クエスト60 おじーちゃん、鬼人少女に『飴と鞭』を?
「じゃあ、わたしとイチちゃんにおじーちゃんは、転職がてら嘉穂ちゃんをアイギパンの冒険者ギルドに送ってくるね」
果たして、そう『アーテー東の迷宮』のまえにある転移結晶の傍で告げる美晴ちゃんに一同は頷き。今回のダンジョンボスからのドロップアイテムであった『骸骨兵のボロ剣』と『骸骨兵のボロ盾』は全会一致で売却が決まり、道中で手に入れた『魔石』ともども全て売ってくることに。
「では、私と志保さんは先んじて単独での走破と制限時間以内の走破を――と行きたいところですが、しばらくはここで情報収集でもしてから、ですね」
――イベント期間中に限り、迷宮内では通常より体感時間の加速度が大きい。
そのせいか、ダンジョンを出たり、ログアウトなどをした場合は『現実世界で1分』――『AFO内時間で3分』の間隔を置かねば再度ダンジョンに入れない仕様となっており。おそらくは『何度も短い期間で体感時間の違う状態を強制的に味わう』ことで脳への負担が増えることを懸念しての処置じゃろうが……さもあらん。
「気をつけて、お姉ちゃん。ダンジョンの中と外では『フレンドコール』や『パーティチャット』は使えないから、何かあったらメッセで」
ついに、これまでずっと一緒だった少女との別れの時となり。美晴ちゃんなどは「べつに、なにも無くったってメッセくれても良いよ、嘉穂ちゃん」と言って笑いかけるも、黒髪褐色肌の猫耳幼女は「……ん」と頷くだけで表情を晴らすことはなく。
それでも、「それじゃあ、またね志保ちゃん。ローズさん」と、ここで別れる二人には精一杯の笑顔をつくって手を振り。アイギパンの転移魔方陣広場に転移するや、うつむき、儂の手を握りしめてきた子猫の表情を『視て』、
「……本当に。いつでもメッセージを送ってやれば、みんな喜んでくれるさ」
と、儂も笑いかけるだけにして。静かに、歩き出す。
「ふむ。そう言えば、美晴ちゃんはこれで称号に必要な〈職〉の7つ目、じゃったか?」
さりとて、いつまでも湿っぽい空気のままでいる必要も無し。儂らはまだ、別れのときまで今少しの猶予があるんじゃから、と。空気を入れ替えるが如く明るい調子で話し出せば、
「えっと……、〈斥候〉、〈漁師〉、〈狩人〉、〈薬師〉に〈探索者〉だったから……次が〈戦士〉で、最後に〈治療師〉の予定かな?」
この手の雰囲気を察することにかけては儂らのなかでも随一だろう、桃色長髪の犬耳少女は瞬時に声を柔らかく、表情にいつもの明るい笑みをたたえて返してくれた。
「ほう、〈治療師〉か。で、あれば、装備を『見習い服』だけにして、ゴブリン――いや、アーテーの場合はスケルトンか? そいつらに殴られながら〈治療師〉の固有アーツの『手当て』を使っていれば割とすぐにレベル1になれるぞ?」
儂なども似たような方法で〈治療師〉のレベルを上げたし、と告げれば「うげぇ……」と言って美晴ちゃんは顔をしかめ、
「なんとなく、それが一番手っ取り早いっていうのはわかるけど……おじーちゃん、死霊系のモンスターに回復魔法やポーションなんかで逆にダメージを与えられる、って知らないの?」
つまり、これまでに造った『HP回復ポーション』を骸骨にかければ〈治療師〉のような『回復させることで経験値を加算』させる〈職〉のレベル上げができる、と。そう言われ、思わず目を丸くした。……ほほう、それは知らなかった。なるほど、そんな方法が。
「ということは、儂もあとで【回復魔法】のレベル上げがてら死霊系モンスターに魔法戦でも挑もうかのぅ」
何気に敏捷値を上げて被弾率を下げ、『器用』や『丈夫』、装備の『強化』などで防御力を上げてからは【回復魔法】と〈治療師〉のレベル上げが遅くなってしまっていたからの。うむ、これは良いことを聞いた。
「『魔法戦』て……おじーちゃん、『杖』とか『メイス』みたいな『魔法の発動を補助する』効果のある装備なんてあったっけ?」
そう首を傾げる美晴ちゃんに「うむ」と頷き。
「じつは、嘉穂ちゃんとダンジョンにこもっとるときに≪マーケット≫で『量産武器:戦槌』を買っての。……それに、じつはあのヌンチャクも『杖』の一種らしく、そんな『特徴』があったのを後で知って驚いたが」
そんな儂の台詞と、自身の名が出たことにピクりと反応する子猫はさておき。
