買い物? 得物? 不埒者! ~2日目の4~
お買い物回。どういう回や。
「ごめん。結局、巻き込んじゃったね」
階段を降り、校舎の昇降口を出たところで、ナルくんが言った。
「ううん。私が悪いの。ナルくんに、関わるなって言われたのに、ついてきたから」
正門に向かって並んで歩きながら、私は自分への情けなさと、ナルくんへの申し訳なさで胸がオッパ……じゃない、いっぱいだった。
クソ……あの変態委員長と乳カコウの毒気に当てられたか。
乳カコウって言うとチチカカ湖みたいだ。いや、どうでもいいわ。
「仕方ないね。こうなった以上、ボクから離れないで。マコちゃんはボクが守る」
…………え?
今、なんて言った? まともに聞いたら鼻血噴きそうなこと言われた気がするぞ!
なんてこった! エロコンビに悪態ついてたせいで、まるっと聞き逃しちゃった!
くっそー! お願い、もう一回言って! 鼻血噴かさせてー!
しかし、「大事なことだから」なんて二度言ってくれるわけもなく、話を聞いてないと思われたくない私も、「え? なんて?」と訊けるわけもない。
ただ沈黙と一緒に、私たちは通用門をくぐって学校から出た。
「あれ? これ、施錠されてた……よね?」
ハッとして、ナルくんの閉めた門をもう一度開けようとしてみる。
来たときのように、鉄の門はガタガタ言うばかりだ。
オートロックが付いてるようには見えない。
「不思議だよねー」
なんでもかんでも、それで有耶無耶にしないでー!
しかし、突っ込んで訊ける私でもない。
「あ……うん。ところで、さ。《風雲風紀委員会》って結局、何やってる委員会なの?」
「ごめん。その話、学校の外ではやめて」
思わぬナルくんの拒絶に、私はビクッと身体を震わせた。
「どこから、誰が聞いてるかわからないし、さ」
ああ。そういうことか。わかった。
恥ずかしいのね、ナルくんも!
超・納・得!
私は微笑を浮かべて、コクッと頷いた。
「じゃ、さ。せめて教えて。これから、どこに行くの」
「うん。とりあえずはひゃっきんだね」
ひゃっきん?
ああ、百均──百円ショップね。
あの委員長のアマ、装備の調達とか言ってたけど、まさか玩具の剣とかパーティグッズでも買う気じゃねぇだろな。
それから歩くこと五分、私たちは戦小町で唯一の商店街、《得夢ストリート》に着いた。
昨今では地方の商店街などシャッターだらけになっているというが、昔懐かしいアーケードは、今でもそこそこの賑わいを見せている。
故郷がまだ寂れていないことに、私はホッと胸を撫で下ろした。
……のも束の間。
「ああ。ここ、ここ」
ナルくんが目的のお店を指さす。
──《一〇三日の金曜日》。
なんだこりゃ!?
しかもデカい。商店街の一角を占領してるぞ?
「え? これ……何?」
「何って、《一〇三日の金曜日》……略して《ひゃっきん》。知らない?」
知るわけがない。なにその紛らわしい略しかた。
「そっかー、全国チェーンじゃなかったんだ。まぁ、けっこう品揃えのいいホームセンターだよ。スーパーも併設してるしね」
百円ショップですらないのかよ。
愕然とする私を尻目に、ナルくんは店の中へと入ってゆく。
慌てて私もそれを追った。
「えーっと、これと……これとー」
店内をズンズン歩きながら、ナルくんは手に提げたカゴに、商品をバカスカ放り込んでゆく。
『ステンレス製ステーキナイフ 5本セット』
『高級漆箸 十膳入り』
『業務用食塩 2kg』
『オリーブオイル(エクストラヴァージン)・1L』etc……
なんだなんだ? 本当にパーティでもする気か?
「うーん……どれにしよっかな」
と思ったら、いきなり玩具コーナーで水鉄砲を選び始めたよ。
しかも、かなり真剣だよ。
「マコちゃん、どれがいい?」
……訊かないでよ。
「えーっと……よくわかんなーい」
言っておくが、断じてブリっ娘やってるわけではない。
本当に意味がわからないのだ。
「そう。じゃ、ボクが選ぶね」
「うん。ナルくんが選んでくれたのなら、なんでもいいよ」
もう一度言うぞ。ブリっ娘じゃない。
「じゃぁ、これ」
そう言ってナルくんが手に取ったのは、コンパクトながら、なにやら特撮ヒーローが持ってそうな、強烈なデザインのものだった。
「これならマコちゃんにも使いやすいよ」
え、やっぱ、それ私が持つの……?
