T・不動産の社長
T・不動産は咲の店では小粒の客だった。接待には金を落とすが、社長や役員が個人的に来ることは無かった。しっかりした経営だということは分かっていた。長く付き合って得をする客だ。事実、T・不動産の客としてきた客が個人的に遊びに来ることは多かった。
この会社の社長という人がちょっと変わっていた。おとなしいのだ。咲は最初は、経理部長か何かと思った。ちょっと飲んで、軽く冗談をいうと帰ってしまう。「酒が弱くて、皆さんを退屈させてしまうから。」というのが決まり文句だった。
帰りには、女の子に丁寧に礼を言って帰る。「皆さんがよくやってくれるから、おかげでうちは繁盛してますよ。」というのだ。おとなしいのに商売上手だった。女の子の評判は良かった。年は40半ばだ。若く見える。
そのT・不動産の社長が美香というホステスに引っかかったらしいという話は咲の耳にも入っていた。咲は、なんであの実直そうな社長が美香みたいな世間ずれした小娘に引っかかったのかわからなかった。
ボーイの滝本が言うには、「美香は、この社長のことになるとちょっと感情的になる。まあ、ちょっと惚れてたのかもしれない。」という。咲も「どうせパトロンを持つなら、嫌な奴よりは好いた男がいい。」と思ったんだろう事に察しはついた。そんなこと言ってるから、いい金主が捕まらないんだという言葉は飲み込んだ。
別の日、滝本が耳打ちしてきた。「美香がT・不動産の社長の家に乗り込んだらしいです。下手なことされちゃ上客逃しますよ。」という。滝本はボーイといっても、実質支配人だ。給料もそれだけの給料を払っている。商売の邪魔になるホステスなんかさっさと切ってしまう。
多分、山下から咲の監視も命じられているのだろう。咲は悪い気はしていなかった。それだけ山下が自分に執着している証拠だった。滝本の前で真面目さをアピールしておけば山下にいい報告が行くことも計算していた。




