クエスト53 おじーちゃん、陽射しの下で『終わり』を実感す
AFO初のイベント――その開始30分まえにログインし。目を開けると、そこには儂の顔を覗き込む黒髪褐色肌の猫耳幼女が居た。
「あ、おはようミナセちゃん!」
「ああ、おはようさん」
約束の時刻ちょうどにログインしたつもりじゃが……もしかして、待たせてしまったか? と、上半身を起こしながら問えば、「ううん、大丈夫」と子猫は首を振って笑顔で否定。
曰く、これまではずっと、ログインすると「おはよう」と言って出迎えてもらえたので、今回だけでも、と考えて現実世界で1分だけ早くログインするようにしたのだそうで。……正直に言って、その何が嬉しいのかは定かではないが、嘉穂ちゃんの機嫌が良いのは悪くないとして深く考えることもなく流すことに。
果たして、ログアウト直前に確認こそしたが、あらためて「≪ステータス≫、オープン」と呟いて現在の状態を確認。
『 ミナセ / 初級運び屋Lv.31
種族:ドワーフLv.15
職種:運び屋Lv.16
副職:探索者
性別:女
基礎ステータス補正
筋力:18
器用:3
敏捷:4
魔力:0
丈夫:6
装備:初級服、初級冒険者ポーチ、初級ローブ、薔薇柄のスカーフ
スキル設定(6/6)
【強化:筋力Lv.2】【収納術Lv.21】【聞き耳Lv.22】【忍び足Lv.18】【慧眼Lv.2】
【潜伏Lv.17】
控えスキル
【暗視Lv.14】【盾術Lv.24】【斧術Lv.23】【翻訳Lv.2】【鍛冶Lv.17】
【槌術Lv.24】【水泳Lv.25】【回復魔法Lv.9】【看破Lv.10】【罠Lv.12】
【漁Lv.11】【投擲術Lv.1】
称号
【時の星霊に愛されし者】【粛清を行いし者】【七色の輝きを宿す者】【水の精霊に好かれし者】【贖罪を終えし者】【武芸百般を修めし者】 』
……ふむ。しみじみ、この『蒼碧の水精遺跡』に来てすぐの頃より成長したものじゃなぁ、と。密かに自画自賛しつつ、「さて、行こうか」と傍らの相棒に声を掛ければ、「うん!」と元気いっぱいの返事があり。
アキサカくんたちに造ってもらった装備一式を纏ったままでは目立つとして、儂は『初級服』に『初級ローブ』、嘉穂ちゃんは『見習い服』に『見習いローブ』なんていう簡素に過ぎる粗末な格好をしているわけじゃが……いやはや、こうした『水場では決して装備しなかった』それらを纏い、『スキル設定』から外すことの無かった【暗視】と【水泳】を『控え』に回しているというのも実に感慨深いことで。
それこそ、儂などより嘉穂ちゃんの方がそうした感情を抱きそうじゃが、これら質素な装備を纏って『ローブ』の帽子を深くかぶった子猫は、むしろこれからのことに対する『期待』の方が強いようで。傍目には顔を半分隠しながらも、儂の範囲知覚で『視える』満面の笑みは、こちらもまた胸を躍らせるような効果をもたらし。
儂は瞳を細め、さっそく『緊急回避』という〈探索者〉固有の、使えばパーティでいつでもダンジョンから転移魔方陣広場へと移動できるアーツを使用。儂と、そして長い間薄暗い洞窟やダンジョン内に閉じ込められていた黒い猫耳の少女は――ようやく陽の光のもとに帰ってきた。
[ここは、エーオース転移魔方陣広場です]
切り替わった視界の端を過ぎる現在地を報せるインフォメーションを見て、そう言えば最後に利用した冒険者ギルドは迷宮都市エーオースであったな、と。どこか他人事のような、遠い過去の記憶のような思いになるのも一瞬のこと。
「……ああ。ミナセちゃん、明るいよ……。太陽、暖かいよぉ……!」
傍らの、そう言って静かに涙し、儂の片腕にすがりついて震える嘉穂ちゃんの胸中はいかほどのものか……。
これまでこの幼い少女が抱え、苦しみ、孤独に涙した日々を思えば、儂の抱く感慨などとるに足らない小さきものじゃろう、と。儂はただ無言で少女の頭を撫で続けて。
そして――……遅ればせながら、儂と嘉穂ちゃんを囲うように複数の男性プレイヤーが集まりだしたのに気づいて、密かに緊張感を高める。
……ふむ。まさか、儂らのことを待っていた、と?
