クエスト2 おじーちゃん、しぶしぶ『ロリ』になる?
あらためて、さきに居たログハウスのリビングに場所を移し、テーブルを挟んで向かいあうように座る小春と少女を眺めた。
……ふむ、さすがによう似とるな。
今年で12歳だったか。このVR空間におけるアバターのデザインが現実のそれとまったく同じであれば、少女――孫の美晴ちゃんは、まぁ歳相応に幼くも母親に似た整った容貌であり、身内の贔屓目を抜きにしてもなかなかに愛らしい見た目をしていた。
「ふえ~……。おじーちゃん、ほんとーにお爺ちゃんだぁ」
今、儂は元の姿――齢70を過ぎた皺だらけの容貌のアバターを晒しており。初対面であること以上に、さきほどまでの小柄で幼げな童女とは似ても似つかない姿ゆえか、美晴ちゃんは興味深げに目を大きくしつつこちらを見ていた。
……ふむ。まぁなんにせよ、初顔あわせで「祖父=童女のアバターを好きで纏う変態」だと思われないでよかったの。
もっとも、さきほどの「わたしのおじーちゃんて、へんたい……?」と呆然としたそれから「あ、おかーさんの仕業か」とすぐに理解してみせるさまは、やはり小春のことをよく知る娘といった感じじゃが。
「あらためて、はじめましてだの、美晴ちゃんよ。儂がおまえさんの祖父であるところの水無瀬 修三じゃ」
よろしくの、と。軽く眼尻を細めて告げる儂。
対して美晴ちゃんは、やはりこちらをしげしげと眺めながら、
「あ、わたしは水無瀬 美晴だよ! ――って、知ってるか。うん、よろしくね、おじーちゃん!」
にぱー、と。花咲くような笑顔を浮かべて言った。
「で、で! おじーちゃん、さっきの! かわいいのがおじーちゃんのAFOでのアバター!?」
「む? ああいや、あれは――」
「そうだよー!」
……おい、小春よ。なにを勝手なことを言っとるんじゃ。
「いやいや。儂としては、なにをするにしてもこちらの姿での方が安定すると思うんじゃが……」
「え~、そんな~……。今のお父さんよりさっきの『ドワーフ』の女の子の方がかわいいから良いと思うんだけどなぁ」
……いや、小春よ。かわいいかどうかを基準で語られても困るんじゃが。
それ以前に、美晴ちゃんとしても嫌じゃろう? 祖父が自分より幼い童女のアバターを使うなぞ、と確認すれば「え? ……なんで?」と不思議そうな顔で首を傾げて返す辺り、意外なことに彼女としては「祖父=童女」でもOKであるらしい。
「と言うか、おじーちゃんはわたしと一緒にAFOやってくれるんだよね? ポジションとか希望ある?」
ぬ? ポジション?
「あー……お父さん、MMOとか初めてだからねぇ。美晴はどうするの? お父さん、それに合わせてキャラクリするって言ってたけど」
「え、そうなの? ――あ、そうだ。おじーちゃん、じつはね、もう一人わたしの友だちの子も一緒にやりたいんだけど、良い?」
『志保ちゃん』っていうんだけどね。βテスターで〈魔法使い〉志望なんだってー、と。何が楽しいのか終始ニコニコ笑顔でまくしたてるように告げる美晴ちゃん。
果たしてそれに儂が何かを返す前に「ああ、志保ちゃんねぇ」と小春が口を開く。
「そっか、βテスターの子と一緒にできるんならいろいろ助かるんじゃない? ま、さすがに正式版と試験用のβ版じゃ全部が同じなわけじゃないけど」
「でもでも! 全部じゃなくっても同じような仕様なんだよね? で、わたし、『獣人』でワンコやりたいんだワンコ!」
う~ん、姦しいのぅ。
なにやらワイワイと騒がしく話す二人をまえに内心でため息を一つ。まぁなんであれ仲が良さそうなのは良いことじゃの。
「犬系の『獣人』ってこと? じゃあ敏捷と体力が高めで魔力が低めなキャラになるわね。ちなみに志保ちゃんは『人間』? それとも『エルフ』?」
「『エルフ』だって~。うん、だからね――おじーちゃん!」
お、ついにこちらに話がまわってきたの。
「おじーちゃんにはね、できれば頑丈な盾とか鎧とか装備して志保ちゃんのガードをしてほしいな、って」
ほら『エルフ』で〈魔法使い〉だと防御力がさ、と笑って言う美晴ちゃんに「かまわんよ」と頷いて返す儂。
「もともと儂には、これと言ってやりたいプレイスタイルがあったわけでもなかったしのぅ」
「ほんと!? じゃあ、じゃあ、さっきの『ドワーフ』の女の子でいい!?」
……ぬ?
