8、動揺
「ここは?」
「軍人用の宿舎よ」
「ふーん…」
メレンケリがグイファスを連れてきた場所は、拘置所から五十メートルほど南側にある施設である。ここで働く軍人たちが寝泊りしている。
リッチャー大佐からの指令は、グイファスをここに泊まらせ、彼の行動を監視するようにとのことだった。
メレンケリは何度か出入りしたことはあるが、泊ったことがなかったので、案外ちゃんとした部屋になっていたので感心した。一人一部屋で、ベッドとクローゼット、小さいテーブル一つに、木の椅子が二つ。それ以外の家具はない。ただ窓が大きく、三階にあてがわれたグイファスの部屋からは、町がよく見えるのだった。
「さすがに、独房よりはずっといい場所だ」
日が差す明るい場所で彼の横顔を見ると、取り調べの際に軍人に殴られた跡や、傷つけられた跡があったが、それでも浅黒い肌の中に黒い宝石をみるかのように美しかった。背が高く、ほどよい筋肉質の体に、姿勢もいい。彼は傷ついてもなお、優美さを失っていなかった。
自分とは真逆。
メレンケリは眩しそうに、日の光に当たるグイファスに素っ気なく答える。
「そうでしょうね」
まるで幻想を見ているかのようだ。しかし、その時またあの音が聞こえてきた。
ガシャーン…。
メレンケリが石にした男が、また軍人によって壊されたようである。
そしてその様子は、グイファスの部屋から見下ろすと丸見えだった。
「あれは何をしているところなんだ?」
グイファスは指をさして、メレンケリに尋ねた。しかし彼女は窓に近づこうとせず、淡々と答えた。
「真実を言わなかった者が、壊されていっているのよ」
グイファスはじっとその場所を見つめる。
「君が石にした人だよね」
「…そうよ」
「この仕事、嫌じゃないのか?」
メレンケリは、白い顔に不敵な笑みを浮かべる。
「あなた、人の心配をしている場合?真実を語らなければ、あなたも同じようになるのよ」
「石になるのが怖くないかと言ったら、それは嘘だが…」
グイファスは真剣な眼差しで、メレンケリを見た。
「君が、悲しい思いをしているのではないか、と心配になってしまったんだから仕方ない」
メレンケリの瞳が揺れる。
(だめ、動揺してはいけない)
そう思って、ぐっと顔に力を入れた。
「……あら、そう。お気遣いありがとう」
メレンケリは素っ気なく答え、グイファスに背を向ける。
「じゃあ、着替えとかタオルとか生活に必要なものを取りに行ってくるから、とりあえずここで待っていてちょうだい」
グイファスは何か言いたそうだったが、言葉を飲み込む。何度か頷き、メレンケリの背に答えた。
「……分かった」




