クエスト68 おじーちゃん、『マナー違反』でごめんなさい
「おい! そこの、なんだか呪われてそうな武装の! 『ミナセ』って名前の女児!」
そう呼び止められたので、こちらを睨んで咆哮する『イベントボス』は範囲知覚で『視つつ』、礼儀として声をかけてきた方に顔を向ければ、「馬鹿野郎! 敵をまえに余所見なんてしてんじゃねーッ!!」と、なにやら理不尽に思える罵声が。
「……そう思うんじゃったら、最前線に居る儂に声をかけてくれるな」
ため息を一つ。肩をすくめ、言われた通り顔をトカゲ鳥に戻して返せば「今呼び止めねーと、お前、『アレ』に突っ込むとこだったろうがッ!!」と、また怒鳴られた。
「いいから、いったん下がって、こっち来い!」
……ふむ。
おそらく、言葉使いが乱暴で大きな声というだけで、怒っているわけではないのだろう、と。範囲知覚で『視た』ところ、声の主は別段激昂しているような様子でもないし。彼が周りのプレイヤーより格上の、おそらくはパーティ代表か、この集団の指揮官的な立場の人間だろうことは、隣で困り顔をしておるローズを『視る』に察せられるが……それでも、こうしていきなり命令口調で、誰とも知れん相手に従う理由は儂には無いんじゃがのぅ。
もっとも、ここで要らんトラブルに巻き込まれるのもごめんだ、という思いもあり。「やれやれ」という仕草でもって全身で『仕方ないから従ってやろう』という雰囲気こそ作って見せながら、『呪ワレシ左腕』と『特殊武装:斧槍』を背嚢にしまって――反転。
即座に『敏捷』にSPを全振りした〈斥候〉に『転職』し、『副職』を〈狩人〉としたうえで隠密行動用の『スキル設定』に変更。『イベントボス』はもちろん、その場のすべての視線を切るようにして移動しながら、遠回りをしつつも俊敏な動作にて声をかけてきた男のもとへ。
「お、おい、なんで装備をしまって、何処に――って、なんで俺の後ろに隠れてやがる!?」
「そりゃあ勿論。せっかくじゃから、【忍び足】と【潜伏】でもって『アレ』からいったん目標を外すためじゃが?」
そう返し、あらためて声の主を――髭面の中年男で、名前が『アレキサンダー・梅山』という〈初級戦士Lv.27〉を見上げれば、彼はこめかみを押さえるような仕草のあとでため息を一つ。儂を胡散臭そうな顔して見下ろし、
「あー、と。とりあえず、お前のことは『ミナセ』と呼ばせてもらうが……。ミナセ、お前、メインの〈職〉とだいたいの役割は?」
……ふむ。まぁ、この男も同じクランに所属しておるわけじゃし、ここで嘘を吐く理由も特に無い、か。
「パーティでの役割は前衛壁役をすることが多いが、時と場合によっては回復役もするし、【察知】系の【スキル】もそれなりに有しておるゆえ、先行偵察・遊撃もできるな」
加えて、〈鍛冶師〉でもあるから修繕も可能、と返せば「……これだから『虹色』は」と、なぜか嘆くような声音でもってこぼし。
「で? 最初に歌ってた、あの『呪歌』はなんだ?」
そう怪訝顔で問う彼に「? なんだ、と訊かれれば『転移結晶のあった櫓付近で神官NPCが歌っていた呪歌』じゃが?」と、首を傾げて返せば、「だーかーらぁ!」とアレキサンダー・梅山はこめかみを押さえ。苛立たしさに眉根を寄せるようにしながら、
「その呪歌の効果だ、効果! 最初は『癒しの歌声』みてーな全体HP回復の『呪歌』かと思って、『イベントボス』の回復までさせられちゃ適わんって思って止めようとしたが、ほかの部隊の報告と『観測者』の報告で、キッチリ敵にだけはダメージ与えてるみてーだし。そもそも、知らん言語での歌詞なんに意味が理解できるしよ……」
お前、何したんだ? と、儂の顔を覗き込むようにして問いかける彼に、「……ふむ」と思案する。
……おそらく、『観測者』とやらが【看破】の【スキル】持ちで、今回の『イベントボス』の残存HPを観測し、報告している者、か?
