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飯うま? 降魔? 暴れ馬? ~2日目の7~

アブナイ先生再登場


「ど……どうなってんの?」


 茫然ぼうぜんとして眺めている間にも、ナルくんはお菓子を頬張り、委員長は醤油もつけずに刺身を口に放り込み、綾さんはシャリシャリシャリシャリと音を上げながら、猛烈なスピードでリンゴを削って……いやかじってゆく。

 悪夢のようなランチだ。名づけて『悪夢の毒々ランチ』。いや、毒はねぇか。いやいや食べすぎたら毒だよ、なんでも。

 血糖値を上げて落ち着くつもりが、私の頭はもはやパニック寸前。言い方を変えると、もう少しで発狂してしまうー!


「ひどい偏食でしょ、みんな」


 五十川さんが横から声をかけてくれた。

 いや、偏食というレベルかこれ? 一人、明らかに食性がヒトじゃねぇぞ?


「でも許してね。この偏った食欲を満たさないと、みんな力を発揮出来ないのよ」


「力?」


「そう。私たちにはね、他の人にはない力があるの。私たちは、それを〈降魔(ごうま)の力〉って呼んでるわ」


「ゴーマ……?」


「魔を降す、で降魔。ありていに言うと、悪霊を払うための霊能力みたいなものね。私たち《風雲風紀委員会》の仕事はね、その力を使って、この町を脅かす、あらゆる魔の類を殺すことなの」


 ぞくッ…………昨日の夕方のことを思い出して、私は背筋を凍らせた。

 魔の類──たしかに、あのとき見た異様なアレは、そう呼ぶ以外に名付けようがない。

 だとしたら、あのとき私を助けてくれたゲ□声も、この中の誰かなのだろうか。

 ナルくん?

 いや、でもあの声は、あたかも緑なす春の草原を吹き抜ける、爽やかで温かみのある風のように清涼なナルくんのそれとは、似ても似つかない。

 ていうか、そうだったら絶対に、嫌!


「その……五十川さんたちみたいな人って、他にもたくさんいるの?」


「魔の類を殺すのを生業にしてる、ってこと? あまり数は多くないわね。魔による大事件自体が珍しいし、起こっても、たいていは力を持った人が、一人か二人、一時的に派遣されて終わるわ」


「五十川さんも、そうなの?」


「いいえ、私たちは例外。多分、ここを卒業しても、ずっとこの町にいるでしょうね」


「ずっと?」


「ここはね、異常よ」


 人の生まれ故郷になんてこと言うんだい。


「そもそも捨拭市すてぶきしは、古来より何度も大きな合戦の舞台になって、数え切れないほどの血と死体と、無念の魂を吸ってきたの。そのせいで、今では陰の気が充満して、市全体を覆い尽くしているわ。とくに戦小町おののこまちは市の中心から北東、つまり鬼門に位置していて、他の土地からも邪気を集める、ブラックホールみたいになってしまっているの」


「そんな……!」


 知らなかった。私の生まれ故郷に、そんな恐ろしい秘密があったなんて。

 ──はッ! 北東? 鬼門?

 まさか──!


「もしかして……この牛虎高校って……!」


「気づいたようね」


 五十川さんが眼鏡のツルに指を当てて、ズレを直す。

 レンズがキラリと光った。

 うわ眩しい――じゃない、怪しい。

 ……あれ? 今、曇り空だぞ。なんで眼鏡が光るんだ?


「ああ、これ? ツルのここを押すと、内蔵されている超小型ライトでレンズが光るの」


 言いながら五十川さんはチカチカとレンズを明滅させる。

 その機能に何の意味があるの!?

 しかも、私なにも訊いてないのに説明したよね!? ツッコんで欲しいの!?


「《ひゃっきん》で二九八〇円よ」


 また《ひゃっきん》かよ! あそこはド○キ・ホーテか!?

 ていうか、マジで訊いてないから私! どうでもいいから!

 はよ本題に戻れ!


「つまり……校名が示すように、牛虎とはうしとら──すなわち鬼門の方角。この高校そのものが鬼門の中心に建てられているの」


「そんな……一体、なんのために?」


「この町の陰の気を、少しでも抑え込むためよ。発案者は最中田校長先生。学校という、若さと夢と希望、つまり陽の気を蓄え込む建造物を中心地に建てることで、鬼門から発せられる陰の気を相殺しようとしたの。さらには生徒のなかに私達のような強い降魔の力を持つ者を潜り込ませておけば、鬼門に導かれて湧いて出る魔の類を、いち早く察知して殲滅することが出来るしね」


 へぇー、あのなんか頼りなさげな校長先生がねぇ。

 この風紀委員会の創始者だって変態女が言ってたけど、まさか高校の設立から関わってたなんてねぇ。すごいね校長先生ー。

 ──ッて、なるかぁ!

 よく考えたら、これって子供を盾にしてるのと同じじゃん!