「ほら、『ドワーフ』って、たしか生命力、丈夫が高かったから打たれ強いし、筋力が高いから重くて頑丈な装備を持てるだろうし、『壁役』に最適だと思うんだぁ」
ふむ、なるほど。美晴ちゃんの言う通り、たしかに『ドワーフ』の特徴からして『エルフ』のような生命力や丈夫の低いだろう味方を守ってほしい、というのは理にかなっているように思える。
そして、ああ、だからこそ美晴ちゃんはさきに儂の希望するポジションを訊いたのか、と。『ポジション』とは、つまりは戦闘時における役割のことだったわけじゃの、と理解して納得した。
しかし、
「『ドワーフ』をやるのはかまわんが……わざわざ童女になる必要があるとは思えんのじゃが?」
小春の「かわいいから!」という意見は無視するとして。なぜ、美晴ちゃんまでが儂に童女のアバターを使わせたいのかがわからず首を傾げれば、
「え? だって、わたしも志保ちゃんも女の子だよ?」
むしろ儂の方が「何言ってるの?」というような不思議そうな顔をして彼女は言った。
「ほら、客観的にみて女の子三人の方が良くない?」
……そう、なのかのぅ?
うぅむ……。正直に言って、儂には何がどう良いのかがわからんのじゃが……最近の若者の感覚はおろかVRゲームなどのことも門外漢な儂にはなんとも言えんのぅ。
「しかし、件の一緒にプレイする『志保ちゃん』とやらに儂が童女のアバターを纏う老人だと話したとして……本当に大丈夫なのかのぅ?」
儂じゃったら、中身ジジイが好き好んで童女のアバターを使っておったら軽蔑しそうなものじゃが、美晴ちゃん曰く「ぜったい大丈夫!」らしいとのことなので反論は諦めることに。
「……ちなみに、言葉遣いや振る舞いは素のままでも許してくれるかの?」
ため息を一つ。それこそ内心で土下座せんばかりの嘆願に対し、「むしろ、そのままが良いんだよ!」と立ち上がって力説する美晴ちゃん。
「おじーちゃんは『お爺さん』だからね! その自然体での『年老いた感じ』というか『にじみ出る人生の深み』みたいなのが幼い女の子のアバターで不自然なく発せられるのが『おいしい』んだよ!」
ふんす、と。鼻息荒く、拳を握ってまで告げる孫に「あー……、わかった。さきの童女『ドワーフ』のアバターでやろう」と肩をすくめて返す儂。最近の女の子の感性はわからんのぅ、としみじみ思いつつ、遠い目になって明後日を向いた。
「ほんとに!? あ、わたしはワンコで〈斥候〉やるから!」
さておき。美晴ちゃんの言う〈斥候〉とは、たしか『索敵に適した職』だったかの? と思考を切り替え、あらためて話し合いを続けることに。
ふむ。それで一緒にプレイしたいという志保ちゃんという子が希望しているのが『エルフ』の〈魔法使い〉。で、儂にはそのガードをしてほしい、と。
「で、あれば……儂は〈戦士〉の〈職〉に就き、『練習用武器』のなかから『盾』を選んで【盾術】、【強化:筋力】か、あるいは【強化:丈夫】あたりを取得するべきかの」
はて、ほかにどんな【スキル】があったかの? と、さきほど小春より教えられた公式ホームページを呼び出し、〈職〉や【スキル】に関した項目を開いて考えこむ儂。
「あ、それ、もしかしてAFOのホームページ? わたしも見たい、おじーちゃん!」
果たして、そう言ってテンション高く突撃してくる美晴ちゃん。そのまま儂の隣に腰掛けウィンドウを覗きこみながら「あ、そだそだ!」と、急に顔をあげて口を開く。