なるほど、早い段階で『薔薇園の守護騎士』のメンバーには【看破】についての情報開示を許していたが、今ではこうした『ちょっとした作戦部隊』に一人は【看破】持ちを配せるようになったわけじゃな、と。そう感心するのはあとにして。
さて、『聖歌:ほしうた』についての情報、か。
「まず、歌詞の意味を理解できた理由は、一緒に【交渉術】系統の【スキル】をセットして歌えば、どんな『呪歌』でも意味を理解させられるじゃろうし、両方の【スキル】を同時にレベル上げできるんじゃが……これはあまり知られていないのかのぅ?」
「……いや。それ以前に、〈吟遊詩人〉が稀少っつーか、【呪歌】に【交渉術】も、ほとんど持ってる奴は前線に出て来ねーから、俺らが知らなかっただけかもだが……」
つーか、普通は壁役の後ろで歌ってるのが〈吟遊詩人〉の基本じゃねーのか? と訊き返されたところで、儂にしても〈吟遊詩人〉ではないし。〈吟遊詩人〉に就いとるプレイヤーも知らんので首を傾げるしかない。
「ふむ? ……まぁ、儂が歌っていた『呪歌』についてじゃが、効果は『聞いた者が善人ならば回復、悪人ならばダメージ』というもので。つまり、モンスターなどのシンボルが赤いものにはダメージを与えて、普通のプレイヤーやNPCなどは回復する効果の『呪歌』じゃな」
ここでは敢えて『ほしうた』の名前は秘匿し。その取得方法についても語らず、「それで、提案じゃが」と。相手になにかを訊かれるまえにこちらから話を進めて『呪歌』についての詳細を訊かれないよう小細工を弄する。
「儂としては、最初にそうしていたように『イベントボス』以外の雑魚を歌いながら狩っていきたいのじゃが、『アレ』を留めおくことはできんのか?」
こうして話す今も、当然、『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』は絶賛大暴れの真っ最中じゃが。それでも儂や、儂の話を聞く構えのアレキサンダー・梅山ほか、数人のプレイヤーを除いて、20人ちょっとのプレイヤーでしっかりと彼奴を抑えられているようじゃし。残りの数人で外周から寄ってくる死霊系モンスターを狩っているみたいなので、儂としてはそんな外周組に参加したいと伝える。
「知っているかどうかは知らんが、この手の【交渉術】などの【スキル】は『聞き手が多いほど経験値を多く得られる』でな。ゆえに、儂としては――」
「あー……、じつのとこ、俺らとしてもそれはありがたいし、雑魚狩りついでに回復させてくれてるみてーだったから、そいつは別に良い」
だが、と。こちらをジロリと睨むように見下ろし、
「いいか、チビ助。どんな場面だろうとな、すでに交戦中だった場合、参戦するんなら声をかけてからにしろ。……普通、いきなり乱入されて獲物取られたんじゃ、文句言われても仕方ねーぞ?」
まぁ、どうにもその辺、知らなかったみてーだから今回は許すが、と。ちらり、ローズを横目で睨み、頭をガリガリかいて告げるアレキサンダー・梅山の言葉で、儂はようやく自身のしていたことが「もしかして、また『マナー違反』じゃったか?」と察して目を丸くした。
「……なるほど、たしかに。今までパーティとのモンスター狩りかPKの殲滅ぐらいしかしたことなかったが、言われてみればたしかに配慮が足りんかったのぅ」
おそらく、今回で言えば『事前に通知していたからと言って、「イベントボス」のような「倒すことに大きな意味のある相手」の場合は配慮をしろ』と。あるいは『危険極まる現場を引っ掻き回すような行動をとるのなら、自身の言葉で説明し、許可を得てからにしろ』と、そう言いたいのじゃろう。
……うむ。さすがはあのダイチくんたちに現場指揮官を任せられる男。きっと、儂のような女児相手に説教などしたくはないだろうに、敢えて敵役をして部下に示すとは……なかなかどうして、見どころのある若者じゃないか。と、そう何度も頭を上下させて感心し、素直に「ごめんなさい」と頭を下げれば、「前者はともかく後者は……いったい、お前、どんなプレイしてんだ?」と怪訝顔で問い返されたが、彼の脇に控えていたプレイヤーが「ほら、この子。≪掲示板≫なんかじゃ『乙姫ちゃん』て呼ばれてる子ですって、リーダー」と耳打ちし。それでようやくアレキサンダー・梅山も儂が誰かを察したらしく、今更ながらに目を丸くして儂を見下ろしてきた。
