チュートリアル 子猫は、だからあなたが大好きで……
『子猫』こと本名『鍵原 嘉穂』ちゃん視点
二人っきりでダンジョンで過ごしているうちにわかった。ミナセちゃんは、細かい。
たぶん、志保ちゃんタイプだ。きっと、『きちょーめん』ってやつだ。
とにかく、なにをするのにも考えてから動く人。なにかをするのは考えた結果で、それが正しいと思えてから。そういう志保ちゃんタイプの人と一緒のときは、だから素直に言うことを聞いておくと良い、とわたしは知っている。
……それに、ミナセが考えてくれているのは、わたしのことで。わたしのためにたくさん、たくさ~ん考えてくれているのを、わたしは知っている。
だって、おかしいもん。『戦うときのスキル設定』と、モンスターを探すときなんかの『移動するときのスキル設定』の違いはわかるけど、なんで『休憩のとき用』までセットしておく【スキル】のリスト作ってるの? ミナセちゃん、『休憩』の意味わかる? 『休憩』はお休みで、遊んで良い時間なんだよ? だから、そういうのを考えるべきじゃないと思うの。そうでしょ?
「儂は、考えるのが楽しいからやっているんじゃよ。ゆえに、これは『遊び』みたいなものかのぅ」
なんて言いながら、いつものキリッとした顔をすこしだけ優しく緩めてくれるミナセちゃん。彼女は背格好からして、たぶんわたしと同じぐらいの歳で『からだ』を失くした、わたしと同じで現実には『あたま』しかない女の子だろう。だから――という理由じゃないけど、あの日から彼女は、わたしの、はじめてできた『お友だち』。
赤い髪と紅い瞳は、現実でもそうだったのかな? まえに会った『小春さん』っていうVRデバイスを調整してくれた人や病院で一番偉いっていう女の人と親戚らしいけど……言われてみれば、いつも怒ってるみたいに眉根に皺を作ってるとこが怖そうだった偉い女の先生に似てる。
……もしかしたら、あの女の人も優しいのかな? はじめてお話したとき、怖がっちゃったけど、ミナセちゃんみたいに話しかけたら雰囲気を柔らかくして目元を細めてくれるのかな?
今度、もしまたあの女の先生とお話するときがあったら『ごめんなさい』しよう。うん。よく知りもしない人を怖がっちゃったのは失礼だった。反省、反省。
って、そんなことより、ミナセちゃんだ。
ミナセちゃんのことをお母さんとお父さんに話したら、二人には「ご迷惑にならないようにしなさい」って。志保ちゃんまで「ミナセさんの言うことをよく聞いて、良い子にしなきゃダメだよ」って――それ、むしろわたしに失礼だよ! カホ、良い子だもん。それに、同い年ぐらいのミナセちゃんに、どうしてそんなに遠慮気味なの!?
……そりゃあ、ミナセちゃんだってわたしと同じで『あたま』だけだよ? お母さんたちがわたしに対してそうだったみたいに、きっと『自分たちとは違う』ミナセちゃんにも『どう接したら良いかわからない』んだと思う。それに、病院の偉い人の親戚――たぶん子どもとか孫だと思う――だって言うし、そこも遠慮しちゃう理由だと思うけど……そんなの大人の理由だもん。子供のカホたち――じゃない、『わたし』たちには関係ないもん。
わたし、知ってるもん。遠慮して『嘘っ子笑い』で、ただ一緒にいるだけじゃ、いつか相手を怒らせちゃうんだよ? 喧嘩しちゃうんだよ? それで……志保ちゃんやあの男の人たちみたいに、わたしから離れちゃうんだ。カホは――……『わたし』は、もう、そんなふうに誰かと離ればなれになりたくない。ミナセちゃんに嫌われたくない。だから、わたしは『遠慮』も『嘘っ子笑い』もしないの!
それに、そうミナセちゃんに宣言したら「それが良い」って目元を細めて『いいこ、いいこ』してくれたもん。……つい、「子供扱いダメー!」って言って離れちゃったけど、『いいこ、いいこ』は嬉しかったよ? 嫌じゃなかったよ? だから……二人だけのとき、たまにならしても良いよ?
「……ふ。そう泣きそうな顔をせんでも、嘉穂ちゃんを嫌いにはならんさ」
本当に? って、微笑んでくれているミナセちゃんに確認したら、彼女はたしかに頷いてくれて。そのあとで表情を真剣に――いきなり、ちょっと怒ってるみたいな『いつもの顔』になったので、すこし怯えちゃったら、またわたしの頭を『いいこ、いいこ』して、
「儂に対しては、素直が一番。嬉しかったこと、不思議だったこと、嫌だったことなどの嘉穂ちゃんが思ったことをそのまま言葉に、表情に、態度に出してぶつけてくれて構わんが――それは儂らが『親友』だからじゃ」
え? か、カホたち親友だったの!?