 一番守られるべき未来ある子供達が最前線にいるじゃん!

 私ら陰の気にジャンジャンさらされまくりじゃん!

 やべえジャン! ケイジャン! ジャン・バルジャン!?

 ああああ、やばいのは私の頭の方だ。

 くそッ、これも陰の気の影響か。きっとそうだ……! そうに違いない!


「それで、なんの話をしてたっけ……そうそう、食べものの話ね。私たちのような〈降魔の力〉をもって生まれた人間には、同時に、自分ではどうすることも出来ない習性があってね。それが、常軌をいっした偏食なの」


 なんでそうなるのッ!?

 設定がバグってない!?


「見ての通り、名瀬羽くんの場合は糖類。都倉委員長は生の魚介類。綾ちゃんはリンゴ。そしてスズちゃんは生肉。食となると、みんな眼の色を変えるわ」


「ひどいなー、あたしは貪り食ってるスズちゃんとか名瀬羽くんとは違うよー」


 私たちの会話を聞いていた綾さんが、抗議の声を上げた。


「あたしはちゃんと、〈ジョナゴールド〉をおかずに〈さんふじ〉を食べて、〈王林〉はデザートに取ってるもん」


 なにが「ちゃんと」だ! 関係ないわ!


「……ちょっと待って、『私たち』って言ったよね。五十川さんもそうなの?」


「そう……私の場合は、これ」


 そう言う五十川さんの手には、パック詰めのイカ天、イカリング、剣先スルメ、そして串に刺さった大きなイカ焼きが握られていた。

 なんてイカ祭り!


「イカちゃんの渾名は、伊達じゃなくってよ!」


 そんな大見得切らなくていいじゃなイカ!


「はッ、まさか昨日、化学の授業で捌いたイカって……!」


「ええ。私と委員長で、美味しくいただいたわ! あと、カコウさんも!」


 なんのための授業だ!?

 こちとら、お前らの腹ぁ満たすために学校来てんじゃねぇよ!


「あれ? でも、カコウさんって、私と同じお弁当……」


「ええ。稀多さんを除けば、カコウさんだけが〈降魔の力〉を持っていないわ。彼女には、必要ないでしょうけどね」


 そうか……違うんだ、彼女。

 今まで恐いとばかり思っていたカコウさんに、不思議な親近感を覚える私だった。

 ──と、次の瞬間、お弁当の匂いに誘われて飛んできたであろう一匹の蝿を、カコウさんが割り箸で摘み捕った。

 前言撤回! あんたやっぱ人間じゃねぇよ!

 ふと、ビニール袋の中に残った、巨大なケチャップのボトルが眼に入った。

 それが誰の昼飯か気づいても、私にはもう、心の中でツッコむ気力もなかった。



 昼御飯のあと、私達は体育館に場所を移した。


「調べられていないのはここだけです、委員長」


 五十川さんが鍵で扉を開けながら言う。

 私とナルくんが買い物をして、変態コンビがパチンコ打ってる最中に、五十川さんと伊深さんの二人は校内を隈無くまなく調査していたのだそうだ。

 なんの調査かなんて、私が知るわけもない。


「虻内の話では、校内に一匹は確実に潜んでいるということだったな。なら、間違いなくここというわけだ」


 委員長が銃を構える。

 やめろぉ! 白昼堂々、誰を撃ち殺す気だ!?


「これでガセだったら、この一発は虻内のケツの穴にぶち込んでやるとしよう」


 あ、それならオッケー。ガセでありますように。

 ていうか、さっき屋上から落ちたのに、やっぱ死んでねぇのかよあの痴漢。


「ふっふっふ、痔にもだえる奴の姿が眼に浮かぶわ」


 痔で済むのかよ!


「あたし特製の炸裂弾があるけど使うー? 弾頭の中に、病原性大腸菌を三〇億匹くらい詰めてんの」


 乗っかんな綾!

 ていうか、なんちゅう危ないもん作ってんだ!?

 もう、それ細菌兵器だから! ジュネーブ議定書に反してるから!

 そうこうしてるうちに、五十川さんが鉄扉の取っ手に指をかけ、伊深さんと二人で、突入間際の特殊部隊員のような姿勢になる。


「スズちゃん、準備いい?」


「いつでもいいよ、イカちゃん」


 伊深さんがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 え、なに? この危ないモード。伊深さんてこんな人だっけ?

 その手にはかなりガッチリした木刀が握られている。土産物屋で千円で売ってるようなやつでなく、刀身に意匠まで彫り込まれた逸品だ。

 五十川さんが扉をガラガラと開き、その隙間に伊深さんが飛び込んだ。


「チュン、続け」


 さらに委員長、カコウさんが突入してゆく。


「名瀬羽くんは行かないの?」


「あの三人がいたら大丈夫だよ」


 外には五十川さん、綾さん、そしてナルくんと私が残った。


「うゎりゃー! どぅおりゃー!」


 突然、中からとんでもない怒号と、ドカンバタンという馬でも暴れているような音が響いてきた。

 ……え? これってひょっとして伊深さんの声?