「『乙姫ちゃん』って事ぁ、ちょっとまえに『薔薇園』の代表メンバーと組んでレベル上げして、未発見の、フィールド奥にあったっていう迷宮を見つけたって言う?」
「おそらくは。……だって、さっき『観測者』が、この子が『あの呪われてるみたいな鎧』着て戦ってるとき〈初級戦士Lv.43〉だったって言ってましたし」
下手したら、今の『薔薇園』で最強かも、ですよ? と、そう言うプレイヤーの言葉で全員がギョッと目を剥いて儂を見るのに肩をすくめて返し。「では、儂は雑魚狩りに戻るゆえ、『イベントボス』を頼む」、とローズに告げて、反転。「ちょっ!? まさかまた解説役を押し付けて――」と何やら叫んどる相方の声に『聞こえないふり』をして。
果たして、儂が『聖歌:ほしうた』を歌いながら駆け回り、死霊系モンスターを集中的に狩り続けること1時間少々。ほかの多くのプレイヤーが『イベントボス』をしっかり抑えてくれたおかげもあってか、その間は特に何があるでもなく。初の『イベントボス』戦というには順調に、これと言って特筆すべきこともなく推移していったようで。
時折、儂とローズだけ隠密行動に特化した〈職〉と【スキル】のセットで集団から離脱し。武装の『修復』に軽い休憩などしたりもしたが、別段、そうして儂らが戦線を離れたところで問題無く。
それでも、強いて気づいた点をあげるとすれば、『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』は、周囲の死霊系モンスターが一定数より減ると大きな咆哮を上げ。その鳴き声の効果でなのか、そのあとすぐに地面から骸骨やらボロボロの死体やらが生えてくるのを見るに、やはり事前に聞いていた通り、あの『イベントボス』はお供だろう死霊系モンスターを補充するようで。少なくとも、最終目標である『イベントボス』以外を狩り尽くしてから、という戦略は採れない、というのは間違いないじゃろう。
もっとも、そんな『イベントボス』戦だからこそ、儂を含めて奮闘するプレイヤーもレベル上げが捗るようで。壁役は彼奴の攻撃を受け止め続けることで【盾術】の。回復役は、そんな壁となって傷つく味方を癒して【回復魔法】の。そして、『観測者』と呼ばれていたプレイヤーは、そうやってどんどん入れ替わって出現する死霊系モンスターをシンボル・クリックで調べ続けることで【看破】のレベル上げをしており。
そのなかでもローズは、決して前線に出ないようにしつつ、しっかりと儂の位置や状態を把握。近寄れば付与魔法を寄越し、儂のTPやMPが少なくなれば『ポーション』で回復させてくれて。時々、パーティメンバーの〈職〉を窺えば、彼女もこの機会を有効活用するためか転職を繰り返し、しっかりと低レベルの〈職〉のレベル上げなどをしているようで。儂の【翻訳】や【看破】などもじゃが、なかなかどうして、この対『イベントボス』戦はレベル上げが捗る美味しい狩り場のように思えた。
――少なくとも、彼奴が『第二形態』となるまでは。
それは、『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』の残存HPを見続けていたわけではない儂からしたら唐突に。これまでの『補充』のための咆哮とは違う鳴き声を響かせた黒トカゲ鳥は、その次の瞬間に――発光。
彼奴は眩い光のなかで一回り体躯を肥大化させ。閃光が止むや、その背に2対4枚の翼を生やして出現。
果たして、目を丸くして立ち尽くす儂をよそに、黒トカゲは再び咆哮し。背にある4枚の翼を広げ。羽ばたき――飛翔。
ある程度の高度まで昇ったと思えば、赤紫色の不気味な閃光を発し――
次の瞬間。すべてのプレイヤーの足下から、それぞれの『影』が起き上がった。
その『影』は驚くべきことに『頭上に、赤い三角錐を浮かべて』おり。シンボル・クリックして『視れば』、それは『デミ・ドッペルゲンガー』という名の、れっきとしたモンスターで。
その姿は、顔の造形こそ凹凸の無い、つるりとした黒い表面であったものの、装備も含めてすべてが漆黒に染まった――『儂の姿そのもの』であった。