「あのね。志保ちゃんが言ってたんだけど、【剣術】とか【槍術】みたいな武器戦闘系の【スキル】って〈戦士〉とかの『その武器に対応した職』に就いて、少しその武器を振り回してたらとれるんだって」
だいたい2、3時間ぐらい? と首を傾げながら告げる美晴ちゃんに「ふむ。そういうことであれば【盾術】はチケットで取得するのは勿体ないか」と返す儂。なるほど、〈職〉で取得できる【スキル】についての情報もあらかじめ集めてからの方が効率が良さそうじゃのぅ、と美晴ちゃんが知らせてくれたことにあらためて感謝する。
「でねでね! 〈斥候〉は【短剣術】に対応してたっていうから『練習用武器』は『短剣』を選ぶとして。でもでも、わたし、なるべくなら槍を使いたいんだー」
ほら、槍ならモンスターにもあんまり近づく必要ないでしょ? と、笑顔で告げる美晴ちゃん。その言葉でモンスターとの戦闘行為というものにようやく思考が及ぶ。
「……小春よ。AFOでの『痛覚設定』はどうなっているのかの?」
戦闘ということは、あるいは攻撃を受けることもあろう。そしてVRデバイスを介した疑似体験とは言え、『痛み』は感じる仕様だろうと予想しての儂の問いへの返しは、
「うーん、その辺はある程度『メニュー』で設定できるから実際に試してほしい、って感じだけど……。まぁいちおう、初期のままでも『子どもがやっても大丈夫な程度』には加減されている、はず」
「志保ちゃんは『予想よりかなりマイルドだった』って言ってたよー」
苦笑しての小春とあまりわかっていない様子の美晴ちゃん。両者の言葉を踏まえたうえで、それでも一緒にプレイすることになる孫のため、これはあちらですこし試してみるべきかのぅ、と。AFOにログインしてからの行動予定に加える。
「あ、そだそだ。話戻すけど、おじーちゃん。わたし、最初は〈戦士〉でいこうと思うの」
曰く、初期で手に入る『練習用武器』は〈斥候〉に対応した『短剣』で。しかしメインで使いたい武装は槍なので、最初から持たされた金銭を即座に消費して槍を買い、〈戦士〉に就いた状態でまずは【槍術】を取得。そこから〈職〉を変更――通称『転職』を行いたいのだそうだ。
「ちなみに初期手持ちは100G。『G』はゴールドの略で、つまりは金貨のことね。で、『転職』するのにも最低100G かかるよー」
「うぇ!? そ、それじゃあ【槍術】は『チケット』でとった方が良いのかな?」
……ふむ。この場合は、【スキル】を1つ100Gとすこしの時間で買う、ということかの。
「うーん、一概にはそうとも言えない、かなー? そもそも対応した〈職〉に就いて時間と手間を惜しまなければ【スキル】は大抵とれるわけだし。要は『チケット』消費で取得する【スキル】は、その手間暇を軽減するためのもの、みたいなものだからねぇ」
「ちなみに美晴ちゃんは『チケット』では何の【スキル】を取得したいんじゃ?」
なんであれば費用は儂が工面しても良いが、と思いつつ問う儂に、美晴ちゃんはキョトンとした表情を向け、
「あー……べつにそこは考えてなかったー」
あははー、と笑って。あらためて『チケット』消費で取得可能な【スキル】の一覧を呼び出して考えこむ美晴ちゃん。……この辺、小春の娘だなと思ってしまうのぅ。
「ちなみに初期でセット可能な【スキル】は3つまでだから」
それ以上を取得したら≪ステータス≫で変更してねー、と軽く言う小春。
それに、そう言えばさきほど見た≪ステータス≫にも『スキル設定(0/3)』と最後の方にあったの、と納得する儂。『転職』というシステムもあわせて考えれば、あるいは状況や組む相手に合わせて切り替えていく、というのもアリかのぅ。
