クエスト67 おじーちゃん、ついに『イベントボス』と対面す
『イベントボス』の出現する世界が夜であったことで称号【闇の精霊に好かれし者】の効果による『暗所での時間経過によるMP回復量増加』も併せて、ローズと最初に遭遇したプレイヤーの一団との話し合いが済むまでに儂のMPはすっかり回復。
なお、深紅の巻き髪令嬢による説得により、儂――と言うか、小さな赤毛の女の子が『突然、歌いながら乱入する』ことは事前に通知してもらい、許可をもらったのだそうで。次からは気兼ねなく、またモンスターとプレイヤーが密集する地帯へと踏み入り、暴れ回ることができるようになり。……話し合いの最中、正座待機を命じられた儂に何か言いた気だった連中はさておき、儂らはさっそく次の『舞台』へと移動することに。
果たして、今回も跳びだすまえに相棒から『ブースト』、『プロテクション』、『エンチャント・アクア』の付与魔法3点セットをかけてもらったうえで『呪歌』――『聖歌:ほしうた』を高らかに奏で。……モンスターたちより先に気づいたらしいプレイヤーに驚かれ。怪訝な顔をされたりもするが、無視して接近。接敵。
歌いながら、駆け寄り。
謡いながら、手の中の大鎌を振るう。
それはさながら、伴奏の無いダンスパーティーのように。戸惑うプレイヤーや敵意を向けはしても反応の鈍いモンスターの間を駆け回り。踊るように。流れるように。力んで呼吸を乱さないように気をつけ。衝撃を逃して、逸らすことを第一に。
廻る。
廻る。
廻る。
円運動を基本とした、歌いながらの継続戦闘をこなせるように、廻る。跳ねる。踊る。
――『混沌大鎌』でトドメを刺せばMPが回復できる。
ゆえに、『呪歌』を歌って。歌いながら【看破】で『視た』一撃で沈みそうなモンスターを集中して狩りに行き。そうすることでMPを消費しながら回復し。歌い続ける。
それこそ、ほとんど素の最大MPのままで、いつまでも。何体とでも。
動きの遅いスケルトンとゾンビが相手だったこともあって、半ば呆然と見送るだけだったプレイヤーたちのこともあり、
[ただいまの行動経験値により【翻訳】のレベルが上がりました]
思いのほか簡単に。短時間で、目標の【翻訳】のレベル上げができることを喜び。
「……え? お、おい、『呪歌』歌いながら乱入するってのは聞いてたけど、何で歌詞の意味が――」
「つか、この歌は何だ? こんな旋律の『呪歌』なんて聞いたことが――」
困惑し、騒ぎだす周囲を一切合切無視して。『スキル設定』を【強化:筋力】、【斧術】、【翻訳】、【慧眼】、【忍び足・弐】、【潜伏・弐】のままに、時折【看破】も混ぜてレベル上げのために『視直し』たりもして。
歌を、謡う。
聞くものすべてに意味を伝える歌声を響かせ。プレイヤーは回復し、モンスターはダメージを負う『聖歌』を、唄う。
踊るように。舞うように。大鎌を振るって。何十人も居るプレイヤーを癒しながら『死霊系モンスターでない』らしい『イベントボス』にもダメージを与えられる、『聞かせられ続けることが出来たら、たとえ空を飛ばれても魔法ダメージを与えれる』、ある意味で『必中の範囲魔法』を、歌う。
――ローズから事前に教えてもらっていた、『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』の情報には、こうある。
最初はレベル40の、地上を高速で移動したり飛び跳ねることしかしなかった『そいつ』は、一定値以上のダメージを負うことで『変身』。翼を生やして、空を飛び出した、と。
ゆえに、そんな空を行くレベル40以上の『イベントボス』を倒そうと思えば、当然、誰かしらは対空攻撃手段を持っていなければジリ貧になるのは明白。
ゆえに、当初は【投擲術】のレベルの高い嘉穂ちゃんの投入すら視野に入れたが――歌っているだけでダメージを与えられ、敵意を集められたうえに味方を回復させられると聞いて『聖歌:ほしうた』の取得を決意。
……儂は壁役じゃからな。それこそ、敵意を集め、攻撃を自身に集中させられるのなら、それはプラス要素でしかなく。空から降りて来なければ『呪歌』で継続ダメージを。降りてくるなら〈戦士〉となって迎撃を、と。そういった選択肢が生まれる『呪歌』のような魔法は、割と相性が良いように思われた。
