12、『石膏者』
「何か、あったのか?」
グイファスの監視に戻り、窓の傍に置いていた椅子に座って虚ろなまま外を眺めていると、部屋で昼食を取っていたグイファスが、メレンケリに尋ねた。
「別に…」
メレンケリは素っ気なく答える。
「それならいいが…気持ちが沈んでいるのなら、監視役を代わってもらったほうがいいんじゃないか?」
グイファスのその言葉に、メレンケリの中で色々な感情が溢れる。苛立ち、悲しみ、無力さ、優しさ、気遣い、恐怖、恨み…。そしてその中で特に、怒りが彼女の中で暴れる。メレンケリはぐっと手を握りしめ、低い声で言った。
「何であなたに、そんなことを言われなければならないのよ」
するとグイファスは、メレンケリから視線を外し、あっさりと言う。
「……それもそうだな」
そして彼はロールパンをちぎって、口に運ぶ。
(きっと、お兄ちゃんが焼いたパンだ…)
メレンケリは、兄が心を込めて作ったパンを黙って食べるグイファスを恨めしそうに眺めた。
「いいわね、あなたは。何もしなくてもご飯にありつけて」
軍事警察署では、グイファスを仮釈放したのは良かったが、その後のことはあまり考えていなかった。彼らは最初、監視役がメレンケリであれば、男であるグイファスは油断するかもしれないと思った。油断をし、逃亡したところを追う。そして彼が本当に貴族の家に盗みに入ったかどうかを探ることが出来たら、これほど楽なことはないと思っていた。
だがそんな浅はかな考えは、厳しい取り調べに対しても冷静に耐えたグイファスなら見越しているとも思っていた。
彼を泳がせるために、食事はきちんとさせ、人間らしい生活をさせる。だがそうなると、仕事をしてもらわなければ、グイファスをただ養っていることになる。そんなことは軍事警察署でも避けたいところだった。
しかし軍人の中で話し合いをしても、中々方針が決まらない。ここで監視するには、軍人の仕事をさせることになるが、軍事警察署には隠しておかなければならないものが沢山ありすぎる。それを見られてでもしたら、それこそ一巻の終わりだ。しかし外に働きに出すには、監視を付けなければならない。メレンケリを監視につけたのはいいが、彼女が外に出てしまうと取調室に脅しがいなくなる。
そのためグイファスは、まだ暫く何もせずとも食事ができる日々が続きそうだった。
「……」
だがメレンケリの愚痴にも、グイファスは黙ってロールパンを頬張った。
「ほんっと…羨ましい…」
ため息をつきながら、心の言葉を吐き出す。するとグイファスは皿の上にある簡素な料理を見ながら言った。
「嫌なことがあったなら、素直にそう言えばいい」
「……何ですって?」
メレンケリがイライラして立ち上がると、グイファスの金色の瞳が彼女を捉える。
「何があったか知らないが、話ぐらいは聞いてやれる。人に話すと楽になることもある」
「話すって…あなたに仕事の話はできないわ」
「そうか、仕事のことで悩んでいたのか…」
するとグイファスは一度目を閉じると、こう言った。
「だったら、交換条件だ。君が仕事の愚痴をこぼす代わりに、何故俺が貴族の屋敷に宝石を盗みに入ったのかを話そうか?」
メレンケリの瞳が大きく開かれ、揺れる。
「ちょっと…言っている意味が分からないんだけれど…」
「君の仕事は軍人の補佐みたいなものだろう」
『補佐』と言われて彼女はむっとした。自分は脇役の存在ではない。
「補佐じゃないわ。ちゃんと『石膏者』と言う名があるのよ」
「そうか。それはすまない」
強い口調で言ったにも関わらず意外にも素直に謝るので、彼女はむきになって言うことでもなかったと反省した。
「……知らなかったから、いいわ」
「では改めるが、『石膏者』としての仕事の内容を聞くということは、軍事警察署の秘密を話してしまうことだと君は考えているようだ。だったら、その代わりに私のことを話そうと思った。そうすれば何かあったとき、君は私が貴族の屋敷に入った理由を言うことができるだろう。君は大手柄だ」
「でも、屋敷に入ったのは宝石を盗むためでしょう?それは取調室でも聞いたわ」
そんなことじゃ、大手柄にはならない。そう指摘すると、彼はちゃんと手柄になる理由を述べた。
「いいや、聞いていないよ。彼らは宝石を盗んだ理由は聞かなかった。最初から、貴族の屋敷に入ったのには、他の意図があると思っていたせいだ」
メレンケリは眉をひそめた。自分も他の軍人たちと同じく、宝石を盗んだことは単なる口実で、別に理由があるのだと思っていたからだ。
「違うの?」
「違うよ。私は本当に貴族の屋敷に入り、宝石を探していた。ある特殊な宝石だ」
メレンケリは、窓際の椅子を持ってグイファスの隣に座った。
「その話、気になるわ。特殊な宝石って何?」
するとグイファスは、自分の話に興味を持ってくれたのが嬉しかったのか、ふっと笑った。そして次に、ちょっと意地悪な顔つきになる。
「話してやってもいい。だけど、それは君が仕事の愚痴をこぼしたら、という交換条件だよ」