遭遇! 遭難? 大災難!? ~1日目の1~
本編スタートです。
ちなみにこの話は某新人賞の第一次選考を通過しましたが、いくつかの(私も納得できる)欠点により第二次は成りませんでした。
なにいう、そのなかのひとつが「ヒロインに萌え要素がない」というものだったのですが、まあそういう作品ですww
*
遅刻だ!
完全に遅刻だ!
まさかの転校初日にして、遅刻だ!
全速力で通学路を突っ走る私の脳内で、「遅刻」の二文字がゲシュタルト崩壊を起こさんばかりに乱舞する。
ちーこーく! ほーれチーコーク!
出掛けに咥えたメロンパンを咀嚼して嚥下する余裕もない。学校の敷居が見えても、パンの体積は三分の一も消えていなかった。
〈私立牛虎高校〉──私がこの町で通う、新しい学校だ。
もとは地元民だったのに聞き覚えがないと思ったら、案の定、ほんの云年前に開かれた新しい高校だという。
変な校名は、どうやら教育方針に関係があるらしい。
数日前、両親と一緒に転入の挨拶に訪ねた時 最中田印義という、モヤシのようにヒョロ長い、そのくせ口髭のやたらダンディな初老の校長が説明してくれた。
「牛のようにのんびり、そして虎のように真面目と思わせて意外とのんびり過ごす、というのがモットーでして」
どんなグータラ校だ!? というツッコミを抑えるのに、少し苦労した。
まぁ、進学校というわけでもないし、マイペースを謳っているのなら、勉強もスポーツもそれほど得意ではない私にも、過ごしやすい所かもしれない。
正門が見えた。他の生徒の姿はない。
やっぱり、こんな時間に登校しようとしているのは私だけだ。もう絶対にホームルームとか始まってる。
初日から、もの凄く気まずい。
とにかく一刻も早く。
ラストスパートを掛けたその時だった。
門柱の影から人が──!
と思った瞬間、私の目の前で世界が一回転した。
「わぁぁあー!?」
横に、ではない。縦回転だ。
そのまま、私は背中から着地、いや墜落した。
鈍重な衝撃が背中から胸に貫通して、息が止まる。
落ちた場所が直の地面じゃなかったのが幸いだ。
偶然にも体操マットが敷かれていて落下の衝撃を……
──ッて、なんで正門にそんなものがある!?
「あ? なんだ、ナサニエルじゃないのか」
悶える私の傍らに立つや、その人はひどく投げ遣りにそう言った。
驚くほど綺麗な女の人だった。
ハーフだろうか。亜麻色の髪は短く、宝塚の男役のような中性的な顔立ちだ。背も高い。
同性ながら、見惚れてしまう。
──ッて、ンなわけあるか!
この人、間違いなく今、私を投げたよね!? 態度が投げ遣りどころか、人を投げ遣ったよね!
しかも、ナサニエルって誰だか知らないけど、これ確実に待ち伏せしてたよ!
マットまで敷いて、挙げ句、人違いですか!
「ちっ」
さらに舌打ち!? どんだけ態度悪い美人だ!
「おい貴様、朝っぱらから遅刻とはいい度胸だな」
どういう日本語だ。遅刻するなら朝でしょうが普通。社会人の場合は知らんけど。
「おい、いつまで寝てる。さっさと起きて名を名乗らんか、このウスノロ」
なんか、何から何まで酷い。どこの鬼教官ですか!?
だいたい、さっきから謝罪の言葉一つ出ないんだけど?
「あなたこそ、なんですか。人、放り投げといて」
ようやく落ち着いてきた身体を起こし、私は食ってかかった。
これは正当な怒りだ。うん、怒れ私。喧嘩、得意じゃないけど……
「なんですか、だと? それが人にものを聞く態度か!?」
ええー、メチャクチャ理不尽な返しくらった!?
「はっはーん。どうりで見ない顔だと思ったら、貴様、さては転校生だな。こんな辺境の地にノコノコやって来るとは、島流しか?」
時代錯誤にもほどがある!
「ただの親の転勤です」
そう答えた私の鼻先に、ビシッ、と指が突きつけられる。
「ビシッ!」
うわ、口で言いやがったコイツ! 痛い! 痛すぎる!
「ならば、今回は特別に教えてやろう! 耳かっぽじって胆に命ずるがいい!」
日本語が強烈すぎる! どっからツッコめばいいッ!?
「私の名はルナ=メリー、姓は都倉。牛虎高校二年生にして、校内の平和を守る《風雲風紀委員会》の長である!」
ああ、やっぱハーフか……ッて、そうでなくて。
「ふーうんふーきいーんかい……?」
なにそれ?
風紀委員会は分かるけど、風雲?
「その通り。風紀を乱す輩は漏れなく成敗する」
なにが「その通り」なのかサッパリわけがわからない。
「そんな私を……私は〝血まみれメリー〟と呼ぶ!」
そこ自称!?
叫ぶや否や、ルナ=メリーとやらは背中から抜刀する手つきで、なにかを取り出した。
青眼に構えたそれは……ハリセン?
「さぁ、女。そこで四つん這いになれ! 遅刻した罰として、貴様はこの場でハリセン百叩き(尻)の刑だ!」
待て待て待て、おかしい!
