118、決戦の朝
明朝。メレンケリはすっきりとした朝を迎えた。
体の傷は癒えてはいなかったが、心はずっと穏やかだった。
メレンケリが起きると、傍に控えていた使用人が医師を呼んだため、すぐに昨夜と同じ医師が顔を出し、傷口の様子を見てくれる。傷口に薬を塗り、再び包帯を巻きなおす。
医師の診察が終わると、メレンケリは身支度をした。使用人が顔を出し、朝食を持ってくると言ったが、断った。今夜は決戦である。少しでも体を動かした方がいいと思った。
それ故に彼女はラウンジへ向かうと、ちらほらと人が出入りしていた。時折通りかかった使用人や、サーガス王国の騎士たちが、メレンケリを視界に捉えては、腫物のように見て見ぬふりをした。
「……」
これがメデゥーサのせいであることは分かっていた。グイファスは昨夜メレンケリの部屋に来た時、メデゥーサがあらぬ噂を言ったせいで、人々の視線が厳しいことも聞いていた。だが、メレンケリはそれを気にしないことにした。自分は右手の力を使って、人に危害を加えるつもりはないし、そのことを知っている仲間たちがいる。だから、それでいいのだと思った。
メレンケリは座っている人との間隔を空け、がらんと空いていた窓際の席に座った。頬杖をついて、何となく外を眺める。
空は快晴だ。今夜、大きな戦いが起こるとは思えないくらい、穏やかだった。
男たちは今朝も巡回に出ている。大蛇との戦いは今宵ではあったが、もしかしたら何か動きがあるかもしれないと警戒してのことだった。
「メレンケリ」
すると、誰かが彼女に声を掛けた。メレンケリは自分の名前が呼ばれるとは思っておらず、驚いて振り返った。すると、そこにはローシェが立っていた。
「おはよう」
嬉しそうに笑うローシェに、メレンケリもつられて笑った。
「おはよう、ローシェ」
「もう動いていいのか?傷は?」
メレンケリは少し腕を動かしながら答える。
「動くと多少は痛いけれど、そうも言っていられないわ。だって、今夜が大事な戦いだもの」
「そうだったな」
すると、ローシェは近くの使用人を呼び止め、適当に朝食を注文した。
「朝食、まだなんだろ。私も食べてきていないんだ。一緒にいいかな」
メレンケリは快く頷いた。
「勿論」
「そういえば、作戦はあるのか?」
朝食を待っている間、ローシェはメレンケリに尋ねた。
「一応。剣部隊に、弓矢部隊、火を使う部隊……その他にもあるらしいんだけど、大蛇に対してどいう攻撃が有効なのか、よく分かっていないんだって」
メレンケリは昨夜、グイファスから聞いた話を思い出す。
「分かっているのは、グイファスとマルスが持っているまじない師からもらった剣と、私のこの右手の力が有効であると言うことだけ。後は、クディルさんの力がどれくらい大蛇に効くのかにもよるって、グイファスは言っていた」
「そうか」
ローシェは一度神妙な顔をしたが、すぐに崩して、「ああ!」と悔しそうな声をあげた。
「狩猟だったらな!私も参加できたんだが。蛇退治はとてもじゃないが、戦力にならないものな」
ローシェの発言に、メレンケリは目をぱちぱちと瞬かせた。
「ローシェったら、戦うつもりだったの?」
メレンケリは半分笑って、半分驚きながら尋ねると、ローシェは真面目に頷いた。
「そうだよ」
「そうだよって……女の子なのに?」
すると、ローシェはいたずらっ子のような表情を浮かべる。
「メレンケリが戦えるなら、私だって戦えるだろ」
「はは。私は特殊だから。触ったものを石にする力を持っている人間は私だけよ」
「気にしているのか?」
「噂のこと?」
「それもそうだが、人の視線だよ」
メレンケリはちらちと辺りに視線を向ける。ローシェがいるせいか、自分一人でいたときと違った目線を感じた。だが、特殊な目でみられることは、昔にもあったことである。
「……慣れているから、平気」
「メレンケリ。その人が、変か変じゃないかなんて、それは見る人の価値の違いだ」
「ローシェ……」
「私だって、貴族の中で見たらかなり異質だよ。でも、それを悪いなんて思わない。皆が皆同じ考え何て寧ろ変だろ。たまには私みたいな規格外がいたっていいと思うんだ」
「ローシェは、規格外なの?」
「自分ではそう言うつもりはないけどね。周りが否応なしに、それを押し付けてくる」
「そう……。それは分かる気がするわ」
「でも、だから私は自分から探しに行く。私を受け入れて、共に過ごす時間を楽しんでくれる人をね」
「……それって、私のことも含まれているって思っていいのかしら?」
「当たり前だろ」
そう言って、ローシェはにっこりと笑った。
「無事で帰って来てくれよ、メレンケリ。そしたら、私は話したいことも聞きたいことも沢山あるんだ。サーガス王国を案内してやりたいし、逆にジルコ王国にも連れて行って欲しい」
メレンケリは大きく頷いた。
「約束する。無事に戻ってくる」