「そ、そうなの? ありがと」
それからナルくんはさらに、大きめの鏡を何枚かカゴに入れて、ようやくレジに並んだ。
「これ、何に使うの?」
店を出ると、水鉄砲や箸といった軽い物の入った袋を覗き込み、私は訊ねた。
「うーん、なんて言おうか……」
ナルくんが言い淀んだその時、背後から声をかけられた。
「ナサニエル! タマキ○!」
この往来で、その言葉を叫ぶか、お前は!?
振り向くと、委員長が大きなテディベアを抱えて、こちらに歩いてくる。
に……似合わねぇ! 隣に侍ってるカコウさんが持ってた方が、何倍もマシだ!
そのカコウさんはといえば、両手にプラスチックの箱を抱えている。中には銀色のパチンコ玉がぎっしり……
──ッてなんでだ!? こいつらパチンコ行ってたんかい! 未成年だろうが!
しかもその玉、外に持って出たらダメだろが!
「……なんですか、それ?」
「クマちゃん」
そっちじゃねぇよ!
あとお前が「クマちゃん」とか言うな! 気色悪い!
「じゃなくて、カコウさんの持ってる……」
「チ○コ玉」
「パ」を付けろぉぉッ!
「どこをほっつき歩いてた、貴様ら。ナサニエル。貴様がおらんから、無駄に時間がかかったではないか」
「えー。嫌ですよ、面倒くさい。ボク、パチンコ屋って騒々しくて嫌いです」
え? ナルくん、委員長の居場所わかってて、わざと別行動したの?
ていうか、嫌いとかどうとかじゃなくて、入っちゃダメだかんね。
あ、委員長から見えないトコで、カコウさんがうんうん頷いてる。
あれ? 今度は左眼も鳶色になって、もう虹彩異色症じゃなくなってる。
ホントどうなってんだ、この人は?
「それで、私の命令を無視して、二人で不純異性交遊か? 汚らわしい!」
お前にだけは言われとうないわ!
だいたい、不純異性交遊してねぇし!
「サボってませんよ、買い物してました。ほらこれ」
ナルくんが塩やら油やらの入った袋を差し出す。
すると、委員長もカコウさんも意外そうに眼を丸くした。
「ほう……貴様が?」
「ボクにも扱える物ばかりですけどね」
「ふむ……おい、タマキ○の袋のそれは、水鉄砲か?」
あー、なぜだろう。この人がなんか言うと、袋とか水鉄砲ですら卑猥な単語にしか聞こえない。
ていうか、そろそろ「その呼び方やめろ!」って叫ぶべきだよね。
知らない人が聞いたら、私、玉付き女だと間違えられるよね。軽い事故だよね。
これがホントの玉付き事故。
そうこう悩んでいるうちに、ツカツカと寄ってきた委員長が、私の袋に手を突っ込んだ。
そしてナルくんの選んでくれた水鉄砲を手に取り、まじまじと観察し始める。
「電動エアーポンプ内蔵、五〇〇ミリリットルの水で一〇発、速射可能、ペットボトルと互換製のある水タンク……随分な逸品を選んだものだ。タマキ○のチョイスか?」
「いえ、ナルくんが。あと、その呼び方やめ──」
「ナサニエル。貴様がこうまで積極的になるとはな。エクスカリバーでも降るのではないか?」
最後まで聞けや!
あとエクスカリバーが降るってなんだよ!? 鎗にとどめとけよ! ナルくんを馬鹿にし過ぎだよ!
──と思った瞬間だった。
「ひいぃぃぃッ!?」
私は悲鳴を上げて、へたり込んだ。
私たちの周囲に、何十本もの剣が降り注ぎ、ズガズガズガッとアスファルトの路面に突き刺さったのだ。
それらの柄には、字の書かれた紙が貼られている。
ちょっと汚い字で……『エクスカリバー』。