投げ箸! 刺し箸! 夫婦箸!! ~2日目の9~
すき焼き食うよ!
ひとしきり私が驚いた直後、さらに信じられないことが起こった。
箸の刺さった地面が急激にグニャリと波うつや、ズズズズと盛り上がり、そして──
「あ……ああ……ッ!」
悲鳴一歩手前の恐怖の喘ぎが、私の口から漏れる。
トンネルの暗闇の中に、人の形をした、でもそうじゃないものの影が、のたうつように揺れる。
あれは……昨日私を襲った、あのドロドロの怪物──!
「大丈夫。マコちゃんは、僕が守る」
言うなり、ナルくんはさらに数本の箸を抜き取る。
うきゃあ! と私は心の中で悲鳴を上げる。
あ、黄色い悲鳴の方な。
おかげで、怪物への恐怖心が半分以上吹っ飛んだ。
「ただ、ちょっと耳塞いでて」
「あ、はい」
言われるがままに、私は自分の耳を両手で固く塞ぐ
状況が状況なだけに、ナルくんに対してはもうイエスマンよ!
脱げと言われれば、人目もはばからず即座に脱ぐわ!
あ、でもこう耳を塞いでたら、ナルくんの命令聞けないジャン。
「我が……もの……をはばむ…………滅び……」
それでも、わずかな空気の振動を通して、私に背を向けたナルくんが小声で何かブツブツ言ってるのが分かる。
……ん? これ本当にナルくんの声か?
なんかアレだぞ? デス声……?
……え?
しかし、私が疑問に思った途端、その声はフッツリと途切れ、ナルくんはトンネルの中の恐ろしい影に向かって、箸を一本、二本と投げた。
そして、それらは見事にザックリ、ザックリと刺さった。
瞬間、影はますます激しくのたうち、やがてドロリ、と溶けた。
「もう、大丈夫。でも回り道していこうか」
「え? なに?」
「あ、もう耳塞がなくていいよ」
私に向かって、ナルくんは耳から手を放す仕種をする。
それで、私もようやく自分の耳を解放してやった。
「でね、回り道していこう。こっち」
そう言うなり、ナルくんは私の手を取って、トンネルとは別の方角に歩き始めた。
え? えええええ!?
ナニこのさり気なさ、ちょー素敵なんですけどキャー!
「……うん」
小躍りしたいのをググ~ッと堪えて、私はナルくんの手を強く握り、一緒に歩く。
あー、もうこのまま抱きつきたい!
人目もはばからず押し倒し押し倒されクンズホグレツニャンニャンしたーい!
年頃の女の子はアブナイ好奇心旺盛なんだぞー!
「マコちゃん、大丈夫?」
高架に沿って歩きながら、ナルくんが心配そうに声をかけてくる。
気づかない間に、私は「ハァハァ」荒い息を上げていた。
「ちょっと……昨日のこと、思い出してるだけ」
ごめん、超嘘。
ダメだこりゃ。これじゃ委員長と変わらない。
あの変態への不快感が同族嫌悪だなんて……やだ!
「さっきのお箸だけどね……」
出し抜けにナルくんが切り出した。
「古来から、漆には魔除けの力があるって言われてるんだ」
「漆……? そういえば、あれって結構いいお箸だったよね」
「うん。漆だけじゃなくて、お塩とか、油、それから銀とか……そういうものには降魔の力が籠もりやすいんだ」
塩……油……銀──鏡?
「それって、ナルくんが昼間に《ひゃっきん》で買ってた……」
「そう。あれは全部、僕ら《風雲風紀委員会》で使う武器になるものなんだ。五十川さんから聞いたと思うけど、僕らの役目は、この町を脅かす魔物の類を狩ること。そのためには、身の回りにある色んな物を武器にする技術も必要なんだ。闘う手段が多ければ、それだけ柔軟に対応出来るし、総合戦力も高くなる」
驚いた。ナルくんが珍しく饒舌になったかと思ったら、まさか戦術論を語り出すとは……
なんか……格闘技とか武器とかの話になると熱くなったりするよね、男の子って。
私、闘いとかはよく分かんないけど、でもナルくんの、そういう普通の男子なところが見えて、ちょっと嬉しいかな。
なんて思ってたら……
「まぁ、これは委員長の方針なんだけどね」
あの変態の受け売りかい!
どこまで私の前に立ちはだかりゃぁ気が済むんじゃ、アイツは!?
返せ! 私のホッコリ感を返せ!
「あの人、ボクがおにぎり食べようとするたびに言うんだよ。『それはいざというときの武器だ! ギリギリまで食うな!』って。流石にアレはどうかと思うけどね」
うん、どうかと思う! 米食文化に謝れ! 農家に謝れ!
一粒につき六柱の神様に謝れ!
もったいないオバケに食われてしまえ!
「それで、もう気づいてると思うけど……」
え? なに? 私が気づいてる?
もしや、ナルくんの気持ち? それならバッチリ──
「昨日、倒れてたマコちゃんを家に運んだって言ったでしょ。あれ、半分嘘。襲ったあいつを倒したの……ボクなんだ」
いやぁぁぁぁ、それ言っちゃわないで!
うん、気づいてたの。気づいてたけどね……
……認めたくなかったの!
無視してたの!
眼を背けてたの!
真実から!
だって、あのゲ□声がナルくんだなんて……!
ナルくんだなんてぇ────ッ!