自分で言うのもなんだけど、たかが遅刻でどんな重罰だ!
なんだ(尻)って!?
朝っぱらの空の下でどんなSMプレイ強要してんだコイツ!
「言うことを聞かぬか! ならば縛に処してでも!」
唖然とする私の目の前で、今度はスカートの中から綺麗に畳まれた縄を取り出す。
どこになに隠してんだ!
「いや! やめて、なにするんですか!」
縄とハリセンを手に襲いかかってくる風紀委員長相手に、私は必死に抵抗した。
マットの上に押し倒されても諦めない。
諦めるわけにはいかない。
絶対に嫌!
「ナニもアソコも×××もあるか! 大人しくお縄を頂戴しろ! ぐだぐだ抜かしてるとM字開脚縛りで校内引き回しの上、打ち股獄門の刑に処すぞ!」
完全無欠の変態か!? 言うこと成すこと高校生に許されるレベルじゃねえっての!
風紀委員どころか、こいつが風紀まる汚しだよ! なんだよ打ち股獄門って!? 首じゃねえのかよ、股間しばいて曝しものかよ、いっそ殺してくれよ!
ていうかヤバい、組み敷かれた! パワー負けしてる!?
いやー! 縄が太腿にーッ!
「待てーぇい!」
「むッ!」
新しい声がどこからか聞こえたその瞬間、変態委員長が私を放して大きく跳び退いた。
入れ違いで木刀が空間を一閃した。
「ふん。現れたな、生徒会の犬め」
後方一回転を決めて着地し、変態女が不敵に笑う。
「貴様こそ、畜生にも劣る破廉恥の分際で風紀委員を僭称し、独善の杓子定規でリンチを繰り返す義賊気取りの野良メス犬め! 狂ったケダモノが学校に来るな!」
やや修飾語過多な罵倒の言葉を吐いて、その人は私とルナ=メリーの間に立った。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
後ろで束ねた長い髪を揺らして、学ランを着た木刀剣士は私を一瞥する。
凶暴かつ変質的な風紀委員長に対するものとはまるで別の、薔薇の香りが漂ってきそうな、少し低めのソフトボイスだった。
なんと、顔もその声に相応しい美しさだ。迷いなく美青年と呼べる。
危機的状況もあって、まさに白馬に乗った王子様──じゃない、木刀握った王子様だ。
颯爽としたその佇まい、なんて素敵なんだろう。後で絶対にお礼言わなきゃ──あと、名前聞かなきゃ。
「挨拶だな! 《正統風紀委員会》などと言っても、所詮は生徒会に財布を握られ首輪を掛けられた憲兵。伊達や酔狂で群れ集った匹夫弱卒、烏合の衆、十把一絡げ!」
え、《正統風紀委員会》? この高校、風紀委員会が二つもあるの? ていうか「十把一絡げ」の使い方間違ってる。
「ぬかせ! その鶏唐揚げの侮りが貴様の命取り。この舘屋水京の伊達と酔狂、ひと括りに出来るか、試してみるがいい!」
今、もの凄いひと括り出来る、伊達と酔狂の申し子みたいな名前を聞いた気がするんですけど?
ていうか、鶏唐揚げは違う。間違いに間違いを畳み掛けんな。
怒濤の展開と常軌を逸した舌戦に茫然とする私を置き去りに、ハイテンション極まる二人の風紀委員が肉迫した。
木刀とハリセンが激しく打ち合い、火花を散ら──いや、さすがに散るワケないけど。
だが、勝負はアッサリと終わった。
二合で、ハリセンの方がメキリと折れ曲がったのだ。
そりゃそうだ! むしろよく一合を耐えたなハリセン!
「はっ!」
舘屋さんの一刀を跳び退ってかわしながら、ルナ=メリーは手にした縄の一方を、開いていた校舎二階の窓に投げた。
どういう原理か、巧い具合に転落防止柵に巻きついたそれを伝って、スルリと壁をよじ登る。下にいるこっちからスカートの中身が丸見えなのもお構いなしの、見事な脚捌きだ。
ちなみに水玉模様だった。そこだけ可愛いなオイ。
「その太刀筋に免じて、今日のところは退いてやろう。だが覚えておけ。いくら正統を名乗ったところで、貴様らにはこの校内に巣くう真の悪を滅ぼすことなど、決して出来はしないのだ! ふはははは──!」
最初から最後まで意味不明の口上を垂れ流して、ルナ=メリーは二階の窓から校舎に入り込んだ。
めっちゃパンティ見えてますよ。徹頭徹尾、風紀乱しっぱなしですよ委員長。
「水玉か」
え、おにーさん、格好いい顔してナニ言ってんの?
愕然としてお礼を言うのも忘れた私をよそに、舘屋さんは広げたズボンの腰から木刀をスルスルと裾の中に仕舞い込んで、何処かへと歩き去った。
足なげーなオイ。
でも膝が曲がってませんよ。動きがカクカクしてますよ。一人軍隊行進ですよ?
後には、終始、状況に振り回された私が、マットの上に取り残されたのだった。
お読みくださりありがとうござます!
以降の部分も修正はおおむね完了しておりますので、あまり間をおかずアップしてゆく予定です。
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