百日紅
百日紅の赤に惹かれて、探索する二人。
利明と光晴。巡るうちに深い世界へと入り込む。
二人は百日紅の舞い散る中で真実へと近付こうとする。
『調べる』
今の世は便利なもんで、そりゃもう無い世界が想像できない程に物に溢れて。欲しい物有れば何も何時も手に入る。まあその初期動作として皆がやる事。『検索』つまりは調べる。
調べれば知りたかった事を知ることができる。大変に便利である。そんなに便利であれば今の世の中は全てを知ることが出来るのか?否。それは不可能なのである。
何故かって?それは僕らが人間だからですよ。人間ってのは曖昧で不確かでいい加減なものなんですよ。それが楽しいんですけどね。だって知らない事があっても一歩も動かずに『検索』して知ってしまえばそれで終わり。それじゃあ余りにも色気が無いでしょう。不思議なものに出逢い、調べ探すうちに次の不思議に出逢い常に冒険を繰り返すそんな人生って素敵だと思いませんか?
そんな不思議なものに出会すと居ても立ってもいられない、光晴って男が居りまして。それと俺『利明』はある日の夕方コーヒーなんて飲みながら話しでもしていた処です。
「なあ、光晴あの花は知ってるかい?」
と俺は光晴の斜め前に在るツルツルとした幹肌の木の枝分かれした先に在る赤い花を指差した。光晴はバカにするなよ。とばかりに
「サルスベリじゃねーか。それがどうしたんだよ?」
と俺に即答した。俺はコーヒーをズズッと啜りながら
「そうサルスベリ『百日紅』と書いてサルスベリな訳で『百日』つまりは長い間に赤い花を咲かせる事からその名が付いて。ツルツルとした幹肌が猿でも登ろうとすれば滑り落ちそうな所からサルスベリと呼ばれている訳でさ」
そう言う俺に光晴は同じくコーヒーを啜りながら
「お前の好きな蘊蓄は良いとして、俺に話すって事は有るんだろ?続きが?不思議な事が」
俺はコーヒーカップを置いてニヤリと笑い
「察しが良い事で。お前が言う通りに続きが有ってサルスベリ『百日紅』と言われはするがピンクや白の花も多くてね。ここから少し離れた公園に沢山のサルスベリが植えられて居るがちょいと見に行かないかい?」
夏の夕方まだ青々とした夕方に俺と光晴はコーヒーカップを置いて少し離れた公園までサルスベリを見に行く事にした。ネット検索すれば見れるのだが。匂いや空気、それに距離感なんかはその場で見ないとと意見が合い出掛けた。
公園に着くと淡く赤みがかった空気の中に咲いているサルスベリはピンクや白の花びらを咲いては散らし、咲いては散らしを繰り返した様に真砂土の上を反物生地の風合いに染めていた。
「壱、弐、参、肆、伍、陸、漆...卅...」
と光晴はおもむろにサルスベリを数え始めて奥の見えない個所にも数え歩いた。
「捌拾捌」
俺は数える光晴を遮りサルスベリの数を教えて数を教えてクスリと笑った。
「何だ知っていたのか利明。相変わらず性格の宜しい事で。」
と光晴は見下げた顔をして俺に言ってきた。俺は
「そう言うなよ知ってる事を口に出さないといられない性分なのはお前も分かっているだろう。ところで気付いたか?殆ど白やピンクの花ばかりだと言う事に。」
と光晴に問い掛けると、光晴は軽く頷いて
「そう白やピンクばかりなんだけれど、あそこの一角だけは目も覚める様な赤い花が見えるよな?」
と、公園の奥に咲くサルスベリの一角を指差して光晴は俺に言った。俺は赤いサルスベリの一角に向けて足を進めながら話を続けた。
『語る』
ネット上でSNSやブログやチャットでの擬似的な会話は毎日でも誰とでも行われる。しかし、それは擬似的なものであり会話そのものではなく。人は会話の中で視線や仕草や口調や強弱により様々な表現を行ないそのやり取りを成立させる。
俺はゆっくりと歩きながら光晴に向い、優しくも力を込めた話し方で話した。
「見ての通り、ここには白やピンクのサルスベリが多い。『百日紅』って書く様に、あそこの赤いサルスベリの花の方が鮮やかに映えるのに。そして捌拾捌と言う本数。『八十八夜』『八十八ヶ所』『米寿』、グランドピアノの鍵盤の数、星座の数、等の特別な意味合いの感じる数字でもある。それをお前はどう思う?」