元PKであった嘉穂ちゃんはもちろん、儂にしたって何人かを教会送りとしており。恨みを買っているのはたしかじゃろうが……しかし、こんな街なかで『待ち伏せ』などしたところでなんになる?
まさかPKなどされんじゃろうし、と。それこそ、いつでも装備一式取り出したうえで〈戦士〉に就き直せるよう、心構えだけはしつつ。いつ襲い掛かられても瞬時に反応できるよう身構える儂と、未だに状況を察していない黒猫幼女に対し、
果たして、転移魔方陣広場に集った男性プレイヤー一同は――
「「「――お勤め、ご苦労様っしたぁぁぁああああ!!」」」
上がる、野太い声。
そして、いっせいに下げられる頭。
それに「ひゃッ!?」と小さく悲鳴をあげて飛び跳ねる子猫は、さておき。儂はようやく彼らの正体に気づいた。
……ああ、こやつらはアレだ。海辺の街『キルケー』を拠点とする2大クランの片翼――クラン『漁業協同組合・漢組』の連中じゃな?
内心でため息を一つ。儂の背に隠れる嘉穂ちゃんに「大丈夫じゃ」と言って笑いかけ、連中の正体についてもそれとなく話して宥めるが……まったく、こやつらは何がしたいんじゃ? と、訝しむ儂のまえで彼らは左右に割れ。そうしてできた、彼らが造る花道のさきを見れば、忘れもしない『漢組』の大将――ダストン親分が仁王立ちしており。……その横で他人のふりをしておるダイチくんたち『ヒーローズ』の面々には悪いことをしたというか、事前に関係各位にメッセージを送ったことを軽く後悔しそうな光景じゃのぅ。
もっとも、
「あ。親分だ!」
最初こそ大の男の突然の大声に驚き、怯えていた嘉穂ちゃんもダストン親分の姿を確認して心底安心したようで。それまでの震え、すがりついていたのが嘘だったかのように笑顔を咲かせ、髭もじゃの大男に駆け出していく。
……ふむ。なんというか、懐いとったペットがお客さんにとられたような寂しさを感じてしまうのぅ。
今日まで、なんだかんだAFO内で一週間以上をずっとともに居たからか、黒猫幼女が離れていくのをみて少し寂しいような気分になったが、『本来はこれが正しい。一箇所に閉じ込められている方が不健全』と自身に言い聞かせ、無理やり寂寥感に蓋をする。
「やあ、ミナセちゃん。久しぶり」
「うむ。久しぶりじゃの、ダイチくん。それに『主人公と愉快な仲間たち』の皆も、今回は世話をかけたのぅ」
『漢組』は子猫に任せ。儂はダイチくんたち五人と挨拶を交わし。あらためて、今回の件――『亡霊猫』関係でのレベル上げの手伝いや、嘉穂ちゃんを救うために尽力してもらったこと――に対するお礼を言って、用意しておいた『土産』を渡そうとするが、
「……うん、あのねミナセちゃん。きみが厚意で、お礼として『くれる』って言うのに『いらない』とは言い難いんだけどさ……」
「それでも『これだけの物』を単なる『お土産』ってことで貰うのは、ちょっと……」
……さて、困った。
どうやら『お土産』の選択に失敗したようで、儂がトレード機能にてダイチくんに渡そうとした『それら』の目録を目にして、彼らは微妙な表情になり、受け取りを拒否されてしまった。
「こう言ったら、アレだけど……ここできみに『お礼の品』を貰っちゃったら、僕らの『厚意』が『打算』のように他人に見られちゃうからね」
だから、『行為』に対する『謝礼』は言葉だけで良い、と。もしくは、今回のイベントで『お手伝い』を頼むかも知れないから、『行為』で返してくれたら良い、と言われてしまえば……仕方ないか、と諦めざるをえない。
「っていうか、このままカホちゃんが『薔薇園』に入団してくれたら、それだけで破格のお礼になりますし、何気に彼女が『薔薇園』で最強だったりも?」