「……なんじゃ、儂は誰にも話せん『ひみつ』を――儂も『あたま』だけなのを話し、こうしてずっと遊んでくれる嘉穂ちゃんを親友じゃと思っていたんじゃが、嫌じゃったのかのぅ?」
い、嫌じゃない! 嬉しい!!
「……でも、カホ、『親友』ってはじめてだから。『お友だち』も、ずっといなかったから、どうしたら良いか、わかんない。それが……怖いの」
ミナセちゃんに嫌われるのが、怖いの。って、素直に言えば、「それでいい」ってミナセちゃんはまた微笑んでくれた。
「さきにも言うたが、儂は嘉穂ちゃんを嫌いにならん。なにせ、儂と同じ『からだ』を失くしてしまったものに出逢い、話したのは儂も嘉穂ちゃんがはじめてじゃからな。ゆえに、嘉穂ちゃんと『親友』でいたいし、『親友』には素直に思ったことを話すし、話してほしい」
たとえば、『お友だち』には言えないことでも。お母さんたちにも言えないことでも、自分には相談してほしい、とミナセちゃんはまた真剣な表情になって言う。
「嘉穂ちゃんは志保ちゃんのお姉さんじゃし、美晴ちゃんたちと『お友だち』になって『親友』となっても……儂らにしかわからん悩みや苦しみは話し難かろう。そういった妹や普通の友人には相談し難いことも、これからさき、きっと多くなってこよう」
そんなときに『同類』を頼ってほしい。話し難いことでも『親友』には素直に話してほしい、と。ミナセちゃんはカホがこれまで知り合ったなかで一番『大人』な目をして言ってくれた。……それが嬉しくて、温かくて。たまらなくなって泣き出してしまったカホを『いいこ、いいこ』し続けてくれて。ただ傍に居てくれて。そんなミナセちゃんのことが大好きになって……涙があふれて、なかなか止まってくれなかった。
「ふむ。とりあえず、儂と二人きりのときは無理に大人ぶって一人称を『わたし』にせずとも構わんが……そこまで甘やかすと今度はずっと癖が治らず、他の皆に『子供っぽい』と馬鹿にされてしまうか?」
さて、どうしたものか? なんて、そんなどうでもいいことに眉間の皺を深くする少女に、思わず吹き出して、笑う。……泣きながら、笑う。
そして、どこまでも真剣にカホの――『わたし』のために悩んでくれる『親友』に、密かに約束。わたしもミナセちゃんをずっと、ぜったい、嫌いにならない。ミナセちゃんの言うこと、素直にきくよ、って。
だから、それからしばらくして。
もう何回目のミナセちゃんとの狩りかわかんない、彼女と二人でのモンスターとの戦闘を終わらせたあとで。
「――あ。ミナセちゃん、ミナセちゃん、なんか【投擲術】がレベル30に上がったらね、[【投擲術】のレベルが上限に達しました]ってインフォメーションと一緒に、なんか選択肢ウィンドウがでてきた」
そう言って、今日もまた疑問に思ったことを素直に彼女に訊けば、ミナセちゃんは眉間の皺を深くして「ふむ」と頷きを一つ。わたしが可視化した、3つの選択肢を表示したウィンドウを睨み、深く思案する構えとなる。
「とりあえず、いったん転移結晶のある広場に戻るとして。歩きながら考えるでな、嘉穂ちゃんも移動用のセットで頼む」
と、そんなミナセちゃんの言葉に「りょーかーい」と返し。以前に彼女が考えてくれた『移動のとき用』の【スキル】――【収納術】、【聞き耳】、【察知】、【忍び足】、【潜伏】、【水泳】の6つに『スキル設定』を変更。隣でミナセちゃんも赤い甲冑から、『甲冑の部分だけ』を外した紺の水着姿になり、いつからかそうするようになった手を繋いでの『フレンドコール』会話の状態となって移動開始。
「いっつも思うけど、ここまで効率重視の面倒くさいこと考えるの、疲れない?」
なにせこの『フレンドコール』会話にしても道中や戦闘中だけ。休憩中なんかは他所からの不意の連絡を考えて無し、なんていちいち切り替えてるし。わたしとしては常時『フレンドコール』でも良い気がするんだけど、「『フレンドコール』した相手が通話中で出てくれんと、事前にメッセージ等で確認しなかったせいでも『なんとなく』哀しくならんか?」と言われてしまえば、「そうかも?」と納得。
たしかに、突然『通話』しようとする方もあれだけど、みはるんの「いちいち確認してからとか、無駄じゃない?」って意見もわかる。
あんまり仲が良くない相手ならともかく、『お友だち』や『妹』に確認は要らない。繋がれば相手が通話可能な状態だということなのだから、いちいち伺いのメッセージを送って、確認してもらって、『フレンドコール』してもらう方が余計な手間が増えて面倒っていうのは、言われてみればその通りだと思った。ついでに「おじーちゃんはこういうとこで『おじーちゃん』みたいにかたっ苦しいよねぇ」とみはるんは言い、ミナセちゃんにしても「たしかに。こういう便利ツールの使い方は、さすがに若い者の方が熟知しておるなぁ」と感心していたので、やっぱりそれで良いの、かな?