光晴は顎に手を当てなぜながら
「八十八の意味合いを持たせて、誰かが作為的にこの公園にサルスベリを植えて、この花の色に合わせて配置をしたって言いたいのかい?利明?」
と、俺に向けて答えた。俺は右手の人さし指をピンと立て光晴に向い
「流石光晴!感がいいね。ちょっとこれを見てよ。」
と、言いながらスマートフォンの画像を光晴の前へと差し出して話を続けた。
「これは、直接は知らないけれど『小八』って言うオカルトブロガーの記事なんだけどね。ここの公園をドローンで上空から撮影した写真なんだけどね。ちょっと見ろよこれ。」
光晴は俺の差し出した携帯を見ると自分の顎を撫でながら、ふんふんと首肯いきながら
「おお。こんな配置でサルスベリは植えられていたのか!白とピンクの花は女性物の振袖着物様な形に配置されていて。この赤い花の塊は...」
俺は独り言を呟く光晴の目に写ったのは白とピンクの女性物の振袖着物様な形の左胸の辺りに赤い花のサルスベリが植えられそこから血が滴る様に赤い花が点々と植えられていた。
赤い花のサルスベリに俺は近付いて幹に触れた。スベスベとした肌触りに、少し冷たい。俺は艶やかで美しい赤い花に誘われ手を伸ばし枝を
『パキッ。』
と折り鼻に近付けてスンスンと鼻を鳴らした。それを見た光晴は血相を変えて俺を睨み付け
「利明!何て事をするんだ!!!」
と、怒鳴った矢先に
「イィギャアアァーーーーー!!!」
女性の叫び声がけたたましく響き、俺は手に生暖かさを感じて見て見ると手に持つサルスベリの折り口からダラダラダラダラと、赤い液体が流れ出し。その滑り具合いから『血』であるとこを覚った。俺は「ワーッ!」っと叫びサルスベリの枝を地面に投げ捨てた。
光晴はサルスベリの木に歩み寄りスベスベとした幹を撫でながら
「...姫」
と、涙を流しながら呟き。すると折られた枝からも血がだくだくと流れ出し俺達の足下は瞬く間に血の海となっていく。
『カーッ』
とカラスの鳴き声が響き我に帰ると血の海は無くなり目の前に光晴が真剣な顔で俺に言った。
「2度と枝を折ったりするなよ。」
俺は罪悪感からか幻を見ていた様だ。
そして、俺と光晴の前に赤い花のサルスベリが夕陽に照らされて拠り赤々となり散った花弁は地面一面に広がりを見せまるで血の池が在るとするなら、これ程それに相応しい光景は無く俺と光晴は寒気を覚え鳥肌が立ち不安に襲われた。
「なあ光晴美しい花の筈なのに何でこんなにも気色が悪いんだろうな?何かこう丸で血溜りの中に居るみたいでさあ。」
光晴は恐れた表情を見せながらも好奇心を触発されたらしく。
「捌拾捌、振袖の様な配置、血の様な赤...」
と呟きながら血溜りの様なサルスベリの花弁溜りの那珂で立ち止まり考えだした。俺は光晴の肩を叩いて
「暗くなるし帰ろうぜ。」
と促し2人は帰り路に着いた。
下がり落ちる夕陽は最後の輝きを見せ、それに映された花弁はキラキラと言うよりも1音濁り。伽羅伽羅と照り広がった。
『考える』
与えられた疑いを与えない「答え」私達は調べ与えられ知る。知ってしまえば点とした答えが在るだけで線として繋がらず、それは考える事で生まれる。考える事で新しい点が生れ、それは繋がり広がり続ける。
俺はあれから調べるうちに、その振り袖着物の憶測でありながらも由縁たる因縁めいた物に突き当たろうとしていた。
あのサルスベリの咲く公園の近くに『赤姫堀』と言う名の掘りが在り。その赤姫堀に纏わる言伝えに辿り着いた。
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昔、その地には一人の城主が居りその城主には一人の娘が有り。名を『百姫』と言いそれはとても白い肌が美しく涼やかな目鼻立ちの姫でした。
その美しい姫様は大変『赤い』物が好きで、赤い着物、赤い櫛、赤い下駄、に身を包み。赤い花を愛でる事を好んでおりました。
しかし、城主はあまりにも赤々とした百姫の姿を怪訝に思い。赤い物で身を包む事を禁じ、白い振り袖着物を与えそれ以外を着る事を許しませんでした。