果たして、そんな彼らの反応に思わず眉根を寄せ、気落ちしていると、カネガサキさん。儂の頭を撫でまわしつつ、密かにダイチくんに蹴りを入れているのを範囲知覚で『視て』、どうやら気を遣わせてしまったらしいと察し。……しかしながら、儂がそのことに気づいたことを露わにするのもどうかと思い、今は撫でられるがままで居ることに。
「お? つまり、あの黒猫娘が新しい団長か?」
「これだから筋肉は……。いったい何時からクランの代表が1番レベルの高いプレイヤーだと錯覚していた?」
そして、そんな糸目の青年の言葉に乗る巨漢の重戦士と遊撃担当の美少女。……そのうち、ドークスは天然でのボケであろうが、カネガサキさんと入れ替わりで儂の頭を撫でに来たちぃお姉ちゃんはどこまで空気を読んでの行動か読みにくいのぅ。
そして、
「うん。本当に……お疲れ様」
その言葉。それを告げたカネガサキさんの、まるで保護者が子どもの頑張りを褒めるかのごとき慈愛に富んだ暖かい雰囲気と、やさしく撫でられる感触に――
不意に、一筋。涙が頬を過ぎていった。
「……ぁ」
驚く。そして、気づく。
……そうか。儂は、今の今まで……まだ緊張感を抱いたままであったのか。
それが、彼の言葉と温もりで、溶けて……。それで、ようやく「終わった」のだと実感できたのか……。
「……ミナセちゃん?」
そして、そのことに気づかせてくれた糸目の青年に、「……ありがとう」と告げ。こちらを心配気に見下ろす面々に笑顔を向けて、
「嗚呼……儂は、やりきったのじゃなぁ」
万感の思いを込め、そう呟けば。それで儂の心情に気づいたのか『ヒーローズ』の五人は笑みを浮かべ、「お疲れ様」と。それぞれの言葉、それぞれの撫で方で儂のこれまでの戦いに終止符をうってくれた。
そして、
「――おっ、じ~ちゃ~っん!!」
範囲知覚にて、事前に彼女の接近を『視て』知っていたが、敢えて避けることはせず。
傍目には、不意に飛び出してきたように見えただろう、桃色長髪の犬耳少女のジャンピング・ハグを儂は受け止め。首に回された少女の手と頬擦りに瞳を細めて、
「……久しいの、美晴ちゃん」
対して、軽装鎧を纏った犬耳少女――孫の水無瀬 美晴ちゃんこと、『みはるん☆』というプレイヤーネームの彼女は笑顔満面で「うん。久しぶり、おじーちゃん!」と応え。
彼女との再会に心を温かくし、そのまま少女の温もりを甘受し続け――ようとして、ハラスメント防止機構の警告が来たので「……相変わらず空気を読まんな」と内心で顔をしかめつつ、抱きつく孫をやんわりと離すことに。
そして、ようやく猫耳幼女の歓迎会がひと段落したらしいダストン親分と、手を繋いで仲良く近づいてくる双子の方へと顔を向け。あらためて、髭もじゃの巨漢と挨拶を交わし。
「ミナセの嬢ちゃん……。今回は、『漢組』の若ぇのの後始末を任せちまって本当にすまなかった」
そう頭を下げるダストン親分と、それを見ていっせいに「すいやせんッしたぁぁぁああああ!!」と怒鳴るように言って頭を下げる男たち。そんな彼らに「ああ。そんな騒ぐと他のプレイヤーに迷惑になるでな、静かに」と苦笑して言い、
「それに、儂がしたのは『友だち作り』と、その友だちと時間いっぱいAFOで一緒に遊んだだけじゃよ」
そう軽く肩をすくめて返し。逆に、ダストン親分たちには短い間とは言え世話になった。ありがとう、と。アキサカくんたちを儂らのもとに届けてくれたのはもちろん、嘉穂ちゃんと一緒に『洞窟』で雑魚狩りをしてくれた――それが無ければ、あるいは儂らは間に合わなかったかもしれない、と告げて。
ゆえに、頭を下げるべきは儂らの方であり。謝罪ではなく、お礼を受け取って欲しい、と。そう笑顔で言葉を結べば、ダストン親分は肩を震わせて「おお……!」と。なにやら……感動している?
