39、グレイ・ミュゲ
「『グレイ・ミュゲ』?」
メレンケリが聞き返すと、フェルは丁寧に説明してくれる。
「『灰色の花』という意味だよ。
『ミュゲ』というのは、サーガス王国に古く伝わる花の名前なんだ。王家の紋章にもなっていて、それはとても美しい白い花を咲かせる。また、花嫁の衣装にも着けられることもあった。だが、彼女が幸せな人々を不幸に陥れるようになってから、『ミュゲ』を灰色の石に変えてしまうという意味で、『グレイ・ミュゲ』と呼ばれるようになったんだよ。王家の紋章は今もミュゲだが、花嫁の衣装に着けられる風習はなくなってしまったようだ」
「……」
花には罪はないのに、『グレイ・ミュゲ』のせいで悪い印象を付けられてしまったのは可哀そうだと、メレンケリは思った。
「その名前が広がっていく間に、呪術師たちに国から依頼があったんだ。その女をどうにかして欲しいとね」
「どうなったんですか?」
「うん。依頼は受けて、彼女と戦うことになったんだけど、石にする力が厄介でね。見られたら石になってしまうから、彼女をどうにかしようにも、簡単ではなかったんだ。そんなとき、ある男が自分が犠牲になると言った。彼女を助けれるのであれば、自分が石になるのもいとわないし、何なら石にする呪いの力を自分が引き受けてもいいとね」
「その方はどうしてそこまで…いえ、それよりも石にする力を誰かに引き渡すことができるんですか?」
フェルミアは頷いた。
「ああ。呪術師の力を持ってすれば出来る。だけど、簡単なことじゃない。男は呪術師と共に、女性に近づき彼女の目から力を奪い取らなくてはならないからね」
「でも、どうやって?」
「女に近づき、彼女に恋をしていることを伝えたんだ」
「えっ…?」
「その男と言うのは、邪悪なものをその身に受けた女性の幼馴染だった。彼はその女性を愛していたが、彼女は別の人を好きになり諦めたという。彼女が幸せであればそれでいいと。だが久しぶりに会いに行くと、いなくなっていた。その後に、夫が浮気していたから出て行ったのだと知った。男は女性を探した。どこに行ったのか。そして見つかった彼女の姿は、以前とは全く違っていて『グレイ・ミュゲ』と呼ばれていた」
その時、暖炉の火がパチンっと音を立てた。フェルは立ち上がり暖炉に近づくと、お茶が温まったことを確認する。
「女性は……『グレイ・ミュゲ』どうなったのですか?」
フェルは暖炉の火を眺めていた。煌々と光る明かりは、彼女の凛々しい顔立ちをはっきりと浮かび上がらせていた。
「『グレイ・ミュゲ』は幼馴染の男の話を聞き入れた。
彼が彼女を愛していることを知り、心が落ち着きを取り戻したのだろう。そして彼女は目を瞑り人を石にしないよう、細心の注意を払った。だがそれからが大変だった」
「……」
「まず彼女から石にする力を取り出し、幼馴染の男の右手に移した。そこまでは良かったのだが、邪悪なものが彼女の意志とは反対に、悪いことをしようと暴れたんだ。体の中にある状態だったから、呪術師たちはそれを懸命に浄化し、幼馴染の男は、苦しみ暴れる女性をずっと抱きしめていた」
メレンケリ達はフェルミアの話にぐっと引き込まれ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「そして三日三晩かかって、ようやく邪悪なものは女性から抜け出て、彼女も正気に戻り事件は幕を閉じた。だが二人はサーガス王国には住んでいられないと思った。何しろ、女性は沢山の人々を石にしてしまったからね。
それでも王国では彼女の身に起こったことは、夫の浮気が始まりだったし、森の邪悪なものの不始末で彼女に憑りついたせいということもあって、命をとることはせずに追放の処分としたんだ。そして二人は隣の国ジルコ王国へ移り住んだ。それがあんたの曾祖父、ラクト・アージェと曾祖母メドゥーサ・アージェだよ」