そうして数日が経つと城下では、次々と人が消えるとの噂が立ち厳戒の体制をとっておりました。
そんな中、姫様は城下へと出てお堀の傍に咲く1本のサルスベリの真っ赤な花を見ながら微笑んで居る姿を見た城下の者達は
「やはり百姫は赤の好きな赤姫だ。」
と口々にしていた。
そしてその夜に城下の見回りの者が悲鳴を聞き付け、かけ着けると暗がりの中で人をお堀へと突き落とす者が居た。見回りの者は急ぎ、その者を捕らえようとしたが酷く暴れ逃げようとしたので咄嗟に刀を抜いた。
手応えは有ったが、その者からは逃げられてしまい。夜が明けた。夜が明け見回りの者はその現場へと赴くとお堀には遺体があり。周辺を浚うと更に遺体は上り、遺体の数は数十にも上った。
城下が騒ぎになったのは勿論であるが、城内も騒然となった。百姫が白い生地に淡い桃色の花柄の着物の胸の辺りから真っ赤な血を流し死んでいたのである。
城下の者達は「赤姫がサルスベリの赤い花をより赤くするために傍の堀へと人を殺め沈めたに違いない。」と噂話が広がったと有り。
赤姫堀と名を付けられたと記されていた。
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俺は早速に光晴に連絡して、2人で公園へと向かった。
「なあ、利明よ。そのお前がさっき話した『赤姫』の話しに沿って、ここのサルスベリが植えられたのじゃないか?って言うのか?まあ、確かにその話だと全ての点は先で繋がるよな。しかし、公園の植樹なんて公共工事が誰かの発想一つで変えられるものか?」
と光晴は俺に向かって言った。
俺は光晴に
「確かに公共工事で、その様な私怨めいた事で行われるかと言えばそうは行かないだろうが俺は赤姫の話が何か関係あるのではないか?と思ってしまうんだよ。とりあえず赤い花のサルスベリの位置だけでも調べてみようぜ。」
と光晴を急かした。
『隠避』
隠し逃げられたものはネット上には現れず、それは呟かれこそすれ真実では無く、あくまでも憶測の噂話。近い物であっても、それは本物ではない。
俺は光晴を急かしながら、赤いサルスベリへと向かった。夏の日の早朝に草の臭いを掻き分けて真っ赤な血の様に花弁を散らしたサルスベリの下へ。
時折光晴を振り返りながら、赤いサルスベリの前へと辿り着いた。
俺は目の前が咄嗟にぐるりと回り、小さい瞬きが無数に飛び散って身体中に鈍い痛みが駆け巡った。
俺を包む全体が暗闇となり、その暗闇を見上げると明かりが在り、そこに人影が見えた。
崩れて歪む視界がまとまり出すと、明かりの先に光晴が見えてきた。
「悪いな利明。全部初めから俺が仕組んだ事だったんだ。お前が見付けたオカルトブロガー小八ってのは俺の事なんだ。この赤いサルスベリの下に人が埋れば嘸や赤々と美しい赤になるんじゃないかと思ってね。赤姫の話もそう。検索好きな利明の事だから自分からこの赤いサルスベリの前に掘った穴へと落ちてくれるんじゃなかろうかとね。これで百姫様を喜ばせる美しい赤い花が咲く。」
と穴の中で朦朧とした俺に光晴は事の顛末を淡々と説明した。その抑揚の無い淡々とした説明が余計に冷酷さを感じさせた。
「じゃあな利明。」
と、俺の上に光晴はスコップで土をかけ始めた。冷たく湿り気のある塊が顔へとかかってきた。
ザッ...ザッ...ザッ...
身体が思うように動かない俺は、肌に土の冷たさや時折、混じり入った石に痛みを感じながら茫然と光晴の無表情な顔を眺めていた。
淡々と土を落として来るその姿を俺は茫然と眺めていると。光晴の後ろに人影が見えた。
何か騒がしく光晴の声が微かに聞こえた。
「ドスッ」
と、鈍い音を立てて落ちてきた。それは幸せそうな笑顔で意識を失った光晴であった。
それからも、土が俺と光晴の上へと降りかかり続けた。
胸の辺りまで土が溜まると胸が圧迫され、息苦しくなり意識と呼吸が重たく暗闇となりのしかかり俺の全てが真っ暗になり始めたその時
甲高い女性の笑い声が穴の中に響き渡った。
最後に赤い花弁が鼻に落ちそのまま暗闇に。
甲高い笑い声の中。
ザッ...ザッ...ザッ...