それから、「野郎ども、聞いたか!!」と大声でクランメンバーに怒鳴り。それはそれは恐ろしい形相になって、
「あんだけ迷惑かけた俺たちに! 大して役に立たなかった俺なんかにッ! ミナセの嬢ちゃんがかけてくれた言葉は罵倒でも文句でもなかった……! 『ありがとう』って……あんの糞ったれどもにあれだけ暴言を吐かれ、迷惑をかけられてよぉ。それでもなお、礼が言えんだ。……すげぇ良い子じゃねーかよ!」
俺ぁ、感動しちまってよぉ、と。そう言って泣き出す筋骨隆々の巨漢と、釣られて男泣きしだすクラン『漢組』の野郎連中。……いや、じゃから静かにせいと。罵倒も文句も言わんが、注意はしたぞ儂は。
…………よし。放っておこう。
「ふむ。志保ちゃんも、久しぶりじゃの」
「え、えーと……。とりあえず、お姉ちゃんのことはありがとうございました」
本当はもっとまじめな場面でお礼を言いたかったのですが、と。苦笑する――ような雰囲気になりはしつつも、傍目にはほとんど変化のない無表情のまま――エルフ少女に、こちらも苦笑を返し。視界と聴覚から意図的に熱っくるしい連中のことを排除して、
「それで、嘉穂ちゃんからの『お土産』は、もう?」
「はい。……ですが、本当に貰ってしまって良かったんでしょうか?」
そんな遠慮を見せる志保ちゃんに「もちろん」と頷き。次いで嘉穂ちゃんに「『漢組』の方には、渡せたかの?」と訊けば、「うん!」と笑顔が返ってきて。……もしかしなくても、ダイチくんたちに『お礼』を渡せなんだのは儂のせいか? と内心で落ち込みそうになっていると、
「あのね! 最初はね、親分たちには『お土産はもらえない』って断られちゃったんだけどね。志保ちゃんが――」
「ああ、もしかして主人公くんたちにも『同じお土産』を用意してたんですか?」
嘉穂ちゃんの言葉を遮り、すこし前に出て志保ちゃん。ちらり、『主人公くん』ことダイチくんたちを一瞥したうえで、「それで、ミナセさんは受け取ってもらえましたか?」と確認してくるので、「……残念じゃが」と肩をすくめて返し。彼らとの一連の会話を告げれば、頼れる軍師少女は頷きを一つ。
「主人公くん。悪いことは言いません、ミナセさんから黙って『お土産』を受け取ってください」
そう、青年に対して告げ。渋る彼ら『主人公と愉快な仲間たち』五人をまえに、小さくも偉大なる参謀殿は纏う雰囲気から一切の遠慮を消し、
「これはクラン『漁業協同組合・漢組』にも『要請』したことですが――四の五の言ってないで、お姉ちゃんとミナセさんが持ってきた『お土産』もらって『蒼碧の水精遺跡』の攻略を進めてください」
曰く。現在、AFOプレイヤーの一部では儂と嘉穂ちゃんを模倣する連中が居るのだそうで。
それは、『掲示板』にて志保ちゃんが儂ら二人の様子――『上位魚人が居る階層での、1周あたりどれだけかかるかタイムアタックした様子』と『儂が両手にヌンチャクを持って、罠解除を行った様子』を撮った動画――を晒したことが原因だと言うが……。
その件に関しては、≪掲示板≫での会話の流れ的に『亡霊猫』事件そのものが『薔薇園』か『漢組』のどちらか、あるいは両クランの自作自演ではないか、と。志保ちゃんが嘉穂ちゃんの≪ステータス≫ほか、いろいろと情報をあげていたうえに、儂にPKされた連中が騒いだりしたのに対しても、そもそも『亡霊猫』という存在が『誰にも確認されていなかった』ということで憶測が憶測を呼び。時期的に、最大手クランである『薔薇園の守護騎士』が無駄に叩かれていたこともあって、儂らの情報をある程度開示しないと収拾が着け難い状況になってしまったということで、儂と嘉穂ちゃんは事前に志保ちゃんに動画データの公開に関しては承諾していた。
ゆえに、「私のせいで、ごめんなさい」と謝られても困るし、詳しく経緯を聞けば聞くほど志保ちゃんのせいとも思えんのじゃが……問題は、その動画データを見て儂らを真似たプレイヤーが他のプレイヤーに迷惑を掛けていることで。そのせいで、儂ら二人が何をしたのでもないのに多くのプレイヤーから反感を買うかたちとなってしまっているらしいが――これに関しては、もはやどうしようもない。
なに、変にちょっかいを掛けてくるようなら『ブラックリスト』の仕様を使うなり、『GMコール』なりするとして。とにかく、志保ちゃんとしては『儂と嘉穂ちゃんの二人だけが最前線で攻略し続けている状況』だけでもどうにかしよう、と。加えて、ある程度儂ら二人の庇護も頼むために、両クランの代表メンバーには『お土産』を受け取るように強く要請しているようで。