思いっきり青ざめ、しょげ返る私。
しかし、ナルくんはそれに気づくこともなく、淡々と話し続ける。
「化学の授業で、イカの解剖をやったでしょ。あれはね、虻内先生が作った占いのひとつなんだ。箱を開けて、中のイカが赤くて新鮮なままだったら、その人に凶事が起こる前兆っていうね」
だーかーらー、なんでイカ!?
たしかにドンピシャで私、大災難に見舞われたから、虻内先生恐るべしなんだけど……全然、ありがたみが感じられないよ!?
「ボクが先生に頼んで、授業の内容を変えてもらったんだ。それで、マコちゃんが危ないって分かったから、抜け出したフリして、帰り道にあとをつけてたんだ」
私は何も言い返せなかった。
ナルくんに守ってもらっていたのが、凄く嬉しかった。
嬉しかったけど…………
やっぱゲ■声ショーック!!
そのまま私たちは帰り道を大きく迂回し、同じ高架下でも、片側二車線あって、トラックも通れて、お日様の光もいっぱい入り込む大通りの歩道に入った。
「うん。こういうところなら、あいつらも潜めない」
ナルくんの言葉が、私を安堵させる。
しかし、私はナルくんの手を放さなかった。
好きとか、安心感とか、「ハァハァ」とかのためじゃなく、そこで手を放したら、ナルくんがどこか遠いところへ、勝手に飛んでいってしまうような気がしたから。
そして、ゲ◇声だけの存在になってしまうような……そんな気がしたから。
……いや、どんな存在だよ。神の声ならぬゲ◆の声だけが、天から降ってくんのか?
──と自分で自分にツッコんでしまうが、本当にそう感じるのだからしょうがない。
そうして、私たちは手を繋いだまま、家の前まで帰り着いた。
「じゃあ、また明日ね」
そう言って、ナルくんの手がスルリと、私から離れた間だった。
「まーきこッ」
後ろから、男と女で見事にハミングした、やけに明るい声をかけられて、私たちは驚いて振り向いた。
「お母さん……ッ! お父さんも!?」
前カゴに食材を詰め込んだ自転車に跨った私の母親と、荷台に腰かけて母の腰に手を回す父親が、揃ってムカツクくらいの満面の笑みを浮かべていた。
いやいや、いい年こいて自転車でニケツすんなッ!
──ッていうか逆だろ普通!
それから、ウチの両親とナルくんとの間に「久しぶり」の挨拶が交わされて、塵の積もるような積もらんような小話が始まり、「晩ご飯食べていきなさい」への流れるような合わせ技が畳み掛けられるのに、さして時間はかからなかった。
「そうかー。ご両親が揃って外国に出張ねぇ。きみも大変だなぁ」
気がつけば、テーブルを囲んで、四人の晩餐が始まってしまっていた。
しかも、スキヤキだ。
豪勢だなおい。今日、なんかあったのか?
「ふふふ……その顔は、『豪勢だな。今日、なんかあったのか?』って顔だな」
父さんが私の心を一言半句違わず完全に読み通す。
この人はときどきこういうことをやるから、年頃の娘としてはマジで冗談じゃない。
そのくせ、転校続きの私の憂鬱は総スルーだ。まったく大人というのは都合が良い。
だから、真正面から言われたにもかかわらず、私は聞こえなかったフリをして、生卵を絡めた肉を口に入れた。
うん、美味い。高い肉買ったなぁ、母さん。
ホント、今日はなんの日? ふっふ~ん?
「それで……あなたたち、どこまで進んだのかしら?」
中途に噛んだ肉もろとも、盛大に噴いた。
全部、父さんにかかった。気ーにしーない~♪
──ッて、いやいや! ナルくんを前にして言うことか、それ!?
「やですよ、おばさん。ボクら昨日、久しぶりに逢ったばかりなのに」
至極平然と話に絡まないでよナルくん!
絡むのはお肉と生卵で充分だよ!
「でも、手を繋いで町中を歩くくらいなら、もう結構イってるんじゃないのか?」
親父も言葉を慎め!
……て、え……? この人たち、どっから私らを見てたの?
「もう、お母さんビックリしたわぁ。買い物に行ったら、真希子が引っ越し二日目にして男の子と手を繋いでるんだもの。しかも、よく見たら、昔仲良くしてたナルくんじゃない。矢も楯もたまらずお父さん迎えに行って、二人でスキヤキの具材買いに走ったわよ」
それでスキヤキかよ!
そんなことで出すな! 恥ずかしいわ!
しかも、父さんの職場、二駅隣だよね? チャリで迎えに行って、買い物して、それで私らに追い着いたんかい!?
気合い入りすぎじゃ!
「お二人とも、相変わらずお元気で、仲がいいですね」
ナルくんもニコニコしながら、肉に野菜にと箸を付けてゆく。
なんだ、ちゃんとお菓子以外も食べられるんだ。
それとも、うちのスキヤキは砂糖を多めに入れるから?
しかしながら、その笑顔が完璧な作り笑いであるのは、明らかだ……と思う。
「はい、お父さん、あーん」
「あーん」
ええい、客人の前でイチャイチャすんな万年新婚夫婦!
「あら? 真希子もナルくんにやってあげないの?」
うるせぇ!
顔から火が出るほどの恥ずかしさのあまり、結局、私の食はなかなか進まなかった。