「あ、そうだ! わたしと志保ちゃん、平日は学校が終わったらログインだから!」
と、隣りあってウィンドウを覗いていた美晴ちゃんが突然顔をあげて告げ、
「たしかAFOって体感時間倍率は3倍だったよね?」
「そだよー」
――VRデバイスを介した仮想世界を疑似体感するシステムにおいて『現実における時間経過』と『仮想世界での時間経過』が必ずしも同一ではない、というのはもはや常識であり。言ってしまえば、それは臨死体験中に見る走馬燈のような『一瞬を何倍もの長さに引き延ばして体感する』感覚を疑似再現するがごとく、忙しい現実のわずかな余暇を何倍にも増やしているようなそれは、まぁそれなりに受けているようではあった。
「ふむ。そうか、AFO内では時間が3倍になっているのか」
つまりは、現実世界における1時間がAFOにログインしている状態に限り体感では3時間となり。あちらで1日過ごそうとも現実では8時間しか経過していない、と。
ちなみに、この手の体感時間の引き延ばしは、倍率によっては脳への過負荷から健康を害するレベルになることもあるので幼児や老人、病人には規制されていたりもするのだが……まぁ3倍程度なら儂や美晴ちゃんなら問題あるまい。
「えっと、わたしと志保ちゃんは学校が終わって、家に帰って準備して、時間をあわせてログインする予定なんだけど――おじーちゃんはサービス開始と同時にやるの?」
「ふむ。ちなみにそのサービス開始の時間は?」
「今晩0時からー」
小春の返しに、チラリと現在の時間を確認。今がおおよそ21時じゃから、サービス開始という深夜0時まで3時間少々か。……小春のやつ、儂に話をもってくるのが直前すぎやせんかのぅ、という愚痴はさておき。
とりあえず何も予定は無いので孫の問いに首肯で返す。
「あー、じゃあ現実で午後の4時ちょうどにログインする予定だから……おじーちゃんは最低16時間だからその3倍で……、え~と……?」
「ざっと48時間――だいたい2日ぐらいはソロでプレイだね、お父さん」
……ふむ。
「ちなみにじゃが、AFO内での開始時間は?」
現実が深夜0時なら、AFO内も深夜0時相当なのかの? といった趣旨での問いに対する答えは、
「あ、そっちは昼の12時から――って、ああそうだ!」
と、そこで慌てて一つの選択肢を表示するウィンドウを出現させる小春。そしてそれを儂と美晴ちゃんの眼前へと移動させて、
「あのね、開始地点というか最初に選べる街が3種類あるんだけどね。それを一緒にやる二人には、あらかじめ同じのを選んどいてほしいな~、って」
果たしてその選択肢というのが――
〇 迷宮都市『エーオース』
〇 山林に囲まれた街『アイギパン』
〇 海辺の町『キルケー』
――という3種。
そして、それを見ての美晴ちゃんの選択は、「ちなみに、おかーさん? この最初に選んだ街以外にも後から移動できるの?」という確認の後に、
「うん、後でどこにでも行けるんなら山林に囲まれた街――『アイギパン』で!」
と言うことなので儂もそうすることに。
「って、そうそう! おじーちゃん、そんなわけだから2日ぐらい一人でしょ? だからね――」
美晴ちゃんは、果たして一つの提案をして。
「ふむ、まぁおまえさんがそれで良いと言うのなら儂はかまわんよ」
と、儂はまた軽く頷いて返すのであった。
以上、ここまでがおおよそ『キャラクリ』関係の説明話。
そして次回、ついに「おじーちゃん(AFOの)大地に立つ!!」