ダイチくんたちも志保ちゃんにこうまで言われ、儂と嘉穂ちゃんを含めて三人に頭を下げられたうえで『ダストン親分は受け取った』と聞いては断ることも出来ず。どうにか用意していた『お土産』――『盾魚人の死骸』、『鉾魚人の死骸』、『弩魚人の死骸』を各3つずつに、稀少種である『フィッシャー・マジシャン』を倒した際に拾ったアイテム1つ――を受け取ってくれた。
「でもさ、でもさ。わたしと一緒のときに手に入れたのって1個だけだったよね? ――『属性魔法:水の魔導書』」
不思議だねー、と。にまにま笑って問う黒髪褐色肌の猫耳幼女に肩をすくめ。志保ちゃんに美晴ちゃん、ダイチくんたちにも相方がログアウトしてから時間いっぱい――と言っても、しっかりとイベント開始までにログアウト休憩も挟めたので本当にギリギリまで粘ったわけではないが――ダンジョンの『誰もその階層に居なくなった場合、モンスターは再配置される』仕様を利用し、駆けずり回って苦労した、と。そう冗談めかして告げたのじゃが……なぜか、それを聞いた一同には皆、一様に呆れられた。
「いや~、てっきりミナセちゃんたちは『二人でどうにか』って状況だと思ってたんだけど……」
「それこそ、攻撃力だけなら最強クラスだろうカホちゃんに頼って『なんとか戦闘になる』って感じだと思ってたら……」
「まさかの、盾職の『最前線』にて『単独でも大丈夫』宣言とか……」
「なるほど、ミナセが最強か……」
……さておき。
そうまでして儂が一人、時間いっぱい狩りを続けた理由が、『お土産』として用意したなかでも極上だろうアイテム――『属性魔法:水の魔導書』で。
これは、レベル40以上の上位魚人が出現する階層に、極稀に出現する『魔法を使う魚人』――『フィッシャー・マジシャン』を【漁】の【スキル】込みで倒すとドロップするアイテムのようで。これを使うと【属性魔法:水】のレベル1で使える『アクア・ドロップ』という、『MPを消費することで発動。一定量の水を生み出す』魔法の『呪文』が覚えられるという、いわゆる『スキル変換チケット』の下位互換と言うか、遠回りながらも【属性魔法:水】を得られるアイテムのようで。
その稀少性からしても、せっかくなら今回の騒動で世話になった関係各位に『土産』として配ろう、と。そんな思い付きで探し回り、苦労して狩ってきたわけじゃが……なぜか、思いのほかこの『属性魔法:水の魔導書』が、志保ちゃん含めて全員に受け取ることを恐縮されていたり?
「? たしかに、『フィッシャー・マジシャン』を見つけ、倒すのには苦労させられたが……そこまでのものでもないと思うんじゃが?」
そう心底不思議に思って首を傾げて問えば、志保ちゃんは顔を覆い。それまで成り行きを見ていただけの美晴ちゃんも苦笑して「……いや~。むしろ、豪華すぎな気も?」と。まるで『やれやれ、これだからおじーちゃんは』とでも言いたげな孫に、しかし儂としても言い分はある。
「いや、そうは言うがな。こうしてモンスターを倒せば手に入ると知れたのじゃから、そのうち二束三文の価値まで落ちるもんじゃろ?」
……今だけじゃよ、価値が高いのは。と、軽く肩をすくめて告げれば、
「ええと……。それでも【スキル】1つを手に入れられるアイテムですし、対応した【スキル】と装備を必須とする場所で、出現するレベル40以上のモンスターからのドロップアイテムが、そこまで安くなる未来はきっと無いと思えるのですが……」
そこから『蒼碧の水精遺跡』の難易度についてエルフ少女に滾々と語られれば……ふむ、そういう意見もあるか、と。儂が最初に『蒼碧の洞窟』を攻略しようとして苦労したのを思い出し、あらためて志保ちゃんの意見が正しいように思えてきた。
「しかし、美晴ちゃんのぶんまで手に入れられんかったのは、やはり悔しいのぅ……」
できれば『ヒーローズ』と『漢組』、そして志保ちゃん用の3つだけではなく美晴ちゃんや儂のぶんも含めて『5個』は確保したかったのじゃがなぁ、と。そう嘆息して告げれば、「あの魔法使うお魚さん、わたしと一緒のときは1回しか会えなかったし、仕方ないよ」と嘉穂ちゃんは苦笑し。
「むしろ、半日近く二人で駆け回って1体しか出会わなかったのに、3個も手に入れてるミナセちゃんがおかしい」
「いやぁ、おじーちゃんがどんどん廃人プレイヤーになっていっているみたいで、わたしは嬉しいなー?」
「みはるん、完全に棒読みなんだけど」
そう和気あいあいと、同い年の少女たちが楽し気に笑うさまを見て……ようやく実感が胸を満たす。
……嗚呼、戻ってきたんじゃな、と。こうやって明るい日差しの下、くだらない話題で笑いあい、想いを交わせるこの場所に、それまで暗い場所で、孤独に涙してきた少女を返してあげられた、と。そう思って瞳を細め、今日までの苦労と努力が実ったのだと儂は密かに感慨に耽るのであった。
ようやくイベント編開始!




