休憩? 死刑!? 肉食系!? ~2日目の6~
楽しいお食事回です
*
力強い背中に負われているのを感じた。
ああ、そうか。ナルくんが……
私は気を失っていたらしい。
我ながら無理もない。トンデモナイものを見てしまったものだ。
血を吐いて死んだ舘屋さん。
委員長に塞がれた私の唇。
リアル○ヒゲ……
もう何もかもが突然で、鮮烈で、凄惨で、おぞましく、馬鹿馬鹿しい。
お願い、夢なら醒めて。いや、でも、ナルくんに背負われているのだけは、醒めないで。
ああ、現実って、なんて複雑なの…………
とりあえず、夢だろうがなんだろうが、これはチャンスだ。
私はさり気なく、ナルくんの肩に掛けていた手をススッと下に伸ばし、背後から抱きしめるように……
……ムニッ、と、大きくてふくよかな膨らみを包み込んだ。
「わぁぁあー!?」
その瞬間、私の世界は縦一回転を起こしていた。
なんかデジャブ!
しかし今回はマットの救済もなく、私は硬い地面に背中から叩きつけられた。
痛ぇ! 吐く!
いや死ぬ……! マジで死んじゃう!
しかし、身悶えする間もなく、顔面に拳が突きつけられた。
「揉んだな。死ね」
げえッ、カコウさん!? ナルくんに背負われてると思ってたの自体が夢だったんかい!
あー現実ってなんて複雑怪奇理不尽!
「いや、待って、タンマ! ワザとじゃない、事故なんです! 許して!」
「触った奴は皆そう言う。だから、全員、許さないことにしている」
ギャー! 弁明の余地がゼロどころかマイナス!
ていうか、んなデケェ乳して何言ってンだアンタ! 満員電車乗ったらどうなるんだ!? その気ない人が片っ端からボコられるぞ!
いや、それよりか、これは死んだ! マジで死んだぁッ!
「カコウさん、待って」
きゃー、ナルくん助けてー!
「名瀬羽。庇うなら、お前も殺す」
「なら、ボクから殺してもらおうかな──出来るもんなら」
ギロリ、と背後を睨むカコウさん。
その左眼が、サァッと真紅に変わった。
うぇぇえ!? カラコンじゃなかったの!? どんな眼ン玉だよそれ!?
しかも、なに、この突然のバトルムード!?
もう、すべてが唐突、かつ予想外! 今さらだけど!
「チュン、許してやれ」
お前は来んな! 話がこじれる!
「……ちッ」
と思いきや、カコウさんはあっさり拳を納めた。
ホント、委員長にはイエスマンだな、この人。
ともあれ、助かったぁ……!
「マコちゃん。ケガない?」
え? 毛がない? 私、ハゲになっちゃった?
あ、ダメだ。頭が混乱してる。
「うん、ごめんね。私、さっきから迷惑ばっかり……」
ナルくんに手を握って貰って、私は立ち上がった。
うーん、やっぱ少しフラつく。背中痛い。
あれ? 空が広い。
ここは学校の屋上?
「迷惑なんて。マコちゃんなら、ボク、気にしない」
え、なに? さり気に鼻血噴くような科白言われた気がする。もう一回言って!
あ、これ、さっきも同じことが……くっそー、聞き逃してばっか!
「気をつけるのだな、タマキ○」
うるせぇ! タマキ○言うな!
「あ、えっと、助かりました。ありがとうございます。でも、もうその呼び方──」
「なぜ助けたかだと? それは、私が貴様のことを、少し気に入ったからだ」
話聞けや! んなこと誰も訊いてねぇ!
気に入るな!
大! 迷! 惑! だァーッ!!(拳を上に突き上げて)
「だが、貸しは一つだ。いずれ、返してもらう」
絶対にヤラしいことで返させようとしてるよこいつ……
「なに。武働きが無理でも、身体で払う方法はいくらでもある」
やっぱナニさせる気かー! ちょっとは予想を裏切ってくれー!
嫌だー!
「ちッ」
なんでそこで舌打ちするカコウさん!?
──ッて今度は緑色だよ! 一体、何色あんだよ左眼!?
「なんだ、チュン。焼き討ちか? デラシネか? フフ……可愛いやつめ」
焼き餅! ジェラシー! 英語まで残念なんかこいつは!?
ムスッと拗ねたようにそっぽを向くカコウさんを、委員長が後ろから抱きしめる。
「私があんな乳無しに乗り換えるとでも思うのか? 思うまい。アイツは所詮、玩具に過ぎん。私が愛しているのはお前だけだ」
悪かったな乳無しで! いや、むしろ助かったわ! ふん! ……ぐすん。
──ッて! だから公然と乳を揉むな!
「だが、一度、味見してみたい小娘ではあるな。一緒にどうだ?」
マジで殺したろか鬼畜痴女! 人の操をなんだと思ってんだ!?
