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灰色の花  作者: Yuri
第1章 右手に宿る力
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16、左の手首

(泣いているのだろうか…)


 メレンケリが顔を手で覆っているので、グイファスはそう思っていた。

 泣かせるつもりはなかった。本当は彼女の心が少しでも楽になればいいと思っていたのだが、上手くいかなかった。

 彼は手を伸ばし彼女の頭を撫でようとするが、やはりやめてその手をそっと引っ込める。


「そうか…。すまない、泣かせるつもりはなかったんだ。ただ君の気持ちが、少しでも楽になったらいいと思って話していたつもりだったんだが…」


(現実を突きつけてしまっただけだったな…)


 グイファスが反省していると、メレンケリは顔をそっと上げる。目が赤い。やはり泣いていたのだ、とグイファスが思っていると彼女はそれを否定した。


「泣いていないわ」

 そして彼女は、無理矢理ではあるが微笑する。

「大丈夫…泣いていないわ」

 気丈に振舞おうとする彼女に対し、グイファスは包み込んであげたくなる気持ちが込み上げてくる。守ってあげたくなるような、そんな一所懸命さが彼女から伝わってきた。

「……そうか」

 だが自分は彼女に監視されているただの犯罪者だ。仮釈放とは言うものの、いつどうなるか分からない。だからきっと、守ってあげることはできないだろう。

(私でなくても、彼女を支えてくれる人はきっといる…)


 グイファスは、メレンケリを大切にしたいと思っていた。どうしてそう思うのかはよく分からなかったが、自分が守ってあげられなくても彼女が幸せであってほしいと願っていた。


「あなたって、不思議な人ね」

 メレンケリがその言葉通り、グイファスのことを不思議そうに見ていた。それは先ほど犯罪者を監視する監視者として向けられたものではなく、少女が新しいものに出会ったときのような先入観のない瞳だった。

「不思議?」

「だって私はあなたを監視している人物よ。それなのに気遣いというか…優しさを感じるの。だから、不思議」

「優しさ…」

「…嘘じゃないわよね?」

 するとメレンケリは急に真剣な顔つきになる。

「嘘って…気遣いのこと?」

「そうよ。私を騙そうとして、優しくしているって訳じゃないでしょうね、って聞いているの」


 メレンケリの疑いの眼差しに、グイファスは急に面白くなって「ふふ」と笑ってしまった。彼女はきっと、グイファスの気遣いや優しさが本当であってほしいと思ったのだろう。そうでなかったら、『嘘じゃないわよね?』などと聞くはずがない。グイファスは、それが嬉しかった。


「あ、笑ったわね!」

 今度は顔を赤らめて、怒った顔になる。グイファスと出会った最初のころは、こんな風に感情を表に出すような子ではなかったはずだ。それがこの一瞬で変わっていく。

「ごめん、ごめん」

「もしかして、嘘なの!?」

 メレンケリは一人で勘違いをして、勝手に恥ずかしくなる。彼女はおもむろに立ち上がりおろおろすると監視役なので部屋の外には出れないと思ったのか、部屋の隅に行こうとする。

 だがそれを、グイファスが彼女の左手を掴み止めた。


(細い手首だ…)


 メレンケリはグイファスに腕を掴まれ、硬直する。自分の手首よりも温かいグイファスの手が、妙に心地よかった。


「嘘じゃないよ」

 グイファスは立ち上がり、もう一度言った。

「嘘じゃない」


 メレンケリはそろそろと振り向いた。その表情は今まで見たことがない。不安だが、グイファスのことを信頼してみたい。そういった感情が現れ、彼はそれを可愛らしいと思った。

 グイファスは金色の瞳を細めて、優しく微笑む。


「君に向けた優しさは本当だ。ただ純粋に、君が落ち込んでいる姿を見たくなかった。毅然としている方が君に合ってる」

 メレンケリは、静かに彼の言葉を聞いていた。

「それからアドバイスになるかは分からないけれど、今までなりたいものなかったとしても、今からだって考えられる。『石膏者』という仕事が嫌なら、別の仕事を探すのも選択肢の一つだ。もちろんそれは君にとって、簡単なことではないとは思うけれどね」


 グイファスはそこまで言うと、ずっと握っていたメレンケリの手をぱっと放して謝った。


「ごめん、ずっと掴んだままだったね」

 二人の間に静かな時間がわずかに流れる。

「……別に謝ることじゃないわ」

 メレンケリはそう言うと、グイファスが握っていた手首を手袋を掛けた右手で、そっと触れるのだった。

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