『ふむ。その疑問は、是非とも志保ちゃんにも訊いてやってくれ。きっと儂と同じ意見が返ってくると思うぞ?』
それより、と。ミナセちゃんはわたしの【投擲術】のレベル30で『上限に達しました』というインフォメーションとともに表示された選択肢についての話へと会話を戻す。
『選択肢の内容は3つ。1、上位化。2、固有技能化。3、経験値に還元……じゃが、3は現状ありえんから実質1か2のどちらかじゃろう』
これが不要な【スキル】だったら『試しに』と大して思案せずとも選択していたが、嘉穂ちゃんの最重要【スキル】じゃからなぁ、と。眉間に深い皺を刻む『親友』の姿に胸を温かくし。わたしもあらためて眼前の選択肢ウィンドウを睨んで考えこむ。
『これが儂の選択肢ウィンドウなら、おそらく【慧眼】でもって「上位化」や「固有技能化」の意味を視られるんじゃろうが……。さすがに他人のウィンドウの言葉を調べることはできん、か』
どうやら、ミナセちゃんは『上位化』と『固有技能化』によってどうなるかがわからず悩んでいるようで。わたしにしても聞いたことがない単語だったから、
「うーん……。ここはいったん『保留』にして、志保ちゃんとかにも訊いてみる、とか?」
もしかしたら、わたしやミナセちゃんが見に行かない≪掲示板≫に情報があるかもだし、と。そう提案するわたしに「……≪掲示板≫に情報は無かろう」と首を左右に振り、おそらくはプレイヤーのなかでもっとも【スキル】のレベルが高いのがわたしだと言うミナセちゃん。
それに、「まさか」と笑って返して。わたしみたいに適当なプレイヤーがミナセちゃんや志保ちゃんみたいな効率優先で『がむしゃら?』にゲームをやってる人たちに勝てるわけがないよ、と言えば彼女は静かに首を左右に振り。
『どうも儂が安全第一で、一戦ごとに戻って頻繁に休憩を挟んでは「水泳」や「算数」の授業をしたり、「映画」を一緒に観たりしたせいで感覚が狂ってしまっとるようじゃが……儂ら二人は、そもそもからしてプレイ時間が常人のそれをはるかに上回っとるんじゃぞ?』
加えて言えば、現在、儂らが潜っとるのは『最前線』のダンジョンで。1階だけとは言え、それでも確認されたなかで一番レベルの高い開始レベルのダンジョンが、今いるこの場所。そこで常人以上の時間を出来うる限りの最善でもってレベル上げをしてきたのだから、下手に効率重視で『安全に』プレイしている連中などまだまだ上回っておる、と親友の少女は語る。
『特に【投擲術】など、どれだけ嘉穂ちゃんが眠いのを我慢して使い続けてきたか知れん【スキル】じゃからな。断言して、他の誰でも嘉穂ちゃんよりがんばった者は居らん』
ゆえに、真剣に考えねばならん、と。そう怖いぐらい一生懸命わたしのために頭を使ってくれているミナセちゃんの姿にジーンときて。思わず抱きついてしまいたい衝動にかられたが、それで彼女の思考を邪魔したくなくて必死に我慢。
それから、そんな優しくて大好きな親友に、いつまでも自分のことで悩んで歩みを止めてほしくなくって、わたしもミナセちゃんや志保ちゃんより馬鹿な頭を使って考え。考え。考えて。そうして、ふと、考える必要が無いことに気づく。
「あ、あのね、ミナセちゃん。これってさ、どっちの効果もわかんないなら――それって悩むんじゃなくて、『とりあえず』どっちかにすれば解決、なんじゃないのかな?」
わからない。調べようもない。なら、試してみればいい、と。そんな考えでもって、おずおずと意見すれば『……それはその通りじゃが』とミナセちゃんはため息を一つ。なにか間違ったこと言ったかな? って、不安になるわたしに苦笑を作ってみせて、
『その「とりあえず」を嘉穂ちゃんに勧めるのは、な。これが儂自身の【スキル】ならとっとと「上位化」させるんじゃが……親友の【スキル】に対してそんな無責任にすぎる対応もできんじゃろ?』
