めた
「誰にも言わないから、何があったのか教えてくれ」
すると使用人は何度か躊躇ったのち、顔を下に向けたままこう言った。
「アージェ様が、ライファ様にお会いしたくないとのことでして……」
その瞬間、ローシェは自分の隣に立つグイファスが、凍り付くように動きを止めたのを見た。
「どういうことだ……」
絞り出すようにして尋ねるグイファスに、使用人は首を横に振った。
「分かりません」
「どうして!」
「グイファス!」
声を張り上げるグイファスを押さええるように、ローシェが彼を止める。そして彼女は俯いたままの使用人に尋ねた。
「あなたは何をしにここへ?」
「軽食を用意して欲しいと言われたのです。これから仕事に向かうからと……」
ローシェは理由を述べた使用人を訝しげに眺めた。
「あの、私、仕事に戻りますので……失礼いたします」
だが、使用人はローシェの視線に居たたまれなくなったのか、深くお辞儀をするとそそくさとその場を立ち去ってしまった。
「どうしてこんなことになってる?」
聞いてくるローシェに、グイファスはメレンケリの部屋のドアをじっと見つめた。金色の瞳が悲しそうに揺れている。
「それは俺が聞きたい……」
「……」
グイファスはため息をつくと、無理に笑顔を作って平気なふりをした。
「だが、会いたくないと言うからには、会わない方がいいのだろう。……仕事には行くようだし、とりあえず俺は彼女の前に現れないようにするよ」
「グイファス――」
ローシェが慰めの言葉でも言おうとする前に、グイファスはその上に言葉を被せた。
「悪かったね、ローシェ。俺のせいで、君が会いたかった人に会えなかった」
グイファスは何故こんなことになってしまったのか、整理できていないようだった。メレンケリから会いたくない、と思われていることがかなり堪えたようである。
――君のせいじゃない。
そう言えばよかったはずだが、あえてローシェは友のための言葉を飲み込んだ。それを言ってしまったら、彼の大切な人が彼を傷つけたことを認めてしまような気がしたからである。
「……私は別にまた機会があればその時でいい」
グイファスはローシェに微笑を浮かべると、メレンケリの部屋のドアの前で踵を返しその場を去る。
「……」
ローシェはグイファスが言っていたメレンケリの姿と、あまりにかけ離れた出来事に首を傾げながら、グイファスの背を追うのだった。
そして、一人。
廊下の曲がり角に、先ほどの使用人が事の成り行きを見守るようにひっそりと立っていた。ゆっくりと顔を上げると、使用人の恰好をしたメデゥーサ・アージェの姿があった。
「ふふ。これで一つ事は進んだ」
呟いた声は、メデゥーサ・アージェの声であったが、その中に不気味な響きを含んでいた。
そしてさらにメデゥーサの足元には、茶色い紙袋と一緒に使用人の娘が下着姿で倒れていた。いつの間にそうしたのか、彼女はその使用人の娘を眠らせ、着ていた服を拝借していたのである。
そして彼女はその娘の傍にしゃがみ込み、手で顎を上に向かせると、にやりと笑う。その瞬間顔の皮膚の表面に、蛇の柄が浮き出て消えた。
メデゥーサは紛れもなく大蛇そのものだった。
「よかったね、お前。メレンケリ・アージェのお陰で、もしかしたらお前は命までは取られないかもよ」
メデゥーサはそう言うと、彼女の腕を自分の首の後ろにやって起き上がらせた。そして彼女が持っていた茶色い紙袋も手に取る。先ほど確認したところ、どうやらビスケットとチーズが入っているようだった。
「さてと。私はもう少し仕事をしなくてはいけないからね。お前はメレンケリの部屋でお休み」
そしてメデゥーサは廊下に誰もいないことを確認し、彼女を連れて再びメレンケリの部屋へ戻ったのである。