「アィヤァ! ホアッタァ!」


 こ……この怪鳥音は、カコウさん!?


「ふははは足掻あがけ! あえげ! 悶えろ! け! そしてイけ! 私の大口径を前に、羞恥の飛沫をほとばしらせながら、快楽の絶頂へと昇天するがいい!」


 あ、これは変態委員長だ。分かりやすいなぁー。

 そして、そんなこんなで三人分の奇声が上がるや────


「う──ッ!?」


 扉の奥から、鼻がねじれモゲひん曲がろうかという悪臭が漂ってきた。

 忘れもしない。昨日の帰り道のトンネルで正体不明の怪物に襲われたとき、私の清純でか弱い乙女マインドを一撃で暗黒の彼方に葬り去った、あの禍々しい臭いだ。

 なに? 何故?

 あの化け物がここにいるの?

 よりによって学校の体育館に?

 幸い、臭いがそこまできつくはなかったおかげで、今回は気を失うまでには到らない。

 だが…………昼のお弁当が胃から飛び出しそう!

 私はきびすを返し、走ってその場から逃げ出した。

 やばい。

 これはヤバイ!

 しかし、吐くわけにはいかない!

 せっかくの高級丸の内弁当が無駄になる!

 渡り廊下を突っ切り、校舎を抜け、上履きのまま校庭にまで飛び出して、ようやく新鮮な空気を感じられたところで、私は思いっきり深呼吸を繰り返す。

 スーハースーハーヒッヒッヒフー……

 スーハースーハーヒッヒッヒフー……ヒッヒッフー…………

 あー、これがホントにラマーズ法の実践中とかだったらいいのにー。

 吐き気もつわりとかだったらいいのにー……よくないけど。

 いやいや、しかし考えてもみなよ? これでナルくんの子を妊娠してるとかだったら、キャッホーイだよ? ヒーハーだよ?

 私もう十六歳とっくに超えてるよ、結婚妊娠合法適齢期真っ盛りの大発情期(サカりまくり)だよ!

 どっからでも掛かって来やがれ! 母胎は若い方がいいんだぞー!

 あれ? もしかしてホントにつわり?

 私、孕みました? いつの間に?

 ──は、まさか昨日!?

 ナルくんったら、私を自分の家に運んだあと、気絶してるのをいいことに一発しっぽりズッポリどっぷり!?

 きゃー、意外と野獣!

 でも、そんな堕天使なナルくんも大す────


「マコちゃん、大丈夫?」


 ぎゃー! ナルくん、ついてこないでぇー!

 ごめんなさいごめんなさい、ナルくんで卑猥な夢見まくってごめんなさい!

 ぐっは、やべぇ……! 意識が現実に帰った途端に吐き気が逆襲してきやがった!

 『帝○の逆襲』ならぬ『ゲー吐くの逆襲』だよ!

 くっそー耐えろ、私!

 愛する人の目の前でゲロ吐いて溜まるかぁー!

 恋する乙女の底力(フォース)、今こそ目ー覚ーめーよー!


「うん、ごめん。ちょっとビックリしちゃって」


 よっしゃー、初夏の青空差し込む縁側で風に揺られて静かに鳴る風鈴の如き涼しげな笑顔、百点満点ー!


「無理しなくていいよ。ボクたちはこっちにいよっか」


 ですよねー。バレてますよねー。ぐすん。

 ナルくんに気を使わせてしまった……乙女失格…………


「でも……ナルくん。向こう、手伝わなくていいの?」


「みんないるから大丈夫だよ。それに、マコちゃんと練習もしたいし」


 練習? 私とナルくんの練習ってなに?

 …………は!

 やだ、そんな……練習だなんて……いいのよ、ブッツケ本番で……!

 それともナルくん、いざというときに緊張しないように?

 そうね、私の方もガチガチになっちゃったら悪いし。

 でも、さすがに外ではちょっと、せめて保健室のベッドとかで────


「水は入れといたから」


 そう言いながら、ナルくんがそれを差し出してきた。

 チャラララ~ン♪ みずてっぽーぅ。

 ……やめよう。妙なSEを入れるだけ虚しい。

 とにかく、午前中に《一〇八の煩悩火》で買った、あの水鉄砲だ。

 ……ん? 《一〇一匹の犬日和》だっけ? まぁ、なんでもいいや。


「これに当たるように頑張って」


 そして私の目の前に、ベニヤ板でできた立て札のようなものが立てられた。

 表面には、中央から赤、黄、黒に色分けされた三重丸が書かれている。

 これは……射的の的?

 ええー、水鉄砲撃つ練習ぅー?


「色がベルギー国旗みたいになってるのは気にしないで。とくに意味はないから」


 うん……全然気にしてない。

 ていうか、言われるまで気づかなかった。つーかドイツ国旗じゃないんだ。


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