なんて、最初から最後までわたしのためだけに悩んでいたと告げる親友の困ったような顔に――今度こそ抱きついた。
「ミナセちゃん! ミナセちゃんミナセちゃんミナセちゃんミナセちゃーん!」
ああ、なんてわたしの親友は優しいんだろう。なんて、わたしの親友は良い子なんだろう。
もう大好きだ。大好きって想いで胸がいっぱいで幸せだ。
それから、そんな親友を悩ませるだけだった自分が許せない。そうだよ、これはわたしが決断すべき問題だもん。さっさと選んで、まだ誰も知らない『情報』をミナセちゃんに教えてあげよう。そうしたら、彼女もきっと喜んでくれる――そう信じて、わたしは『上位化』を選び。それによってわたしの【投擲術】が【投擲術・弐】に変化したのを目にしてミナセちゃんに笑顔で報告。
「ミナセちゃん、ミナセちゃん! わたし、『上位化』にした! そしたら【投擲術】が【投擲術・弐】に変わってね、レベルが――」
そこまで言って、気付く。固まる。
笑顔が、凍る。慌てて『アーツ』の項目を呼び出して――見慣れた名前が幾つも『無くなっていた』のを目にして血の気が引き。『やっちゃった』という思いで頭が埋め尽くされる。
『? 嘉穂ちゃん?』
そんな、青い顔になってるだろうわたしを心配そうな顔になって覗き込んでくるミナセちゃん。その温もりから思わず自分から離れ。よろよろと後ろに下がって、ついには座り込んで、告げる。
「ど、どうしよう……。【投擲術・弐】になったら、レベルが0になっちゃった……」
そう茫然自失で。もう【投擲術】のレベル1の時点で使えていたアーツすら使えなくなり。【槍術】の『流星槍』にしたって『ターゲッティング』という『一定時間、投擲した物体を指定した対象に当たりやすくする』効果で狙ってたのに、それすらできなくなって。それ以前に、わたしの役割だった投擲攻撃でのモンスター討伐ができなくなっちゃった。
それだけが、わたしの自信で。それがあるから、ミナセちゃんと一緒にここで戦えていたのに。これじゃあ、わたし、もうただのお荷物。役立たず。要らない子で――
『ふむ。なるほど、それは良いことを教えてくれた』
――そんな絶望に沈むわたしに、ミナセちゃんは笑いかけ。「ありがとう」と言って、わたしの頭を『いいこ、いいこ』してくれて。
『さて、そうなると、じゃ。ちょっと、これを見てくれるかの?』
いつの間にか下を向いていた顔を上げ、涙に滲んだ視界にミナセちゃんが差し出す藍色の水晶――たしか、ミナセちゃんが装備の『強化』のために集めてた『魔石』ってアイテム――を見て、首を傾げ。そんなわたしの反応に彼女は瞳を細め、さらにもう一つ『魔石』をもう片方の手のなかに出し。
不思議そうに彼女の行動を見ていたわたしから一歩離れ、ニヤリと笑って見せ。右手の『魔石』を上に投げ。空いた右手に左手の『魔石』を投げて。キャッチして。また『魔石』を上に放り。さきに上に投げた『魔石』を左手で受け、また右手へ。そうして円を描くように『魔石』を投げて回すミナセちゃんの行動に、やはり不思議な思いで見守るわたしの視線のさきで、それまでの円を描くような動きが変化。
右手から左手へ。左手から右手への動きがほぼ同時に、それぞれ上へと投げるようにして行われるようになり。気づけば、最初は2つしか無かった『魔石』が3つに。4つに。5つに。絶え間なく、ぶつかることなく宙に放られ、手のなかを行きかう夜色の玉を見て目を丸くし。気づかぬうちに瞳を輝かせて10個もの球が低い天井に届かんほどの高さを舞うのを見つめ、心をワクワクでいっぱいになる。
『ふむ。まぁ、この手の小ささではこれが限界か』
果たして、そんな呟きを最後に『魔石』が増えることは無くなったが、それでも凄い!