加えて、最近ではまったく利用されず、レベル上げが止まっていた【翻訳】も、『呪歌』や『聖歌:ほしうた』の歌詞が『遺失言語』ゆえか、プレイヤーに歌って聞かせているだけで経験値を得られているようで、
[ただいまの行動経験値により【翻訳】のレベルが上がりました]
……うむ。素晴らしい。
やはり、プレイヤーとモンスターが大量に居る狩り場は良いのぅ、と。儂のレベル上げが捗るのはもちろん、相棒のローズにも付与魔法をかけ続けてもらうことで効率良く経験値を分け与えられるのが本当に素晴らしい、と。そんなことを思いながら、歌い。駆け。跳ねて。狩り。
廻り。踊り。『遺失言語』で謳い、謡って。
かくして、おおよそ狩れるだけのモンスターを狩り尽くしたあとで、ローズと一緒に、あらためてプレイヤーの団体には軽く挨拶を交わし。
そして、次の密集地へ。
そこで再度、モンスターとプレイヤーが数多く一緒にいる場所で歌いだせば、割と早い段階で【翻訳】と、移動に使っていた【忍び足・弐】のレベルが上がり。そのことに喜びつつ駆けて。駆けて。駆け回って。
聖歌を、歌う。
歌いながら、駆けて。狩って。跳ねて。
儂は、歌いながら大鎌を振るい。唄いながら、狩り続ける。
果たして、そんなことをし続けていれば、必然。もっともプレイヤーとモンスターが多い場所に辿り着くわけで。
つまりは、ついに――『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』の尊顔を拝することのできる位置まで来た、と。
「ふむ。さて、どうしたものか……」
30人以上のプレイヤーと、それに倍する数の死霊系モンスター。
そして、そんな大集団の中心で暴れ回っているのが、おそらく『イベントボス』――『堕ちた太陽の申し子』という名の、全長3メートルほどの6本腕のトカゲに、鳥の頭を付けたような黒いバケモノ。……で、その『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』はいったん無視するとして。まずは、移動の際の隠密行動セット――『副職』に〈狩人〉を設定したうえで【忍び足・弐】と【潜伏・弐】をセットしたもの――のままに隣のローズに『フレンドコール』を繋ぎ。いったん、最後の作戦会議をすることに。
『ああ、ちゃんとボス戦まえには慎重に、連絡と相談をしてくださるようで良かったですわ』
そうしみじみと相方に言われ、これまでを思いだすこと数秒。……そっと、視線を逸らすことで返答とした。
……ふむ。そう言えば、ここに至るまでは、事前に通知したからということで、見つけ次第跳びだしていたからのぅ。『ステータス補正』のうち、『丈夫』と『魔力』を中心に、『倒され難い後衛職』を目指したSP振りの彼女からしたら、何度も置いて行かれたことに何かと思うことがあるのじゃろう。
が、それはさておき。
「……まぁ、なにを相手にしたところで、これだけの聴者が居てくれるのじゃから、歌い手としては歌声を響かせてなんぼじゃろう」
『ええ、まぁ。なんとなく、今さら作戦会議をしたところで最初と同じ「ガンガン行こうぜ!」から作戦が変わらないような気はしていましたが……』
ローズには途中でプレイヤー相手に説明をしてもらうとして。まずは儂が歌いながら突っ込み、注意を引けるだけ引くのが上策じゃろう、と。そう告げれば相方の狐耳令嬢はため息を一つ。了承の旨を伝えたうえで付与魔法3点セット――『ブースト』、『プロテクション』、『エンチャント・アクア』――をかけたうえで『フレンドコール』を切り、
そして――戦場に響き渡る、幼くも可憐な少女の歌声。
「なっ……!? ば、馬鹿野郎! こんな大量のモンスターが居るとこで『呪歌』なんて使ったら……!!」
「あ、アホか!? 壁役無しの〈吟遊詩人〉が、一人で! なんで鎌持って歌いながら突っ込んで来るんだよ!?」