つまりは、黒い体表に黒いセーラー服の、黒いランドセルを背負って自身の身長に迫る大鎌を担いだ小さな女の子の姿であり。レベルまでが現在の、〈初級治療師Lv.40〉の儂と同じ『Lv.40』の表記となっており。あるいは、【スキル】までがコピーされているのかも知れんが……瞬時に知覚加速からの〈狩人〉に転職。と、同時に『ランドセル』から『ヌンチャク』を2つ取り出し。大鎌による有効射程範囲の内側へと滑り込み。
『器用』にSPを全振りした〈狩人Lv.17〉に、固有技能化したレベル30相当の【槌術】。そこに【二刀流Lv.3】で使用できるようになったアーツ――『ツイン・ヘヴィ・ハンマー』を起動し。途端に重量を増した、エフェクト光を纏う2つのヌンチャクを振り回して。振り下ろされそうだった大鎌を弾き、黒い影によって出来た儂を殴打。殴打。殴打、と。
そうして瞬時に、儂の出せる最大瞬間火力でもって相手に何をさせるでもなく全力で消し飛ばしたゆえ、正直、『デミ・ドッペルゲンガー』がどこまで模倣した存在なのかはよくわからんかった。
が、儂の場合は『魔力』にのみSPを消費しとった〈治療師〉の状態をコピーされ。それを一蹴できる〈職〉と装備が他にあったから良いものの……他のプレイヤーはそうもいかないようで。
それでも、儂と違って、おそらくは『パーティチャット』ないし事前に『第二形態』となった『イベントボス』の挙動と効果を知っていたからか、ローズを含めて直前に装備を外したりなどの対処をしていたのは、さすがか。……しかし、ざっと【看破】で『視回した』ところ、装備はともかく〈職〉や【スキル】の変更は出来ていないようで。プレイヤーと、そのコピー君の戦力差は武装の差ぐらいしか無いもののように映ったことから、やはり【スキル】まで写しとられたとみて間違いない、か?
そして、そうなると。当然、これまで『イベントボス』を抑えてくれていた壁役連中も、まずは自分のコピー君を相手にしなければならず。……持ち前の耐久性をコピーされたことで、早々『デミ・ドッペルゲンガー』を倒すことも出来ず。彼らがその役割を全う出来なくなって。
――結果、儂やローズへと『イベントボス』が迫る可能性が高まった。
ゆえに、即座に〈斥候〉に転職し。レベル14まで上げる間の、すべてのSPを『敏捷』に振った、儂のなかで最速の状態となって深紅の巻き髪令嬢の元へと駆け寄り。彼女のまえに立つ、黒い影でできた狐耳と尻尾を生やす少女の形をしたモンスターに迫りながら、装備を換装。
ヌンチャクを『ランドセル』にしまい。嘉穂ちゃんから借りたままの『トライデント』を取り出して、突撃。と、同時に『設定スキル』に【槍術】を加え。『紫電槍』――【槍術】のレベル1で使える『TPを消費して発動。一定時間、攻撃力を上げる』効果のアーツ――を起動。エフェクト光を纏い、紫電を散らすように輝く三俣の鉾を突き出し。狐耳令嬢の影と交戦しながら、〈狩人〉に『転職』、と。
彼女がコピー君の出現直前に装備の一切合切を外していたことと、各種戦闘系の〈職〉のレベルの底上げをしていたのが幸いし、ステータス補正的には耐久力のある方じゃろうが少女のなかでの最大最強レベルのスペックでは無かった『影』を、鎧袖一触。大した労力もかけずに三俣の鉾で貫き、『デミ・ドッペルゲンガーLv.18』をポリゴンの光へと変えた。
「……ふぅ。無事か、ローズ?」
「ッ!? み、ミナセさん……!?」
さきに範囲知覚で『視た』ところ、ローズは影からの攻撃に対してステータスや装備などを弄っていたのじゃろう、虚空に注意を向けて危なっかしく攻撃を避けようとしており。……『パーティ』のメンバーを表示する視界隅の名前をクリックしてHPを確認したところ、どうやら被弾するまえには駆けつけられたようで、ホッと胸を撫でおろす。
……いや。そもそも、相手の脅威度を下げるためとは言え『初級服』はダメじゃろう、と。彼女の格好を半目で睨み、『イベントボス』が近くに居るのじゃから防具だけはそのままにしてくれ、と頼むことにして。
あらためて、彼女に付与魔法3点セットをかけてもらい。最大レベルの戦闘職である〈戦士〉に転職。僅かに上昇した身体能力で駆け出し、『水』の属性をさらに強められ、攻撃力を増した、青いエフェクト光を発する『トライデント』を手に最前線へ。