やり方はわかる。見れば、わかる。だからこそ、その難しさもなんとなくわかる。わかるからこそ、それを簡単そうにこなして見せるミナセちゃんを凄いと思う。尊敬する。なにより見ていて面白いと感動した。瞳をきらめかせて「おおー!」って、知らぬ間に声を出して拍手までしていた。
そんなわたしに微笑み、片眼を閉じて。だんだんと『魔石』の数を減らして――ただインベントリ内にしまっているだけなのに、そのときに発した僅かな光ですら一種の芸のように『魅せ』ながら、最後には空になった手のひらを『手品』の最後みたいに見せて『道化師』みたいなわざとらしい大袈裟なお辞儀で締める彼女に割れんばかりの拍手を送る。
「わー! わあー!! ミナセちゃん凄い! 凄い凄い凄い!!」
そう感激し、抱きつこうとするわたしを、片手を突き出して制し。『トレード機能』を使って『魔石』を3つ、わたしに渡そうとするミナセちゃんに笑顔をいっそう咲かせて。さっそくインベントリ内から『魔石』を取り出そうとするわたしに、
『はじめは1つから、まずは上になげて両手の間を行き来できるようにすることから練習するのが良いじゃろう』
と、ミナセちゃんはアドバイスをくれて。何度も落としそうになりながら転移結晶のある広間に着けば、さっそく『通話』を切り。
「『ジャグリング』は、また一人のときに練習するとして。今度は儂と『キャッチボール』をせんか?」
ミナセちゃんはすこしわたしとの間に距離をとって。片手に取り出した『魔石』をわたしに投げて寄越す。
「よっ、と。って、あれ? 取れたと思ったのに……」
ミナセちゃんが投げた『魔石』はたしかに掴んだ。そのはずだったのに、いつの間にか手のなかの『魔石』は消えていて、わたしが不思議に思って首を傾げれば彼女も予想外だったのか一瞬だけ眉根を寄せ。それからすぐに気付いたのか、
「ああ。なるほど、AFOでは所有権の譲渡なくアイテムの受け渡しはできん仕様じゃったか」
消えた『魔石』は儂のインベントリ内に戻っただけじゃよ、と。そう言って苦笑し、「こうなると少々面倒じゃが……いちいちキャッチされるごとにインベントリから出してもらうか」と思案顔でなにやら呟き、
「ふむ。どうにも『キャッチボール』は無理そうじゃからな。嘉穂ちゃんには、儂が示した手のひらを狙って『魔石』を投げてもらうだけにするかのぅ」
――と、そこまで聞けば、さすがに彼女の意図もわかる。
「ミナセちゃん……もしかして、わたしの【投擲術】のために?」
そう、『何かを投げて、当てることで経験値を得る』のが【投擲術】なんだから。『上位化』で【投擲術・弐】に変化したのなら、再び経験値を貯めてレベルを上げれば良い。それだけの話だ、と彼女は言いたいのかもだけど、
「でも、これまでと違って、威力、ぜんぜん無いよ? レベル1で『ターゲッティング』が使えるようになって、『流星槍』がまた使えるようになっても……今までみたいにカホ、役に立たないよ?」
そう言って落ち込むわたしに、「かまわん」と。ミナセちゃんは軽く肩をすくめて苦笑し、
「じつを言えば、そろそろ嘉穂ちゃんも代り映えのない戦闘に飽きてきているようじゃったからの。いっそ、【槍術】だけに絞って接近戦でもさせようかと考えていたゆえ、ちょうど良い」
やはり安全と効率優先で『パターン』にはめるのは一長一短か、と。飽きないように、油断しないように緊張感を程よく保つことは難しい、と呟くミナセちゃんに目を白黒し。
そして、『単純』なわたしが気落ちし、下手な反論を口にするまえに、
「それに嘉穂ちゃんは、『野球』という球技を知っておるか? ……どうせ、同じようなサイズの球体を投げるんじゃ。この際、変化球の投げ方など教えてやろうか?」
優しくて頭の良い、わたしの何より大切な親友はそんなワクワクとする単語をわたしに投げ、まったく悲しむ間を与えてくれない。
うん。やっぱりミナセちゃんのこと大好き! 大、大、だ~い好き!!
だから――
「ふふ……。嘉穂ちゃん、これからも……よろしく、の」
――そんなこと言われたら泣いちゃうよ!?
うわ~ん! ミナセちゃん、大好きだよ~!!