周囲の驚愕だとか罵倒なんてものは無視で。儂の歌声に苦しみだし、攻撃する相手を即座に歌い手の儂へと変更した死霊系モンスターに駆け寄り。肉薄。接敵して、そのまま――斬り捨てる。
……既に、【看破】にて視界内のおおよそ全てのモンスターのレベルは把握した。
ゆえに、あとはそうして『視て』調べた連中の頭上に表示されたままの――1回でも【看破】系統の【スキル】で種族名やレベル、残存HPを調べたモンスターは、基本、その【スキル】を外さない限り、ずっと頭上にその表示が残ったままとなる――なかで、一撃でトドメをさせるだろう相手を優先的に狩れるよう進路を取り。
歌声を止めぬよう無駄な力みや衝撃に十分に留意しながら走り、跳び、舞いながら、大鎌を振るう。
[ただいまの行動経験値により【慧眼】のレベルが上がりました]
[ただいまの行動経験値により【翻訳】のレベルが上がりました]
いやはや、それにしても。総数にして100に近い聴衆のいる場所での『呪歌』は、レベル上げが捗って素晴らしい。
[ただいまの行動経験値により【看破】のレベルが上がりました]
[ただいまの行動経験値により〈治療師〉のレベルが上がりました]
なにはともあれ、〈治療師〉のSPは『魔力』への一点消化で問題無いじゃろうし。歌いながら範囲知覚にて進路と獲物を物色し。駆け抜けながら斬りかかり――などとし続けながらでは、さすがにSPの消費先などいちいち考えていられない。
加えて、儂の姿を目にした群衆が、なにやらいっそう喧しく喚いているが、これまた関心を払っていられるだけの余裕も無く。彼らの相手はこれまで同様、相方にすべて任せるとして。
知覚した範囲において、まだ頭上に残存HPの表示の無いモンスターを見つけては赤い三角錐をクリックし。なるべく『聖歌:ほしうた』だけでトドメとならないよう、『この武器でモンスターを倒すごとにMPを回復する』特徴を持つ死神の鎌でモンスターを光へと変えていく。狩っていく。斬り捨てていく。
『呪歌』は使い続ければ――歌い続ければ、それだけMPをどんどん減らしていき。『混沌大鎌』が、そうして減ったMPを、モンスターを効率的に殺していくことで補う、と。
これによって歌声を響かせ、大鎌を手に舞い踊る死の舞踏は視聴者が途切れるまで続けられる――はずが、無粋極まる乱入者によって中止をよぎなくされた。
どうやら敵意を集め過ぎたらしい、と。一目散に駆け寄ってくる『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』の赤い3対6個の光る眼球を見つめて思い、
さすがに、避けきれない、と。無手の左手を背中の『ランドセル』へと伸ばしながら、
「――『知覚加速』」
呟きと同時。世界の時間の流れを無理やり遅くして、まずは装備を換装。
『混沌大鎌』をしまい。ついに、背嚢にしまったままであった貸与武装――『呪ワレシ左腕』を選択。装備する。
「――――ッ!?」
果たして、その驚愕は誰のものだったのか。
迫りくる黒き巨獣をまえに換装による閃光も一瞬。次の瞬間には水色のラインの入ったワンピースタイプのセーラー服の上に現れた、言ってしまえば『まるで呪われた装備』のような外観の『それ』を目にして、群衆はもちろん、今まさに大口を開けて噛り付こうとしていた『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』までもがわずかに目を瞬いて驚きを露わにしていたが……さておき。
黒鉄のごとき黒を基調とした重厚感のある胸部装甲と股関節周りと、膝から下を覆う装甲に、手甲と大盾が一体化したような左腕の武装。さらには、顔の左半分を隠すような黒い鬼面に、黒地に血管のごとき朱い線が縦横に走ったデザインの防具は、名を『デスティニー作呪ワレシ左腕』と言い。随所に走る朱線が定期的に、無意味に脈打つように金光を放ったりする原作再現っぷりがアキサカくんたち『運☆命☆堂』の三人の良さであるし、『原作』を知らん者でも一見して『左腕の禍々しい盾に侵食されていっているようなデザイン』と分かるじゃろうが……これを目にした第一印象が「下手したら嘉穂ちゃんに泣かれそう」となってしまったのは、我ながらなんとも。