「……はい? ヌンチャクって、あのヌンチャク?」
あれが『杖』って、そりゃあ気づかないし、驚くよ!? と、大きな声で同意する美晴ちゃんに、「こら、おチビ」と。儂が何かを返すまえにイチが非難するような声と表情を犬耳少女へと向け、
「たとえ、ミナセさん本人がそれを望んでいたとしても、貴女も水無瀬家の末姫なら、師父様に対する最低限の礼節を忘れてはいけません。……というか、水無瀬のほかの人間が居るような場所で、今のような態度で居ますと殺されても文句は言えませんよ?」
いや、それは大袈裟じゃろう、と。イチを諫めようとするまえに「うぐ! た、たしかに……」と言って顔を青褪めさせる美晴ちゃん。……そして、儂の正体が現実世界ではそれなりに敬われる対象であったことを初めて知ったのだろう嘉穂ちゃんは「……ぇ?」と、蚊の鳴くような小さな声をあげて驚き。ようやく顔を上げてくれはしたが……ふむ、これは困ったのぅ。
「うーん……。わたし、学校のお友だち相手の『みはるんモード』とパーティとか実家での『お嬢様モード』の2つを使い分けるだけで手一杯だから、わたしにイチちゃんの言う微妙な調整とかは無理だよ~?」
そう泣きそうな顔で従姉妹に縋りつく美晴ちゃん。それを範囲知覚で『視つつ』、内心で「いや、むしろ2種類の仮面を使い分けとることに驚いた」と思ったりもしたが――今は何より、目を丸くして「……カホも、遠慮、した方がいい?」と。泣きそうな顔をして儂から手を離してしまった、震える黒猫幼女を優先することに。
「いや、その必要はない」
そっと、離れゆく小さな手を握り止め。嘉穂ちゃんの金色の瞳をまっすぐに見つめて、そう断言し。笑いかけて、
「そもそも、ここはゲームのなか。このAFOでの儂は『ミナセ』という赤毛のドワーフであり、それ以上でもそれ以下でもない――ただの嘉穂ちゃんの親友じゃ」
ゆえに、遠慮はいらない。
ゆえに、つまらぬ現実世界の『あれこれ』など関係ない、と。そう告げて揺れる瞳を見つめ、子猫の頭を優しくなでる。
「そのうえで――イチよ。もう何度も言っておるがな、『ここに居る限り、儂のことは「ミナセ」という単なる同性の、似たような歳の友人』として扱え」
――水無瀬 一という孫娘が、儂のような不出来な人間をこうまで敬い、慕ってくれる理由は、なにも儂が水無瀬家の前当主じゃったから、というわけではなく。VRデバイスを使った電子仮想世界での戦闘技術を教えたからでもない。
単純に、少女がもっとも『強くなりたい』と願ったときに、その方法を教えてやれた。それが、たまたま儂で。たまたま、VRデバイスを用いた範囲知覚の技術や剣術であったというだけで……。
当時の――最愛の母親を喪い、世界中のすべての人間を『敵』として嫌い、怯えながら、それでも『母の一人娘として立ち上がらねばならなかった』彼女からすれば……あるいは儂は『まるで救世主のよう』であったのかも知れんが、な。彼女の母親を守ってやれんかった前当主など、本来は『恨まれても仕方ない』はずの、役立たずの無能で。少女に対して親身になって接したのだって、そんな罪悪感からの贖罪めいた思いが無かったと言えば嘘になる。
……しかし。
それでも。
少女がもっとも孤独であったとき、傍にいることができた。……壊れかけていた孫に、1つの拠り所を作ってやれた。
そのことで感謝され、こうまで慕われることになったのは、当然、嬉しくないわけがない。
しかし、
「美晴ちゃんも、どうしても使い分けが難しいと言うのなら……こうしよう。この『ミナセ』のアバターに対しては『お友だちモード』で良いとして。本来の姿のときには『お嬢様モード』で、というのはどうかの?」
果たして、そんな儂の提言にイチは「は、はい……! そ、それでしたら私でも切り替えが容易そうですし、おチビもそうしたら?」と顔面蒼白になりつつも同意。美晴ちゃんにもそう同調を求めれば、「それなら、まぁ……」と犬耳少女も頷く。
「ふむ。で、あれば……これにて、こうした実家関係の――いわゆる現実世界での『あれこれ』は終いとしよう」
今はゲームをやっているのじゃから、語るならAFOのことに、と。多少、強引にではあれ、儂は傍らの小さな友人の温もりを失わずに済んだ、と密かに胸を撫でおろし。
「そう言えば、イチよ。おまえさん、聞くところによればVR戦技の大会などでは『居合刀』を使用しておるらしいのぅ」
