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社長の嫁さん

咲が美香に事情を聴いた。相手はT・不動産の社長。3カ月ほど前に酔った社長を自分の家まで連れて行った。関係はその一回だけなのに妊娠したといって自宅まで談判にいったという話だった。妊娠は嘘で、女房から慰謝料を巻き上げようと思ったらしい。


「なんだ嘘か」咲は、つばを吐きたくなった。何とかして慰謝料なり、認知の約束なりを取ってやろうと思っていた。しかし、話を聞くと、もともと、相手もその気がない話だ。たった一回の関係で、しかも金を受け取っている。そんな場合はこっちも遊びだと割り切らなきゃ。客商売なんだから、金をくれたんならそれでいいんじゃないかと思った。


美香は「インバイ扱いされた。」と言って泣いた。。インバイってなんて汚い言葉遣いだろうと腹が立った。ギブアンドテイクってものだと咲は思った。それよりも、嘘をついて金を巻き上げようとした自分は何なんだ、それは詐欺って言う犯罪だと咲は心の中で美香を軽蔑した。


美香は、話の合間によく泣いた。なにしろ、相手の女房に完全にノックアウトされたらしい。「きつい嫁さん?」と聞くと「いい年して天然そうな嫁さん」だという。その割に言うことが半端じゃなかったらしい。「ヒステリーでも起こしたの?」と聞くと、「落ち着いたもんだった」と。


ただし、セリフが今まで聞いたこともない豪傑なセリフだったらしい。「田原真一の精子は一匹残らず私のものです。生まれた子供は私が引き取ります。もちろん大切に愛情をかけて育てます。慰謝料はお払いします。生まれるまでの生活費も出します。でも養育費は出しません。養育は私がします。」だって。


馬鹿なホステスが騙せる相手ではない。大した嫁さんだと感心した。一瞬、その社長に同情もした。おとなしいから尻に敷かれているのだと思ったのだ。


「社長、嫁さんの尻に敷かれてるんだ。そんな男相手にしたって、結局金にはならないよ。」と美香を慰めた。内心は、「この女はだめだ、クビにしよう。」と決めていた。金が自由にならないような男を相手にして何大騒動してるんだ、時間の無駄だと思った


美香と話したあとで滝本に「美香はクビだ。」と伝えた。滝本は美香から愚痴られておおよその事情は知っていた。当たり前だというような顔をして「承知しました。」と答えた。


滝本に「金が自由にならないような客と関係するようじゃ、ホステス失格だ。」とぼやいた。滝本は「あの社長はおとなしい人だけど、しっかりもんで一人で会社を興した人ですよ。取り込んだら金は出ますよ。誰かもう少し気の利いた子に話してみますよ。」と答えた。


家に帰って、いつものように真由美に今日起きたことを話した。真由美は「嫁さんが亭主にほれ込んでるんじゃないのかね。」と笑った。咲の家でも店でも、しばらくはこの嫁さんの啖呵がしょっちゅう話題になった。


「今日ね、あのバカホステスが騙そうとした相手が来たのよ。やつれた顔してたんだけど、ちゃんとした言葉遣いで、美香さんとお話をさせていただきたいって。凄い、怖い顔で、でも落ち着いた態度で、なんか、こりゃ簡単に騙せる相手じゃないって思ったのよ。

それで、『美香は嘘をついてお金をいただこうとしてました。詐欺は犯罪ですからクビにしました。』っていうと、ちょっとぽかんとなってたの。あんまり、拍子抜けした顔されたんで、なんか面白くなっちゃって、奥さんが言ったこと教えてやったのよ。『夫の精子は一匹残らず私のものですから子供は私が引き取ります。』って、あれ、言ってやったのよ。


そしたら、今までクールに苦み走ってたのが、突然耳まで真っ赤になって、汗をふきふき、ジュースを一気飲みして大変だったのよ。なんていうか、可愛げがあるっていうか、色気があるっていうか。あれだったら、子供欲しくなるなあって思っちゃった。ちょっと、奥さんとの仲、壊してやろうかなって思うなあ、あれじゃ。」と咲が言うと真由美は嫌な顔をした。


「山下先生を裏切るような真似をしないでね。あの先生はあんたをホントに大事にしてくださってんだから。」と釘をさした。「わかってるわよ。あたしだって先生にはホントに感謝してる。愛してるのよ。」と答えた。咲の中では、金と感謝と愛は同じものだった。


咲は少し美香がうらやましかった。咲は羽目を外すということがなかった。一遍でも、ああいう男にほれ込んで馬鹿なことをしてみたいと思った。


真由美は昔のことを思い出していた。若い男にのぼせたことがあった。そのことが亭主にばれて、ひどい目にあわされた。あんな怖い思いをしたのは、後にも先にもあの時だけだった。あの時は亭主の体が弱かったから何とかなった。


毎日毎日「早く死ね。」と唱えながら相手をしたのだった。相手に負担をかけるようにした。無茶をさせるようにした。実際、亭主は心臓が止まって亡くなった。あの時の自分は鬼だった。


あんな思いは咲にはさせたくなかった。このまま、行けば食べるに困らないし子供にも教育を付けられる。これからは教育のない経営者は成功しないと思っていた。

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