おおよそ【看破】で視まわした結果、もっともレベルの低いだろうプレイヤーのコピー君から順番に、アーツや付与魔法によって強化された『トライデント』でもって突き刺して回ることに。
「ンなぁ……!?」
「はぁっ、ちょッ!?」
「あー……、驚いておるとこ悪いが、おまえさんらは『こんなの』と踊っておらんで、壁役としての役割をしっかりと頼むでな」
ほれ、飛んできた。と、頭上を指し示せば、『イベントボス』が今まさに急降下してくるところで。
プレイヤーのなかでも特に儂の周りに居った連中が泡を食ったように大慌てで盾を構え、【盾術】の【スキル】を使っていくのを尻目に、どんどんと『劣化模造品』を突き刺し、貫いて回り。
かくして、おおよそ見える範囲の壁役を開放した後で、〈職〉を含めて装備を換装。『歌って踊れる死神モード』に戻り、モンスターにはダメージを与えつつプレイヤーすべてを癒して。一時的にじゃが、『影』が起きだしたことで増した聴衆に内心で笑みを浮かべ。MP回復のために死霊系モンスターともども魂を刈り取っていく。
……ふむ。しかし、やはりと言うか何と言うか――
[ただいまの行動経験値により【翻訳】のレベルが上がりました]
――美味しい。
本当に、なんて【翻訳】のレベル上げに適した狩り場なんじゃろうな、ここは!
おそらくは、このために『レベル15開始ダンジョン』のレベル40以上から出現する稀少個体『スケルトン・ソーサラー』からのドロップアイテムが『闇の魔石』なんじゃろう。そして、それを素材にすることで付加できる『一定条件でMPを回復』という効果も、こうして大量のモンスターを相手に継続戦闘を行うために運営が用意してくれたものじゃろう、と推測。
……こうなってくると、また、『レベル15開始ダンジョン』こと『アーテー北の迷宮』で『闇の魔石』狩りをして。『混沌大鎌』で回復できるMPの量を増やしたいところじゃが、はてさて。
そのまえに、こんな美味しい狩り場がイベント期間限定というのなら、むしろこちらに多くの時間を割くべきか? ……いや、それを言えば『ダンジョン内では体感時間10倍』もイベント期間限定なのじゃし。これは悩ましい、などと思いつつ狩り回っているうちにすべての『デミ・ドッペルゲンガー』の掃除は済んだようで。
チラリ、『イベントボス』と、その注意をがんばって稼いで壁となってくれているプレイヤーたちを『視て』。黒トカゲ鳥――『堕ちた太陽の申し子・第二形態』という名前に変化した彼奴のレベルが『45』に上がっていて。HPバーの残りが3本なのを確認し、眉根を寄せつつ。ある程度、最前線を眺めながら死霊系モンスターを狩って回っていたところ、どうやら儂が回復とダメージを与え続けることでレベル差が多少あってもどうにか踏ん張っていられるようなのを確認。
これならギリギリまで放置して大丈夫じゃろう、と。そう判断して範囲知覚の中心を、再び自身の近場に戻し。しばらくはひたすら雑魚狩りを続けることにして――
再度、赤紫色の太陽光が放たれた。
「……ちっ!」
思わず舌打ちを一つ。両手にヌンチャクを持って『接近戦最大火力モード』に切り替え。前回同様、さっさと自身の『影』を穿ち。光の粒子へ変えて。
2度目の『デミ・ドッペルゲンガー』の対処と急降下してくる『イベントボス・その2』を横目に、相方のもとへと急行。さきと同じく、〈斥候〉の敏捷値の高さで接敵し、〈狩人〉の物理攻撃力でもって影でできた狐耳少女を刺し貫き。
「――ローズ!」
「『ブースト』! 『エンチャント・アクア』!」
もはや阿吽の呼吸で。たった一言、たった数秒視線を交わすだけで深紅の巻き髪令嬢は儂の欲しい付与魔法を寄越し。
それに笑みを返すのも一瞬に。互いに頷きあうと悲鳴を上げている前線へと駆け出し。まずは魔法使い系のプレイヤーの影を強襲。次いで壁役を手隙へと変えて行き――
「ちぃッ……!」
果たして、『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』と戦い出してからどれだけの時間が経ったか。……ようやくと言おうか、これまでの情報収集が単なる『時間潰し』であったことなどすっかり忘れたころに。
――『堕ちた太陽の申し子・第三形態』が儂らのまえに顕現した。