次に、先の遣り取りですっかり萎縮してしもうた白髪の孫娘のフォローを、と。儂の確認の言葉に「は、はい」と緊張感を纏って頷くイチへと振り向き、「ああ、別に責めたりはせんから、そうあらたまって硬くならずとも良い」と断ったうえで『トレード機能』を呼び出し。
とりあえず、これを受け取って装備してくれんか? と、そう言葉をかけつつ。この日、新しくAFOを始めた彼女のために、あらかじめ『運☆命☆堂』にて買っておいた装備一式をこのタイミングで渡すことに。
「は、はい。ええと……インベントリ内の装備は、その装備に焦点を……。で、『装備しますか?』に『YES』、と」
果たして、イチがそう焦り、慣れない仕様に戸惑いつつも儂の指示通りに装備するさまを眺めていると、白鬼少女の体が装備変更に伴うエフェクト光に一瞬だけ包まれ。
そうして、次に現れた際に纏っていたのは、とある作品において『新選組』と呼ばれとった武装集団が纏っていた衣装で。ちょうど額当てが彼女の長い前髪を押し上げ、普段は顔面の上半分を隠していたベールが剥がされる形となり。母親譲りだろう、幼くも整った美貌があらわになった。
「こ、これは……! な、なんだか、師父様に稽古をつけていただいた『道着』に似ていて動き易いです! それに装備は……私が普段使っている『居合刀』と同じ系統のものですか!?」
「うわー、うわー! なにそれ、超カッコいい!!」
「わー!! すごい! イチさん、カッコいい!!
わいわい、キャッキャと喜色満面で白髪少女の周りを駆け回るワン子と黒猫はさておき。イチが――水無瀬 一という少女がもっとも得意としていた『居合刀』を模して造られた武器を渡したことで、それまで気落ちしとった彼女も喜び、機嫌も上向いてくれたようで。……しかし、すぐさま額当てを下ろし、眼帯のようにするのはどうなんじゃろうな?
いや、似合っていないわけではないし……本人も範囲知覚で確かめてだろう、「よし」と再度前髪のカーテンを下ろして頷いておるから、悪くはないんじゃがな。
そんな少女の姿を見て、一転してワン子は「うわー……超似合うー……」と棒読みぎみに言って表情を引きつらせ。猫耳メイド幼女にいたっては、眼帯をした白髪の鬼人娘の姿がどことなくホラーチックにでも見えたのか、瞬時に儂の傍らに戻って来てしまったが――……うむ。まぁ、本人が良いと言うんじゃから良しとしておこう。
「あー……じつを言えば、その『居合刀』や『防具』の性能はそこまで高くは無いんじゃが。まぁ、ある程度レベルを上げるまでの繋ぎとしてなら、そう悪い武装でもあるまい?」
「はい。師父様――いえ、ミナセさんにはとても良い物をいただけて、誠に感謝しています」
ありがとうございました、と。そう言って深く頭を下げてから、居合刀を腰に差して『にまにま』と笑うイチは、一見してわかるほどに嬉しさが全身から滲みでているようで。その外見こそ奇怪に映ろうが、雰囲気からして怖いものではない、と察してか。嘉穂ちゃんもようやく儂の影から出てきた。
……なんにせよ、彼女がAFOではどういったプレイスタイルを選ぶかや初期の裏ステ次第では持てないかも知れないといった不安もあったが、用意して良かった、と。なんとかこの場の空気を明るくできたことも合わせて儂も嬉しく思い、瞳を細めるのじゃった。
そして、予定通りにたどり着いた冒険者ギルドにて。さっそく、さきのダンジョンで手に入れたドロップアイテムを売却。得られたGを分け合ったあとで、嘉穂ちゃんに〈鍛冶師〉への転職を頼み。イチにはいったん、子猫に『居合刀』をトレード機能で渡すように言って。
……おそらく、眼帯の下では涙目となっとるだろう、宝物を手放すよう強要された幼児のごとき表情をしとる白鬼娘に苦笑を向け、
「ほれ、そんな顔をするでない。……で、嘉穂ちゃんは今から『魔石』を10個渡すでな。イチの『居合刀』を『強化』してやってくれんか?」
それで、嘉穂ちゃんはおそらく〈鍛冶師〉のレベルが上がり。称号【七色の輝きを宿す者】が手に入る。
そして、予想外にも『鬼人』という筋力値が高い種族を選んだことで最初から『強化された装備』を使えそうなイチに、より強力な装備を与えられる、と。そう二人に儂の狙いを聞かせれば、ようやく納得してくれたのか、二人は頷き。いつかのように冒険者ギルドの裏庭を借りて『強化』とレベルアップに、≪メニュー≫に追加されたろう『ジョブチェンジ』の項目を使用しての転職の仕方を説明して。