ちなみにこの『呪ワレシ左腕』と銘うたれた『防具』は、同時に『盾』でもあり。その下に着た『デスティニー作JS制服セット』と、背中の『デスティニー作ランドセル型アイテムバッグ』と併せて防御力だけで言えば『クラブアーマー』に『シールドセット』装備以上となっており。……その分、明るい場所では〈戦士〉などの『筋力』にSPを振っていない〈職〉の場合、装備することが出来ない重量になってしまっているんじゃが。逆に言えば、常夜の廃都『アーテー』や真っ暗闇のダンジョン内であれば、称号【闇の精霊に好かれし者】の効果に『特徴:属性(闇)』も併せて格段に強力な防具となる、と。
そして、これ加えて、槍と斧が一体化したような刃先を持つポールウェポン――『特殊武装:斧槍』も装備し。これもまた『呪ワレシ左腕』同様、血管が縦横に走っているような模様と『なんだか本当に呪われていそう』な外観から、やはりこの手のものが苦手そうな子猫には嫌がられそうじゃし、仮に暗闇などで不意に遭遇すればモンスターとして攻撃する自信がある、とは『呪ワレシ左腕』に同デザインの『特殊武装:斧槍』を装備した儂を見ての、ローズの第一声であったが、それはさておき。
加速された世界のなかで〈戦士〉へと『転職』。『副職』の〈神官〉はそのままに、セットする【スキル】をごっそりと接近戦用のもの――【強化:筋力】、【盾術】、【斧術】、【看破】、【慧眼】、【投擲術】、【槍術】へと入れ替え。体感時間の操作を終了。
軽く驚きつつも大口を開けて突進してきた黒い大きな鳥トカゲには強烈な斧による斬撃を決め。横っ面を思いっきり斬りつけ、怯んだ隙に【槍術】のレベル7で使えるようになるアーツ『螺旋槍』を起動。
眩いエフェクト光を纏う槍斧を、こちらに噛みつこうとして近づけてきた顔面に突き出し。その効果――『TPを消費して発動。次の一撃の威力を上げ、前方に向かって貫通する衝撃波を放つ』――で、発生させた『渦巻くような空気の衝撃波』に合わせて地面から足を離し。駆け寄る『イベントボス』の横をすれ違うように交差する。
……フッ。この【槍術】は『【スキル】のレベル合計400以上』を目指している折、『薬草』を買いに出た際にたまたま再会した嘉穂ちゃんから借りた『比較的軽めのトライデント』を手に、合計レベル稼ぎのために短時間で上げられる武器戦闘系【スキル】として選んで適当に上げたものゆえ、儂の持つ他の武器戦闘系の【スキル】のなかではレベル11と低めではあるが、それでもいずれは子猫のやっていた【槍術】+【投擲術】の火力が出る『流星槍』が使えるようになるからの。
ゆえに、これからもコツコツと【槍術】のレベル上げを継続するとして、「……さて、こうなっては『これ』の相手をせざるを得んか」と。ため息を一つ、儂としてはもう少し【翻訳】や【忍び足・弐】といった、歌いながら移動し続けるだけで上げられる諸々の【スキル】のレベル上げがしたかったんじゃが、と残念に思い。
しかし、まぁ。本来は彼奴の戦力分析が依頼であり。こうして接敵してしまったのじゃから、ついでに【看破】で『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』のレベルやHPなどを『視て』おき。聞いていた通りの『レベル40』だったのはともかく、HPバーが4つもあることに僅かに瞳を細めて、
「やれやれ、歌い手に飛び込んで演舞を止めるなど、まったく無粋極まる聴衆も居たもんじゃのぅ」
もっとも、さきに舞台に上ったのは儂の方じゃが、と。そう嘯きながら、再び眼前へと迫りきた黒トカゲ鳥へと刃を振るい。跳躍。
攻撃の反動を利用してマタドーラよろしく突進してきた巨獣と交差し。駆け去る『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』を見送りつつ、次はこちらから攻撃しようと腰を落としたところで――
「おい! そこの、なんだか呪われてそうな武装の! 『ミナセ』って名前の女児!」
――と、突然。聞き覚えのない男性の濁声に呼び止められ、首を傾げることになるのだった。




