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社内恋愛

香織は、不動産会社の大阪支社で働いているうちに、先輩の田原聡一と恋に落ちた。聡一は香織にいろいろ親切に教えてくれる先輩だった。大阪では老舗の不動産会社の息子らしい。生真面目でいかにも育ちのよさそうな、今まで香織があったことのないタイプだった。結婚しようといってくれた。


香織は悩んだ。父に頼めば強引に話を進めてくれるかもしれない。そうしたら、聡一の愛が冷めるような気がした。でも、それ以外の方法で、いい家の嫁になることは不可能だった。自分は婚外子だし、母もその母も結婚せずに子供を産んでいる。素性が分かれば聡一だって離れていくかもしれない。


そんな時に父の山下健三が亡くなった。香織の母、咲は山下に愛されていた分、山下の本妻からは憎まれていた。香織も兄も葬儀に出ることは許されなかった。病中も咲は山下に会えなかった。山下家は見舞客と愛人の家族が鉢合わせすることを警戒して香織たちには面会を許さなかったのだ。


深夜、一度だけ父に会うことができた。山下の秘書が気を利かせてくれたのだ。山下は、少しほほ笑んだが言葉が出る状態ではなかった。山下は、遺言で香織たち兄弟に相応の遺産を残してくれていた。咲は泣いて喜んだ。咲には、それまでにマンションを買ってくれていた。


香織は聡一に、父が亡くなったことを報告しなかった。香織は、聡一と結婚出来る可能性は無くなったと思った。聡一が優しければ優しいほどつらい日々だった。少し、距離をおいた方がいいかもしれないと考え始めていた。


聡一は、時々素っ気なくなったり、急に泣いたりする香織に当惑していた。そのころ聡一には縁談が起きていた。昔、自分の家が経営する会社の倒産危機を助けてくれた家の娘だ。


何度か会ったことがあるが、嫌な印象もないが特に関心も持たなかった。平凡な感じの娘だ。香織は都会的であか抜けていた。しっかりもので几帳面だった。それに比べると、少し物足りない感じがする。


しかし、断るなら両親と揉める覚悟が必要だった。それでも香織が自分と結婚したいと考えてくれるなら家を出てもいいという決心はしていた。その香織が最近自分に対して冷たい日が多くなっていた。香織との関係がなんとなく気づまりになっていた。


電話が一度でつながらない、やっとつながったと思うと何かふさいでいる。理由を聞いても言わない。聡一は、だんだん香織に電話する日が減っていった。仲がいいころには、毎晩ベッドに入ってから電話した。時には、少しきわどい話にもなった。そろそろ一緒に暮らしたいと思っていた矢先なのに、この2カ月ぐらい調子がおかしい。


聡一は、前にも付き合った女がいたにはいたが、そんなに長続きはしなかった。香織はその中でも特別な存在だった。今までの女とは違う気がしていた。それなのに最近は妙に素っ気ない。聡一は自分は女に飽きられるタイプだと嫌になってきていた。それなら、いっそ見合いをして結婚してしまおうかと気持ちが動いていた。


決定的な日は突然やってきた。聡一は香織の声が聞きたくなって夜中に電話をした。この時間ならベッドの中なのだからつながらないはずはないのだ。それなのにやっぱり出ない。返信もない。つい、イライラして何度もかけてしまった。


何度かかけてやっと香織が出た。めんどくさそうな声だった。「用事?急ぐんだったら折り返すけど。いったん切りたいの。」といわれた。直感的にそばに誰かいると思った。「いや、急いでない。折り返す必要ないよ。」と言って電話を切った。それっきりだった。


香織の部屋には咲が来ていた。不動産会社を辞めて東京へ戻るように説得している最中だった。山下亡き後、香織を大阪に置いておくのは咲には不安なことだった。それに、そろそろ店を手伝ってほしかった。


咲から見れば事務員なんて遊びのようなものだった。咲にとっては、働くこととは店を経営することだった。咲は香織も自分と同じように水商売の世界で成功させてやりたかった。いいパトロンを持って店を繁盛させれば経済的にも安定する。咲にとっての成功は結婚なんかではなかった。


翌週の週末には聡一は香織に別れ話をしていた。今度見合いをして、その相手と結婚すると話したのだ。香織は特にすがりも泣きもしなかった。香織には聡一と結婚できないことは分かっていた。咲に言われた通り、東京へ帰って店に出ようと思った。


決心がついた途端に気分が落ち着いた。香織は、結局のところ自分は今まで無理をしていたのだと悟った。聡一のことは今でも好きだ。もし、今度会える時が来たら、もっと大人の付き合いをしたいと思っていた。

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