4、砕かれる石
「大丈夫か、メレンケリ」
取り調べも終わり、仕事が終わり帰宅しようとするメレンケリの背に声を掛けた者がいた。
振り向くと、そこにいたのは白い肌をし茶色い髪をした、体格のいい男がいる。
彼の名はマルス。軍人であり、メレンケリの兄・トレイクの友人である。グイファスの取り調べの担当ではなかったが、誰かから聞いたのだろう。先ほどのグイファスとのやり取りについて心配していた。
「何がでしょう?」
マルスが何を心配してメレンケリに聞いていたのかは分かっていたが、心配をかけたくなくてあえて気づいていないふりをする。
するとマルスはため息をついた。
「グイファスのことだよ。分かってるだろ?」
メレンケリは、マルスから視線を逸らす。
「何も問題はなかったはずですが」
メレンケリが歩き出すと、マルスは彼女の後ろについて歩く。コンクリートがむき出しになった廊下を辿って、出口に向かった。
「だが、変なやり取りがあったんだろ?」
マルスが尋ねると、メレンケリがぴたりと歩を止める。急に止まったので、マルスは危うく彼女にぶつかりそうになった。
「いつも変ですから。彼だけが特別ってことないですよ」
「いつも変って…お前にわざわざ石になったものを元に戻すか戻さないか聞いてきた奴なんているか?」
「それは、今までにもいましたよ」
「だが、最後に『切ないな』なんてきざなセリフを言った奴はいたか?」
きざかどうかは分からないが、確かにそんなことを言われたことはない。
「それは…ありませんけど」
「ほら、見ろ。しかもやっぱり、気にしているんじゃないか」
メレンケリはため息をついた。マルスには適わない。兄のトレイクは、メレンケリの力を心配して、マルスに「妹をよろしく」といつも言っているせいか、マルスはよく見ている。よく気が付くし、優しい。
メレンケリは観念して、はあと息を吐いた。
「でも、仕事ですもの。何を言われようが、どうしようが言われた通りにしないと。私はここの仕事を円滑にするために存在しているのですから、指示に従わなくちゃ」
「君の言っていることは勿論正論だよ。反論する余地がない」
「だったら―」
「だけど、やっぱり心配になるんだ。ここは男が働く社会だ。君のような可憐な女性がくるような場所じゃない」
メレンケリは唇を突き出した。
「可憐だなんて…思ってもみないこと言わないでください」
「本当のことなのに」
自分でそんな風に思ったことがないのだ。他人に言われて「そうですか」とはなかなか受け入れがたい。しかも、「可憐」と言ってくれるのは、マルスくらいである。
「まあ、心配してくれることはありがたいことですけど、私は大丈夫です。何かあれば、この手で」
メレンケリは、マルスに手袋をはめた右手を突き出す。
「石にしてやりますから」
するとマルスは、ちょっと心配そうな顔をしたが、すぐに肩をすくめて笑った。
「まあ、そうか。全く大したやつだよ、君は」
マルスはそう言うと、「仕事場に戻るから」とメレンケリと別れた。
「……」
メレンケリはマルスとのやり取りで、「大丈夫」だとは言ったが、本当はそうでもなかった。マルスが心配した通り、グイファスが言った「切ないな」という言葉が妙に引っかかる。しかし、何故その言葉が引っかかるのかが分からない。
「切ないって…何を言っているのよ…」
メレンケリが、軍事警察署の建物の外に出たときだった。ちょうど「ガシャーン」という音がした。それは軍事警察署のすぐ隣にある、高い壁の向こうから聞こえてくる。そしてそれは石を砕く音で、その後に細かくなった石を何度もハンマーで砕く音が続く。
「……」
メレンケリは、壁の向こうを目を細めて見つめる。何も見えないが、彼女には自分が石にした男たちが壊されていることが分かっていた。
(また、ひとつの命が消えた…)
石になったら元には戻せない。
そして、それを砕いたらもはや救いようもない。
自分は、ジルコ王国の為に存在する。だから必要となれば、迷いなく人を石にする。躊躇わない。だが、石を砕く音に紛れて聞こえてくる気がするのだ。
やめてくれ!砕かないでくれ!
メレンケリは自分が石になったことがないので、彼らが石になった後、意識があるのかどうなのか分からなかったが、こういう声を聞くのは気分のいいものではなかった。
(帰ろう…)
メレンケリは首に巻いたスカーフをしっかりと巻き付け、足早に家に帰るのだった。