「大丈夫……マコちゃんの貞操は、ボクが守るから」
な、ナルくんッ! やった! 今度は聞き逃さなかった!
その言葉を待ってたわ! お願い、守って!
いいえ、むしろ……奪ってぇ!
「ありがとうナルくんッ! だ──」
思わず「大好き!」と叫んで抱きつこうとした瞬間だった。
「飯だぞー」
昇降口の扉を開け放って、空気を読まないモジャモジャ眼鏡が現れた。
「はッ!? おのれ都倉! チュンは俺のもんだー!」
いきなり手に提げてたビニール袋を放り出すと、委員長たちへ突進する。
そして委員長の華麗な巴投げと、カコウさんの旋風脚という超絶コンビネーションを喰らって、転落防止用フェンスの彼方と消えていった。
フェンス意味ねぇー。
悲鳴が遠ざかってゆき、ゴッ、という鈍い音が、下の方から小さく聞こえた。
えーっと、この校舎って三階建てだよね。
まいっか、虻内先生だし。
「安心しろ。あの程度で死ぬタマではない。いえーぃ」
委員長が言いながら、「いえーぃ」でカコウさんとハイタッチした。
変なトコ可愛いな、お前ら。
──ッていやいや、安心出来るわけないだろ!
なんであれで死なねぇんだよ!? ていうかアレは死んでいい!
舘屋さんが死んで、あの痴漢が生きてていい道理がねえ!
「もっとも、アイツのタマタマの方は、すでに死んだも同然。かつて私が斬り落としたのだからな。いっえー──隙ありッ」
再びハイタッチ、と見せかけて、委員長は両手を挙げたカコウさんに抱きつき、大きな胸に顔を埋めた。
な、なにぃ!? あのモジャモジャ、タマなしだったモジャか!? ビックリモジャ!
あああ……ダメだ私、もう頭がこんがらがってモジャ。
とりあえず、お前らはイチャイチャすんな! 鬱陶しい! ムキーッ!
「あ、みんな、お帰りなさい」
すると、ちょうど三人娘も屋上へ上がってきた。
「お腹空いたわ」
「あっれー? 袋だけある。虻内は? ま、いっか。ごはんごはーん」
ともあれ、それから私を含む、《風雲風紀委員会》七人での、青空昼食会が始まった。
「七人か……まるで七人のハラキリだな」
サ・ム・ラ・イッ!! 勝手に集団自殺させんな!
あー、朝から脳内でツッコミばかり入れているせいか、頭がフラフラしてきた。
血糖値が腹這いして匍匐前進してる。
糖分を……私の脳に、早くエネルギーを。
どうでもいいが匍匐と葡萄は字が似ている。
葡萄前進! ……なんか地面にこすれてブチブチ潰れていきそう。もったいねぇ。
どうでもいい話だった。
「はい、これ稀多さんのね」
そう言って、虻内先生の持ってきた袋の中から五十川さんが渡してくれたのは、なんと、高級幕の内弁当だった。
やっほー! なんか無理矢理の成り行きでついてきただけだけなのに、こんなの貰っていいの!? 今日、初めて得した気分!
「はいカコウさん」
「ん」
私と同じのが、カコウさんにも渡される。
あれ、幕の内は私たちだけ?
「はい、名瀬羽くん」
五十川さんが板チョコ三枚と、マシュマロ一袋と、どら焼き二つと、クッキー一缶を取り出して、ナルくんに手渡した。
――ッて、オイー! 糖分がバーストしてるー!
「ちょッ、ナルくん!? それ、お昼ごはん!? ダメだよ、そんなのッ!」
思わず声を荒らげてしまった。ナルくんがビックリして眼を点にしている。
「あ、えっと、これは……」
「稀多さん。仕方ないのよ、名瀬羽くんは。それに、彼だけじゃないわ」
言い淀むナルくんに代わって、五十川さんが言った。
仕方がない? ナルくんだけじゃない? どういうこと?
「はい。委員長」
続いて五十川さんが委員長に渡したのは、特大の刺身盛、四パック。
殿様か、お前ー!?
「大儀である。下がってよい」
うるせえ! 言ってる(?)そばから殿様喋りすんな!
「綾ちゃん」
「サンキューベリーマッチョメーン!」
下らないダジャレを飛ばしながら、綾さんが受け取ったのは、リンゴだった。
それも多いッ! 十個はあるぞ! 全部、そのチッコイ腹に収まんのか!?
「スズちゃん」
「ありがと」
スズちゃんこと伊深さんには、お肉のパックが三つ渡された。
――ッてそれ、生肉!? え、まさか──!?
「もう我慢出来ないッ! いただきまーす!」
パックを引き裂いて、伊深さんが生々しく赤々しいステーキ肉にかぶりついた。
ぎゃー! ライオンかお前はー! お腹壊すよー!?
「あ、牛レバもある。嬉しッ」
やめろぉーッ!