ついでに、今の今まで達成報酬で手に入れただろう『見習いポーチ』を装備しておらんかった白髪の鬼少女には、今すぐ装備するよう勧め。そこに入れておけば、不意のHP全損時でも中身は失わずに済むゆえ、これまで報酬で手に入れた回復アイテムや装備などを移すよう提言し。いざという時に『ポーチ』から即座にアイテムや代えの装備が取り出せることの利点を、経験則を交えて教えれば「いや、そこまで切羽詰まった状況とか、おじーちゃんぐらいしか経験してないと思う」という美晴ちゃんの呆れ顔を頂戴したが、それはとりあえず無視して。
果たして、儂は〈斥候〉に。美晴ちゃんは〈戦士〉に。そしてイチは〈狩人〉に、それぞれ転職を終え。いよいよ、ここまで来た『ついで』が済んでしまった儂らは、嘉穂ちゃんとの別れをあらためて済ませようと口を開き、
「ああ、そうじゃ。嘉穂ちゃん、装備類に関してじゃが――」
……ここから先、この猫耳幼女を儂が直接守ってやることはできない。
ゆえに、HP全損時にインベントリ内のアイテムをすべて落としてしまう仕様のことをあらためて語り。大量の武装を持ち歩いての【投擲術】をメインとした『物量戦』が今日までの嘉穂ちゃんのやり方であったが……それでは何かあったときに武装のほとんどを失くしてしまって危険じゃ、と。
ゆえに、筋力値が下がっている現状、装備が出来なくなっている防具も併せて冒険者ギルドの『預かりシステム』を利用するべきじゃ、と。高レベルの冒険者NPCである『山間の強き斧』と一緒に居れば大丈夫じゃろうが、そうでないときに不心者に狙われんとも限らんゆえ、いったんはインベントリ内のアイテムをすべて預けるよう提言。
……嘉穂ちゃんレベルの【投擲術】の使い手であれば、『練習用武器:短剣』でも十分に牽制に使えるじゃろうし。街なかであればPKなどもされんじゃろうから、『トライデント』を幾つか持っておっても良いが、一人で外に出るのであれば、そうした最悪の事態も想定しておくべきじゃろう、と。
そのうえで、なにかあればすぐに、儂でも誰でも良いからメッセージを寄こして欲しい、と。知らん人間には基本的に『写真』や『フレンド申請』を許してはいけない。しつこく話しかけてくるようなら、すぐに『ブラックリスト』を。
それから――と、思いつくがままにいろいろと助言しておると「……おじーちゃん。そんな、『初めてのお使い』に行かせる幼児じゃないんだから」と美晴ちゃんは呆れ顔になり。嘉穂ちゃんもまた「……あはは。もう、ミナセお母さんは心配性だな~」と笑ってくれたが……心配なものは心配なのじゃから、仕方ないじゃろう?
と、そんな儂らの悶着を見たからなのか、
「――決めました。私はここで、カホさんの待ち合わせの方が来るまで一緒に待っています」
果たして、意外なことに、イチがそう言って子猫と残ると言い出し。
あらためて理由を聞けば、嘉穂ちゃんの待ち合わせの時間と似たようなタイミングで今日はログアウトするつもりだった、と。そして、ダンジョン内の体感時間10倍の仕様が思ったより疲れた、というもっともらしい言葉を並べておったが……十中八九、儂が未だに未練がましく少女との一時の別れを惜しんでいるのを見て取り、泣くのを必死で我慢しとる子猫のもとに少しでも長く居てやろうと考えてじゃろう。
……ああ、儂は孫に恵まれておるな。と、瞳を細め、イチの配慮に感動していると、
「安心してください。カホさんは私が身命を賭して良からぬ輩からお守りします」
ちらり、と。わざわざ眼帯を上げてまで寄越した目配せで、儂らに今すぐにでも声をかけようとする連中が数多く周りに居ることに遅ればせながらに気づかされ。こんなところに一人、嘉穂ちゃんを残していこうとした愚かさと、彼女の狙いを正しく察した儂は、
「ふむ。ならば、儂が許す。不埒な輩は――斬って良し!」
「ちょおッ!? 良くないよ!? イチちゃんも『御意』じゃないから!」
わいわい、ギャーギャーと。ひどく真面目な儂とイチに大きな声でツッコミを入れる美晴ちゃんという、そんなひどく騒がしい遣り取りを見せることで――正しく、白鬼少女の目論見通り、儂らは笑顔の子猫と別れることが出来たのであった




